何の武器も使えない【無職】だった僕、【凄まじき無職】になって【剣聖】に勝つ ~空気さえ武器にできる僕はすべての職業の頂点に立ちます~

南京中

第1話

「おーい【無職】。逃げんな~??」




 僕を探している声が暗い森の中に響く。


 【無職】っていうのは僕、ボンドのことだ。


 そしてこのねっとりとした嗜虐的な声の主はイザベラ。


 去年の職業審判の儀で【剣豪】を授かったこの村一番のエリートで、僕の許嫁だった人だ。


 そんな女に僕は深夜の森で命を狙われている。




 この世界の人間は、生まれ持った職業によってランク付けされている。


 自分がどのレベルの人間なのかわかるのが12歳の職業審判の儀。みんな自分だけはいい職業を授かると思って儀式に臨むけど、ほとんどの人間は【商人】や【農民】や【執事】といった非戦闘の、親と同じくらいの普通職業を持っているのがわかるだけ。


 


 同じ普通職でも【剣士】や【魔法使い】といった戦闘職ならエリート。【剣聖】、【ガンマスター】、【魔王】、【守護神】の最上級職業を授かれるのは、ごくごく一部の選ばれし者だけ。それがこの世界だ。




「早く出てこないと、お花や虫さんたちが死んでいくよ~?」




 そんな世界で、僕は【無職】を引き当てた。


 水晶を持った聖女様の目が途端にゴミを見る目つきに変わったことを今でも思い出す。代々【剣王】を輩出していた我が家からも追い出されて、【商人】の友達も【鍛冶】の友達も遊んでくれなくなった。


 


 そりゃそうだ。【無職】なんて100年に一人いるかいないかの底辺だ。


 この一年、孤児院からも追い出され、部屋を貸してくれる人もおらず、ずっと橋の下で暮らしていた。


 暮らしていたなんて言い方は生易しい。何とか生き延びたというのが正確だ。




 しびれを切らしたイザベラがその剣を振るう。


 片手で軽く虚空を袈裟切りにしただけで森に一筋の道ができた。


 ズバアアアアアンという衝撃が近くに隠れていた僕を襲う。




「うわああああああ!!」




 とっさに出た声が自分でも情けない。


 【無職】の職業を授けられた途端、身体能力が一般人以下になってしまった。剣を握ったり、走ったりしても一向にステータスは向上しない。


 だから枯れ葉みたいに吹き飛ばされた。




「あっ、いた。安心しろ。一撃で殺してやるから」


「ひっ」




 ごろごろと転げまわって天地がわからなくなって、やっと立ち上がったら目の前にイザベラがいた。


将来を約束した仲だったのに、職業審判の儀を境に変わってしまった。




「いったいどうしてだよ!?元とはいえ僕は結婚相手じゃないか!?」


「それが私の人生を邪魔するから!!」




 【剣豪】の怒気で、イザベラの金髪のロングヘアがぶわっと逆立つ。




「私は昨日、新しい許嫁ができたの。知ってるでしょ?東の町の【槍騎士】。名前は忘れたけど、騎士だなんて…♡無職のお前とは大違い」




 この短いセリフの間に表情がころころ変わるイザベラ。


 最後にはキツイ顔になって僕を睨んだ。




「お前も知ってるだろ。人間の価値は職業で決まる。【剣豪】の人生に【無職】は邪魔なんだよ!」




 イザベラが剣を掲げる。こんな田舎町じゃ売っていないキラキラとした上質なものだ。


 


 やばい。このままだと死ぬ。


 情けなさすぎる。あっけなさすぎる。




 僕は完全に腰が砕けてしまい、尻もちをつきながら両腕の力だけで後ずさっている。




「ちょっ、ちょっと待ってよ。冷静になって!別に僕がこの国を出ればいいじゃないか!隣の銃の国で静かに暮らす。君の名前なんて一生口にしないから!!」




 まともな職業の男でもここまで醜態をさらせば女性に愛想を尽かされるだろうという情けなさだったと自分でも思う。


 イザベラにとっては一層。




「やるんなら徹底的に。人生を脅かされる可能性はすべて潰す」




 ぞっとするような冷たい声で剣を振り下ろし…。




「へぁっ!」




 喉から搾り出た変な声と共に、僕は手が掴んでいた砂をイザベラに投げつけた。




「目に……!!鬱陶しい真似を!!」




 砂はちょうどイザベラの目に当たったようだ。イザベラに一瞬だが隙ができた。




 その隙をついて僕は走った。


 暗い夜の森の中を走った。


 


 ここまで深くなると危険度の高いモンスターが出る。


 イザベラの狙いはそれだろう。僕をモンスターに食われたことにしたいのだ。




「私の手を煩わせるな!!意地汚い【無職】!!」




 どうしてここまで言われなきゃならないんだ。


 


 僕は暗い森の中を走った。


 背後から斬撃が飛んでくる。それらは僕のそばをかすめて周囲の木々を一刀両断していく。




 僕は一年前から何も変わっていない。肌の色も育った村も、味覚の好みもかわってない。


 ただ【無職】だということだけ。それだけで恋人に殺されようとしている。




「ちっ…どうして【剣豪】の私の攻撃が当たらない!」




 背後でイザベラがいらだっている。


 僕を叩き斬ろうとする斬撃も激しさを増す。


 どうしてまだ身体がみじん切りになっていないのかわからないけど、とっさに木の陰に隠れたり身をかがめたりして上手くものに隠れることができているようだ。




 火事場の馬鹿力ってやつか、あるいは偶然か。




「あぁっ…!」




 僕は目の前の光景に足を止めた。


 崖。




「せめて村の方に走るんだった…」




 つくづくついてない。ついに運にも見放された。


 足を止めたせいで息が乱れている。視点も定まらない。


 デバフのきいた身体はもう限界だ




「ようやくあきらめたか。死ね」




 後をふりかえったら、鬼の形相のイザベラが剣を振り下ろしていた。


 どうする?


 このままいたって斬られるだけだ。




 なら……!


 僕は背中に広がる闇に身を投げた。


 このままこいつに殺されるより、自分で命を絶った方がマシだ。






◇◇◇◇




 僕は橋の下で流れてくるゴミを拾っていた。割れたビンや布切れ、中身の残った回復薬、死んだ冒険者……。


 金目になりそうなものを集めて、それを売って日銭を稼いでいた。




 これは走馬灯だ。


 在りし日のゴミを拾っている僕を、今の僕が俯瞰で見ている。


 


「あーあ、剣が折れちまったよ。これじゃただの棒。おい【無職】!!使えよ!」




 橋を通った名も知らない剣士が、僕に向かって折れた剣を投げつけた。


 毎日のことでもう何も感じない。別に当たりもしなかったし。


 けれど。こういうゴミを見るたびに毎回思う。




「いったいどうして、【剣士】は剣しか使えないんだろうな……?」




 【剣士】の職業を与えられた人間は、その瞬間から魔法や銃が全くと言っていいほど下手になる。もし銃を使いたかったら、【シューター】を殺して【銃剣士】にスキルアップするしかない。




「割れたビンだって先は尖ってるし、布切れで首を絞めれば相手を倒せる」




 それぐらいなら【商人】も【農民】も使えるはずなのに、なぜか使えない。というより、使っても攻撃にならない。【剣士】が剣を、【魔法使い】が魔法を使うのが一番攻撃力が高い。




「それって変だと思うんだけど……」




 きっとこの世界には僕の知らないことがたくさんある。


 僕は本当は【旅人】になりたかった。


 剣の国だとか銃の国だとかマウント合戦なんてくだらないし、めざせ【剣聖】なんてもっとくだらない。そんな国境なんて無視して、世界中を見て回りたか……。




 ドンっ!




 僕の身体が地面に激突した。


 背中から肺に突き抜ける激痛。


 僕は息もできずに地面を掻きむって、やがて意識を手放した。




「お前には才能がある」




 真っ白くてフワフワした空間で僕は倒れていた。


 目をつぶって手足をだらんと伸ばしている。


 身体に怪我一つない。




 きっとこれは死後の世界だ。


 その証拠に足元に誰か人の立っている気配がする。




「お前には才能がある」




 その気配の主がさっきから、僕に才能があるという。


 僕は目を開けることができない


 でも気配のオーラを感じることはできる。




 髪は黒色。上半身には何も身に付けておらず、とても引き締まったムキムキの身体をしている。


 手には何も持っていない。




 そんな男のイメージが脳裏に浮かんだ。




「この谷を落下している最中、お前はいくつもの岩に激突したが、全て衝撃を受け流していた。地面に激突する瞬間も、本能的に背中から着地した。お前には武術の才能がある」




 武術?才能?


 何言っているんだこのおじさん。


 才能ってなんだろう。武術をするには【闘士】の職業を授からないとダメだ。




「才能って何?」


「自分の好きな職業になれるといったら、信じるか?」


「そんなこと、有り得るの?」




 僕はすごく間抜けな顔をしていただろう。


 けれど、目の前の男は真剣な顔をしている。




「申し遅れた。私はブルース。【武人】。最初の職業は【無職】だ」




 ブルースはいう。彼もまた職業召喚の儀で【無職】を引き当てたのだという。


 


 だが彼に運が味方した。


 偶然、【ガンナー】に勝利したのだ。


 その瞬間、職業が【無職】から【闘士】に変わった。




「【無職】が、ランクアップを!?」


「そのまさかが起きた。【無職】であっても昇進できる。この世界の決まりは絶対じゃない」




 この世界の絶対的なルール。




 生まれ持った職業がすべて。


 


 それが絶対じゃない。




「結局私は【武人】まで昇進することができたが、結局武器は持てずじまいだった」


「持てずじまいって……」


「ああ、殺された」


「殺された?」




 展開が飛びすぎていてついていけない。


 【無職】が【武人】になったら殺された?




「ボンド。君に私の力を授ける」


「なんで!?」


「私は急ぎすぎた。私が見ることのできなかったこの世界の果てを見てほしい」


「いや、急ですよ!?説明不足だし!!」




 身体が動くのなら、そのまま飛び起きてチョップしたいくらいだ。




「もちろんタダとはいわない。私の【武人】をお前にやろう」


「え?職業を、与える?」




 ブルース曰く、職業は人に与えたり、人からもらったりすることができるのだという。




「もう驚きすぎて、どうせ夢な気がしてきた。夢の中くらい、【無職】じゃ無くなれてうれしいな」


「……まあいい。【武人】の拳は、【守護者】の盾くらいなら壊せる。お前が目指すべきはその先だ」




 ……。


 …………。


 ………………。




 背中に冷たい土の感触がある。


 さっきまでとは違い、まぶたを徐々に開くことができた。




「……カーストカード!」




 夢の内容を思い出した僕は、ポケットに入れていたカーストカードを取り出す。


 手のひらサイズのカード。


 ここには自分の職業が記入されている。


 


 それだけじゃない。カード自体にも差がある。


 【剣聖】みたいな最上級職業はゴールド色で、普通職業はブロンズ色だ。


 【無職】は、紙。文字も右利きの人が左手で書いたみたいな汚い字だった。




「もしブルースのいうことが本当なら、僕は【武人】になっているはず……」




 恐る恐る取り出したカードに書かれていた職業は、




「【凄まじき無職】」




 凄まじき無職ぅ!?




 結局無職じゃん!!なにこれ?。


 けれどカードは変わった。色は太陽さえ闇に葬りそうな黒で、材質は硬いのに重さがない。




「ははは、これは予想外」


「びっくりした!ブルース!?」




 僕の頭の中にブルースの声が響く。


 幻聴か?




「幻聴ではない。お前に職業を譲渡したときに、私の意識も移ってしまったらしい」


「それで、この【凄まじき無職】っていうのは?」


「わからん」


「え~……」




 肝心な時に頼りないんだから。


 もしかしてこいつ関わっちゃダメなやつ?




「職業の秘密を私も解明したわけではないからな。あくまで推測だが、お前の中に素質があったのだろう。それと私の【武人】が化学反応を起こした結果が、【凄まじき無職】なのだろう」




 全く根拠のないブルースの想像だけど、僕は当たっていると思った。


 なぜなら、徐々に心のどこかに確信ができはじめていたからだ。




 この力は、大丈夫だ。




「僕はどうしたらいい?」


「私の意識はもうじき消える。だが私が歩んだ記憶は消えない。きっと必要な時に私の人生が脳裏に浮かんでくるだろう」




 【凄まじき無職】。


 形容詞つきの職業なんて見たことないけど、きっとこの職業は強い。






◇◇◇◇






 1年後




「やっとか~。長かったね、ブルース」




 剣の国。中央広場。




 ど真ん中に設置された巨大な屋外掲示板を見ながら、うっかりブルースに話しかけてしまった。




 はたから見たら、いきなり独り言を話しかけるテンションで喋ったやばい奴だ。


 変に注目を集めてしまった。




 なにせこの掲示板を目当てに来たのは僕だけじゃない。




 今、この剣の国には世界中から猛者が集まっている。




「職業トーナメント。この闘いでチャンピオンになった人がこの世界のトップになる」




 冷静に考えると職業偏重主義が強すぎるけど、この世界では普通のことだ。




「【凄まじき戦士】なんて不思議な職業の僕は普通職業枠からエントリーかな」




 なんてこと考えていたら、後ろに気配を感じた。




「おい!お前、どっかで見たことある顔だな」


「いえ、はじめましてだと、思います」




 ぶしつけな口の利き方をする男だった。


 


 しっかりしたあごに、きりっとした眉。


 しかも体格は僕より1まわり大きい。




 何より目を引くのは肩に背負った大きな槍だった。




「俺は知ってるんだよ。なんだ?振られた女のことが忘れられないってか?」




 わけのわからないことを言う人だなと不思議なものを見る顔を浮かべていたら、突如横から誰かがやってきて僕の肩を持って、路地裏まで連れて行った。




 女性で戦闘の心得がある。そしてさっきの失礼男もついてきているってことは、この2人は仲間だ。




 路地裏の奥の奥、メインストリートの音さえ聞こえなくなるくらいまで連れていかれた僕は、乱暴に地面に投げられる。




「お前!!どういうつもりで、戻ってきたのよ!?」


「君はイザベラ。ってことは」


「おう、俺が【槍騎士】のロドニーだ」




 思い出した。


 1年前に僕を殺そうとした女、イザベラ。


 そしてその婚約者である【槍騎士】、名前はロドニーというそうだ。




 いきなり槍を抜いて僕に切っ先を突きつけている。




 こんなところで殺すつもりなのか?


 周りを見上げたら、民家の窓が次々と閉まっていく。


 見慣れた風景らしい。


 嫌だな。エリート職は身勝手で。




 ロドニーは僕のポケットに強引に手を突っ込んで、カーストカードを奪い取った。




「なんだこのカード?【凄まじき無職】??」


「あははははは!!意味わかんない!どれだけ凄まじかろうと無職は無職じゃない!!」




 僕のカーストカードをひらひらもてあそんでいる2人。


 ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべて僕を蔑んでいるが、僕は疑問でしかなかった。




「僕は今殺されようとしている、ってことでいいんだよね?」


「あん?んなもん、当たりま……」




 ロドニーが何か言い終わる前に、僕は彼の目をめがけて砂を蹴りあげた。




「アッ…」




 とっさに目を押さえようとしたロドニーの脳天めがけて、さっきスった水入りのビンを叩きつける。


 ゴッっという鈍い音が路地裏に響いた。




 意識が一瞬飛んだロドニーが槍を手から離す。




 あまりにも順調だ。




 体勢を崩したロドニーの利き足の膝めがけて、全身を載せた踏みつけ。




 槍使いの機動力を潰して、


 そのまま槍を拾ってイザベラの方を向けば、




「生意気な真似してんじゃねえよ!!」




 激高して剣を抜いた。


 


 それに対して僕も槍を構える。




「【無職】が槍使えるかよ!」


「なんでもやってみなきゃ」




 僕が適当に槍を振るうと、イザベラは勝ち誇った笑みを浮かべて槍を叩き斬った。




 そうさ。




 君は僕をすぐには殺さないと信じていた。


 自分が上の人間だと示すために、僕が得意げに持ったと思っている槍をまず叩き折る。




「これで、これは折れた槍だ」




 イザベラのいう通り、【無職】に槍は使えない。


 


 棒も使えない。【無職】に武器を使うことはできない。




 けれど、“折れた槍”なら使える。




 みんなが武器にしないもの、戦闘職の人間が使わないものを武器として使える。




 それが【凄まじき無職】の能力だ。




「ふんっ!」


「いっっっっだ!!!」




 イザベラの足の甲めがけて、折れた槍を投げつけた。


 戦闘用じゃなくてよかった。足の甲にプレートなんかついちゃいない。




 折れた槍がイザベラの足に深々と突き刺さった。




「うそ……地面まで貫通してる……!抜けない……!」


「今、両手なら抜けるかもって思ったでしょ」




 その思考が握力を弱まらせたその隙をついて、僕はイザベラの右手を蹴りあげた。


 あの時と同じきれいで豪華な剣が宙を舞って、どこかの民家の屋根に突き刺さった。




「……てめえ…!いったい何なんだよ!?」




 ロドニーが目を覚ました。さすがのタフネスだ。


 けれど脚が折れたままで立ち上がることはできない。


 


「あの後、イザベラに崖から突き落とされた後、色々あって、世界中を旅していてんだ」




 ブルースが見てきたものをもう一度みたり、見たことないところまで行ったり。




「それで思ったんだ」




 これは独り言だ。


 実際、ロドニーは反撃の隙をうかがっている。


 


 武器を手にしていないのに闘志が死んでいない。


 イザベラの旦那にするにはもったいない存在だ。




「君たちは不自由すぎる」




 僕は折れた槍の刃の方と、自分のカーストカードを拾った。




 そして僕を睨みつけているロドニーの手に槍の方を握らせる。


 そっと手を添えて、大切なものを包むようにロドニーの指を曲げていく。




「君は【槍騎士】なんだろう。これはまだ“槍”だ。きっと使える」


「な!?」




 膝をついたままのロドニーを僕は見下ろしている。


 ロドニーは驚愕の表情を浮かべている。




 僕が槍の切っ先を自分の喉に誘導しているからだ。




「伸ばしすぎると腕に力が入らないから、これくらい曲げてればいいよね。今の君は上半身の力しか使えないけど、きっと【無職】の首くらいなら貫ける」




 「頭おかしいのかこいつ?」とでも言いたげな間抜けな顔をしていたロドニーが、やがて怒りの混じった覚悟を決めた顔つきになる。




「てめえ…バカにするもの大概に……!!」




 その一瞬、ロドニーの腕に力が入った瞬間を狙って、僕はカーストカードで槍の先を叩き斬った。


 軌道がそれた槍は僕の耳をかすめて、ロドニーの太い腕が肩に乗っかる。




 バランスを崩したロドニーは僕の身体に上半身を傾けてきて、つまり向こうの方から僕の懐に入ってきてくれた。




「ガァアアアアアアアッ!!!」




 それに合わせて僕はロドニーの股間を思いっきり蹴り上げた。


 僕の靴のつま先は、龍のウロコで補強されている。




「ロドニー、さっき君の頭の中には槍を使うことしかなかっただろう。それが不自由さだ」




 のたうち回るロドニーと、当の昔に戦意を喪失しているイザベラ。




「職業で決められた武器しか使えないなんて、ほんとは不自由で窮屈なはずなのに」




 怯え切ったイザベラにそう訴えてみても返事はない。




「僕は職業トーナメントにエントリーしに来たんだ。このおかしな世界を終わらせるために」




 職業トーナメント。


 10年に1度おこなわれる世界中の戦闘職が闘ってその頂点を決める、革命だ。


このトーナメントで優勝した人間が向こう10年の世界を支配して、好き勝手にできる。




「はっ…!」




 歩き去る僕の背中にイザベラが叫ぶ。




「去年まで【無職】だった人間が、大それたことを!そんなことできるわけない!!」




 できるさ。






◇◇◇◇






「さあ!!いよいよ始まった職業トーナメント!!予選リーグ1回戦はなんと、【剣聖】と……【凄まじき無職】ぃぃ!?」




 観客たちが一斉に僕をバカにする。


 「なんで出場した」だの「だせえ」だのさんざん好き放題言われているし、そもそも1回戦から【剣聖】と当たるなんて、運営側の陰謀を感じる。




「おいおい。参ったな。僕は虐殺ショーをしたいわけじゃないんだ」




 対戦相手の【剣聖】は、金髪サラサラヘアーの優男だった。


 剣も細長くて鋭利。




 たぶん性格が悪い。




「きっと気の迷いでエントリーしたんだろう。降参するんだ。それが君のためだよ」




 【剣聖】が、同情するような表情と口調で、やたら大声でそう語る。


 観客の女たちの黄色い声が大きくなる。曰く、「【剣聖】様はなんておやさしいの♡」




 そんなことはさておき、僕は目の前の対戦相手が不思議でしょうがなかった。




「もしかして、君は試合しかしたことがないの?」


「急にどうしたんだい?」


「いや、もう試合開始の合図は始まっているのに、相手に降参を説得するなんてバカみたいだなと思って」




 【剣聖】の顔が歪む。




「【無職】の分際で生意気だ!殺してやる!!」


「この世のそこら中にあるのに、誰も武器にしない凶器がある」




 怒りに任せて突進してくる【剣聖】に照準、っていっても手のひらを向けるだけだけど、を合わせる。


 狙うは、鼻と口。




「死ね!むしょ……」




 最後まで言い切ることなく、【剣聖】が倒れ伏した。


 受け身も何も取らない危ない角度で、前のめりに頭をぶつけて、そのまま手足を痙攣させて動かなくなった。




「答えは空気。攻撃の瞬間に大声なんて。酸素を操作する敵のことも想定しないと」




 数百年は続いていると言われる職業トーナメント。


 【無職】が出場し、1回戦を突破するなど前代未聞。




 だがこれは、ボンドの起こす波乱の、ほんの序章に過ぎなかった。




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何の武器も使えない【無職】だった僕、【凄まじき無職】になって【剣聖】に勝つ ~空気さえ武器にできる僕はすべての職業の頂点に立ちます~ 南京中 @minamikiochu

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