8 誰かの片想い

 本当に……、胡桃沢さんは何がしたいんだろう……。

 ずっと我慢している俺の立場も理解してほしいけど、その笑顔を見ると何も言えなくなるから……ダメだった。二限、三限……そして授業が全部終わる時まで、心のもやもやが消えなかった。それに考えすぎて授業の内容も全然入ってこなかったから、後で晶のノートを借りた方がいいかもしれない。


「朝陽」

「うん?」

「俺さ……、言ってくるからさ! 応援してくれない?」

「はあ? 今? 告白?」

「そう。今、告白……」


 確かに今日告白するって言われたけど、まじでやるつもりだったのか?


「ええ……、晶が?」


 晶が女子に告白をするなんて、これは応援するしかないよな。

 正直、現場で覗きたいのが本音だけど、あの晶が勇気を出したから……俺は大人しく晶が結果を言うまで待つことにした。


「うん……。このままじゃ居ても立っても居られないからな」

「そっか……、俺は応援してるぞ。ぶっちゃけ、晶のこと…けっこうイケメンだと思うんだから! うん! 頑張れ!」

「ありがと……、朝陽」


 そう言ってから晶は急ぐ。


 今日一日授業の内容が全然入ってこなかったから、晶のノートを借りて今図書館で勉強をしている。成績を維持するのは大変だけど、学生のやるべきことだからな。でも、俺がどれだけ頑張ってもあの胡桃沢さんには勝てなかった。


 カリカリ……。


「今頃、二人はちゃんと話してるのかな……」


 あいつ……女子の前では上手く話せないから、むしろ勉強をしている俺が集中できなくなる。晶、男だから……もし振られても泣いたりしないよな……。一応シャーペンを握ってるけど、頭の中には二人のことしか入っていなかった。


 ……


 放課後、晶は人けのないところで雪乃を待っていた。

 緊張した顔と震えている手。晶は建物の壁に寄りかかって、何かを呟きながら自分の頬を叩く。


「よっし……!」


 すると、曲がり角から雪乃が現れる。


「あっ……! あの清水くん……だよね? 私に言いたいことって……何?」

「は、はい! あのく、胡桃沢さん……」

「…………」


 ぎゅっと拳を握って勇気を出す晶。


「あの! 胡桃沢さんのことが……好きです!」

「えっ……? なんで?」

「え……なんでって」

「なんで私のことが好きなの……?」

「はい! ずっと……、入学した時から……胡桃沢さんのことが好きでした!! あの……もちろん、今まで全然話したことない人がこんなことを言っ———」

「ううん……」


 最後まで聞かず、途中で晶の話を切ってしまう雪乃。


「あの……」

「うん。えっと……、やっぱりダメ……。私…好きな人がいるから」


 彼女はただ晶の目を見つめるだけだった。

 静寂が流れるその場所で、晶は焦る。今の告白が上手くいってないのは自分もよく知ってるから。どうしてダメなのか、彼はずっとそれを考えていた。そして震える声で再び話をかける晶。


「そう……でしたか?」

「うん。ずっと……あの人を目で追っていたけど、まだ私に気づいてないから…待ってるの。私のことを意識してくれる時まで……」

「そ、それ……片想いですか……? 胡桃沢さんが、片想い……」

「ダメ……? 私も女の子だから、普通だと思うけど……。みんなが考えてるようなそんな高嶺の花じゃないよ?」

「た、確かに……。ずっと告白を断ってきたから……、なんか誤解したようです」

「だから、清水くんと付き合うのはできない。ごめんね……」

「あの……、最後に一つだけ! いいですか?」

「何?」

「胡桃沢さんの好きな人って……、誰ですか?」

「それは……言えない。でも……、あの人が私の物になってくれる日をずっとずっとずっと……、待ってる……。すっごく好きだからね」

「は、はい……」


 帰る晶、そして彼の後ろ姿を見つめながら何かを呟く雪乃。


「あんたは特別じゃないから……」


 ……


 晶「好きな人いるって」

 朝陽「そっか。よくやった。それは仕方がないな」


 家でゆっくり結果を待っていたけど、やはりダメだったのか……。


「…………」


 俺が送ったラ○ンは既読になったけど、晶からの返事はなかった。

 今日はずっと好きだった人に振られちゃったから……、一人にさせた方がいいかもしれない。友達として晶に何か言ってあげたいけど、今は一人で考えを整理するのが一番大事だと思う。失恋をしたのは初めてだから、時間が必要だ。


「ふん。そろそろ夕飯を作ろうか……」


 とはいえ、今日は本当に買い物をしないと……。

 この前にカレーが食べたくてその食材を書いておいたから、今日の夕飯はカレーにしようかな。


「日が暮れる前に行ってこよう」


 ガチャ……。

 そして扉を開けた時、なぜか左側の壁に胡桃沢さんがしゃがみ込んでいた。いつからここにいたんだろう……? ベルを鳴らしてもいいのに、胡桃沢さんは膝を抱えたまま俺を見上げていた。


「宮下くん……」

「は、はい。胡桃沢さん……」


 なんか、いつもと違って落ち込んでるような気がする。

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