7 距離感②
「それ、美味しいの?」
「はい。めっちゃ好きなジュースです」
今日も明るいな……、胡桃沢さん。
てか、晶のやつ今日告白するって言ったけど……、上手く行ったらいいな。あいつちょっとバカだけど、真面目で優しい人だから……きっといいカップルになりそう。まあ———夢の話だけど。もし二人が本当に付き合ったら、どうなるんだろう? それもそれなりに面白そうだ。
でも、まずは声をかける練習からやってほしい。
何も言えないくせに、どうやって告るつもりだ……。
「ねえ、宮下くん……!」
「えっ? はい」
「私の話、聞いたの?」
「あ……。ちょっと……、何か言いましたか?」
「私も一口ちょうだいって言ったけど……? ちょっと私のこと無視しないで……」
「す、すみません。えっ、何を……?」
「私も飲みたいから、それ」
胡桃沢さんが指しているのは飲みかけのコーラ。
廊下で立ち止まった俺は、今聞いた話が聞き間違いなのかと耳を疑う。もし、それが本当だったら……それって間接キスとかじゃないのか? そんなことを男の前でさりげなく言い出してもいい……? もちろん、最近二人っきりで過ごした時間があるから少しは仲良くなったと思うかもしれないけど……。それでも……。
「…………」
すると、持っていたコーラがいつの間にか彼女の手に……。
「あっ……」
「へえ……。美味しい、私あんまり飲まないからね。こんなの……」
「そ、そうですか……?」
「でも、いいね! 不思議な味!」
「は、はい……」
最近の陽キャはこんなことまでするのか……?
さすがに、これはやりすぎじゃないかな?
学校では彼女と距離を置きたかったけど、こんなことをするとどうすればいいのか分からなくなる。俺も一応男だから……女子のあんな行為にすぐ勘違いしてしまう。「好意」というのは怖いものだから、それを知っている俺の頭はどんどん複雑になっていく。
「ねえ! 宮下くん」
「はい」
「今日の髪型どう?」
「髪型ですか……?」
そういえば……、いつもサラサラするストレートだった胡桃沢さんが今日はポニーテールをやってる。それに結んだ位置が低いからかな……? 前より大人っぽくて、上品な雰囲気を出していた。この人は何をやっても似合うから、ある意味で怖い。
そして俺がポニーテール好きだから……、彼女の姿にまたドキッとしてしまう。
情けないな……。
「似合いますよ」
「そう? 嬉しい……! 宮下くんは…こんな女の子好き?」
「えっ……?」
不意打ち……! なぜそんな質問をするんですか、胡桃沢さん。
「タイプのこと! 私みたいな女の子はどう?」
「……いいと…思います」
「は、初めてだから……ポニーテール……。誰かに、聞くのはちょっと恥ずかしいかも……」
「えっ? じゃあ、言わなくても……」
「だって……、宮下くんがずっと声をかけてくれないから……。恥ずかしくなってもいいから、話がしたかったよ……」
神様……、どうして俺にこんな試練を……。
照れる胡桃沢さんに、我慢するのも限界に達する……。この人、本当に可愛いからどんどん「守ってあげたい」という男の保護本能をくすぐっていた。人けのないところで告白する人も、廊下を歩く時にちらっと見る人も……、みんな胡桃沢さんのことが好きだからずっと努力している。
なのに、俺は彼女と相合傘をして……今は間接キスまでした……。
もちろん、胡桃沢さんはそんなこと気にしていないようだけど……。
問題は俺だ。俺が我慢できないから大変だった。
「でも、女子にはあんまり声をかけないから……」
「私にはかけてもいいから! いつでもオッケーだよ!」
「そう言われても……」
「女の子を家に連れて行ったくせに、弱虫だね! 宮下くん」
「そ、それとこれは別です!」
「私、男の子の家に行ったのは初めてだったよ! そして誰かが作ってくれたご飯を食べるのも初めて! 分かる?」
「分かってますけど……」
「それに男の子と間接キスをしたのも……」
「…………」
つま先立ちをして、囁く胡桃沢さん。
「は・じ・め・て」
「…………な、ななな…にするんですか! く、胡桃沢さん……!」
「うわ……、顔真っ赤!」
「はあ? そ、それは男だから……! からかうのはや、やめてください!」
「ひひっ……。その顔が見たかったからね〜」
「はあ? そんな……、よくないです。それは」
「なんで? 私たち友達だよね?」
「こんなことをする友達います……? 友達って……」
「ダメ?」
首を傾げる胡桃沢さんは笑みを浮かべていた。
本当に……ダメだ。鏡を見なくても、自分の顔がめっちゃ熱くて赤いのが感じられる。今なら……分かりそう。どうして先輩や同級生がそこまでしつこく付き纏ってるのかを、努力が報われないのにどうして諦めないのかを……。俺は一生懸命に口説く人たちの気持ちが分かってしまった。
胡桃沢さんは男との距離感を……全然知らない。
恐ろしい人だ……。
本当に……。
「あっ、チャイム鳴いた! 早く行こう! 宮下くん」
「は、はい……!」
今のは……チャイムが俺を助けてくれたと……。
そう思っていた。
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