9 しょぼん
この状況で……、俺は何を言えばいいんだろう……?
まあ、一応胡桃沢さんにはいつ来てもいいって言っておいたけど、ちょうど買い物をするつもりだったから困るな……。一緒に行くのもあれだし。まさか、こんなタイミングで来るとは思わなかった。それにちょっと……顔色が悪いのも気になる。
「あれ……? 何か買ってきましたか?」
「あっ、あの……今日カレーを作るつもりだったから」
「へえ……、胡桃沢さんも今夜カレーですか! 偶然! 俺と一緒ですね」
俺もよく行くスーパーマーケットのビニール袋。
数分前までそこに行くつもりだったけど、胡桃沢さんがうちに来ちゃったし……。
でも、行ってこないと今夜何も作れないから。
「うん……」
「あの、家で待ってくれませんか……? 今、ちょうど買い物をするつもりだったから、多分15分以内には帰ってくると思います」
「一緒に行きたい……」
「えっ? でも、先からずっと外で待ってたんですよね?」
「気にしないから、行くなら私も連れて行って。もしカレーを作るんだったら、私が買ってきた食材でいいと思うけど……」
確かに……カレーに必要な食材を全部買ってきたから問題はないと思うけど、さすがに他人のお金で買ったのはちょっと……。そして胡桃沢さんに袖を掴まれて……玄関で変な状況が起こっている。まあ、他のことは後回しにして、胡桃沢さん……どうして先から元気がないんだろう。声にも力がないし……、何かあったのかな。
「じゃあ……、ここにいます」
人の前であんな可哀想な顔をすると心配になるから、今日の買い物は諦めて彼女の話を聞くことにした。
「ソファに座ってください。ううん……、お茶を淹れます!」
「うん」
何……? なんだよ……、この雰囲気は一体!
もしかして、俺が変なことでもしたのか……? なんで今日だけいつもと違う雰囲気になってるんだろう。一応聞きたいけど、聞かないと何も変わらないって知ってるけど、なんか……気まずい空気が流れていた。
待って、もしかしてあれか……?
いやいや……、あの胡桃沢さんだぞ? あれで落ち込んだりするわけねえだろ?
「はい」
「ありがと……」
「なんか、元気ないんですね? 今日……」
「うん……。元気ないから、宮下くんがどうにかして」
「え……」
お茶を一口飲んだ胡桃沢さんが、俺の方に近づく。
どうにかしてって言われても……、何が問題なのか分からないから難しいな。
「ねえ」
「はい?」
「私……、今日告られた……。宮下くんの友達に……」
「は、はい……」
やはりそれ……? それだったのか。
多分そうじゃないかなと予想はしていたけど、本当にその話をするとは思わなかった。そしてその話を言い出した胡桃沢さんがさりげなく俺の肩に頭を乗せる。ソファに座って彼女の話を聞くつもりだったのに……、どうして俺に寄りかかる状況になるんだろう……? やはり距離感がおかしい……。
「こんなこと……誰にも言えないから。でも、言わないと息苦しいから……誰かに言いたい……。だから、宮下くんの家に来ちゃったけど、こんな私が面倒臭いかもしれないから……ベルを押すのができなかった……」
「…………」
「ごめん……。私、やっぱり帰るから! ごめん……、なかったことにして」
「……あ、あの!」
何が「なかったことにして」だ……。
人の前でそんな顔をして……、俺がそんな人をほっておくわけないだろ……。
「いいから……、ここにいてください」
「……ここにい、いてもいいの?」
「あっ……。心配になるから、そして……そのまま帰ってもずっとそれを思い出すかもしれません。帰る前まで、その話を聞いてあげます」
「やっぱり……、ここにくるのがいい選択だったかもしれない……」
「なんでそうなるんですかぁ……」
「ひひっ」
いつもの笑顔……。
「だからそ、そんな顔しないでください……と言いたいんですけど、俺が胡桃沢さんにそんなことを言う資格はないから……」
「資格……?」
「いつもの明るい顔が見たいんです! 俺が言いたいのはそれだけです」
「私の笑顔が好きなの……?」
うわ……、今のはダメージが大きいかも。
そんな言葉をさりげなく言い出すのが怖い……、普通に怖い。そして、先からずっと俺に寄りかかってるから……その距離感もどうにかしてほしかった。女子とくっつく状況は今まで全然なかったから……、ソファで体が固まってしまう。それにドキドキする気持ちを隠せない。俺は向こうの壁を見つめながら胡桃沢さんと話していた。
「なんか……、私宮下くんなら……安心できるかも」
「それってどんな意味ですか?」
「分からない。でもね……。前に来た時もそうだったけど、ここにくるとリラックスできるから不思議だよ……。そばに宮下くんがいるからかな……?」
「そ、そんなことをうちで言うのは禁止です……」
「なんで……? それより私宮下くんとくっついてるけど、ドキッとしたでしょ?」
「わ、分かりません……。そんな恥ずかしいことは聞かないでください。お願いします……」
「ふふふっ」
朝陽に寄りかかる雪乃はこっそり自分の右手を彼の太ももに乗せた。
———静まり返る居間。
雪乃は指先に力を入れて、朝陽が気づかないように……、彼の太ももを掴む。
「欲しい……」
「はい……?」
「ううん! な、なんでもない! あっ、そう! 宮下くん。私……、宮下くんと夕飯……一緒に作りたいけど。ダメかな?」
「はい。せっかくだし、作りましょう!」
「うん……!」
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