いもうと

尾八原ジュージ

いもうと

 元彼が事故で急逝した。連絡をくれた彼の妹に乞われて、線香を手向けにいくことになった。

 元彼の実家の最寄り駅で電車を降りると、羽根のような雪が降り始めた。わたしはコートの襟元を掻き合せながら足早に歩いた。

 出迎えたのは、連絡をくれた元彼の妹だけだった。両親もすでに亡くなって、今はこの一軒家でたったひとり暮らしているのだという。

なぎささんが兄と結婚して、義姉ねえさんになってくれてたらよかったのに」

 そんなことを言いながら、妹はわたしを仏間へと案内した。彼女の兄と交際していた時期、わたしたちは本当の姉妹のように親しんでいたものだ。その頃のことをふと思い出した。

 仏壇の前には骨壺が置かれている。意外に大きいものだなと思いながら、線香を供えて手を合わせた。元彼の妹は、わたしの横顔をじっと見つめている。なんとなくヘビに睨まれているようで寒気がした。

 居心地が悪くなり「もうお暇するね」と立ち上がった私を、彼女は物欲しそうな顔で引き留めた。

「もうちょっとおしゃべりしていかない?」

「ごめんなさい、用事があって」

 そう言って断ったにも関わらず、彼女はまるでそれが聞こえなかったみたいに馴れ馴れしく喋り始める。

「ねぇ渚さん、まだ同じおうちに住んでるんでしょ? 広いお庭のある借家。前に一度椿を持ってきてくれたじゃない。岩根絞りっていったっけ? 綺麗な模様の」

 なるほど、そんなこともあったかもしれない。わたしはまだ同じ家に住んでいるし、この時期は絞りの美しい椿の花が垣根を彩る。そんな些細なことまで覚えているなんてといじらしく思いながらも、やっぱりこれ以上留まる気にはなれない。留まれば何か怖ろしいことが起こる気がする。わたしは足早に玄関に向かった。

「お邪魔しました」

 靴を履き、外に出ようとしたところで、

「渚さん」

 背後から声をかけられた。

「あの骨壺にね、父と母の骨も一緒に入ってるの。わたしも同じ壺に入りたかったけど駄目ね、最後の一人は。誰か入れてくれる人がいなきゃ。ねぇ」

 突然、首筋に冷たい指が触れた。

「ねえさん」

 囁きと共に、耳に黴臭い吐息がかかった。

 わたしは慌てて振り返った。背後には誰もいなかった。どういうわけか、ここまで見送りに来ていたはずの妹の姿すら消えている。彼女を呼ぼうとしたそのとき、薄暗い家の奥から、ゴトンという大きな音がした。

 わけのわからない恐怖に駆られて、わたしは家を飛び出した。降りしきる雪の中、足を何度か滑らせながら、ひたすら駅へと急いだ。

 椿の咲く借家には何の不満もなかったが、わたしは早々にそこから引っ越した。

 あれ以来元彼の妹から音沙汰はない。ほっとしてはいるけれど、それは彼女が死んだからではないか――という気もしている。今でもたまに、薄暗い家の仏間でわたしを待つ妹の夢を見る。

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いもうと 尾八原ジュージ @zi-yon

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