第106話:復活の魔剣

 迷宮の第20層に直行すると、そこには一度俺を倒した時と変わらない、全身の亀裂から禍々しい瘴気と炎を噴き出す、痛々しい皇龍がいた。


「しぎゃあああああああああああああああああああああああああああああ!」


 皇龍はもはや理性など一切感じさせない、悲鳴のような咆哮をあげ、いきなり口からビームをぶっ放そうと息を吸い込んだ。


「させるか!」


 それがぶっ放されれば、俺の後ろにいる、眠れない呪いを受けていない3人は永遠の眠りの呪いに囚われてしまう。


 だから俺は、皇龍の口に飛び込み、口の中で、呪句コマンドを口にする。


「《チェイン・ショットガン・ボルト》!」


 1億にも迫る《バーストボルト》の一斉炸裂は、与えるダメージこそ皇龍の顔面を軽くあぶる程度で終わったが、確実にその出鼻をくじくことに成功した。


「散開して攻撃! 遠間からやれ!」


 後方の仲間3人に叫ぶと、3人は皇龍を取り囲むように移動し、魔術を雨霰と浴びせ始める。

 能力とスキルが俺と同調している3人が放つ魔術の嵐は、単純計算で俺が3人に分裂して魔術を打ちまくるのと変わらない威力があることになる。


 となると、問題になるのは、ゲーム的に語るならヘイト管理だ。

 皇龍が俺だけを狙ってくれるのなら、鎧型の悪魔の力でその攻撃を受け止めるだけでいいが、俺以外が狙われることを考慮すると、俺は3人をかばう必要がある。


「ネトゲはあんまりやってこなかったんだよな……孤独でいられないから!」


 いわゆるタンク役としての経験などあるはずもない俺は、とりあえずドラゴンの顔面の近くを飛び回り、とにかく目を引きながら顔面に攻撃を浴びせることに集中する。


 横手からちくちくと刺してくる羽虫より、顔の前を飛び、顔を刺そうとしてくる羽虫の方が排除の優先度は高いのは自明の理だ。


 皇龍に理性があれば、それは陽動として露骨すぎると看破されただろう。

 だが、暴走と表現するのがふさわしい今の皇龍を相手取るにあたっては、それは、呆れるほどに有効な戦術だった。


 皇龍はブレスも、牙も、爪も、全て俺に向けて遮二無二振り回すだけで、眠りの呪いですぐに無力化できるメト達3人を狙うことはしなかった。


 ゆえに、何か特筆すべきような危機などに見舞われることもなく、俺たちは皇龍を問題なく討伐することができた。


「仇は取ったぞ、魔剣……」


 感慨に浸るのもつかの間、力なく地面に倒れ伏した皇龍に左手を押し当て、その死骸を吸収する。

 このとき、かつて取り込んだ皇龍との差異を抽出し、邪神の魔力特有の要素を見極めていく。


「さて、うまくいくといいが……」


 こうして、『邪神とはどういうものか』を学習することで、この迷宮内にあるはずの《邪神のかけら》の位置を特定するのが目的だ。


 だが。


「難しいな……」


 邪神の情報は、思っていたほどは得られなかった。

 人造とはいえやはり神。

 いかに能力の数値を稼いだとはいえ、一介の人の身に過ぎない俺が一度で解析するにはさすがに無理があったということだろう。


「一撃喰らったら終わりの緊張感のところ済まない、あと何回かやるぞ」


「大丈夫ですぅ」


 メト達は、首を縦に振ったが。


 数分後。


「……出てこないわね」


 賢者エメラが言う通り、数分待っても皇龍は復活しなかった。

 どうやら、邪神に取り憑かれた皇龍は、ここで待っていてもすぐには復活しないらしい。


「ここに棒立ちでいるよりは、第30層付近を探索するほうが建設的か?」


「私もそう思います」


 戦乙女が言うと同時、メトと賢者エメラも首を縦に振る。


 俺は無言で第21層に向かった。

 仲間たちも後ろに続く。


「おい、お前、アイツを取り込んでたのか?」


 その無言を僅か数秒で破ったのは、鎧型の悪魔。

 問い詰めるような声音に、俺は反射的に問い返してしまう。


「アイツとは?」


 帰ってきたのは、呆れたようなため息の気配。

 鎧型である今の悪魔が物理的にため息を着いたわけではないが、人型をしていれば間違いなくため息をついたであろう、呆れの気配だ。


「あの魔剣だよ。オレ達の技術供与で自分を剣に作り替えた錬金術師。まさか勇者の聖剣にも匹敵するような剣にまで成長するとはオレも思ってなくてな。人間の底力を思い知らされたいい思い出だ」


 懐かしむような声で言った後、鎧型の悪魔は俺をもう一度俺を問い詰めた。


「そいつが、お前の中にいるってのはどういう事なんだって聞いてんだ」


 まさか、鎧型の悪魔が魔剣の知り合いであったとは。

 世間は狭いとはよく言ったものだ。


「彼女は、剣であることに殉じ、俺の危機に、俺と融合することを選んだ」


 ひとまず、俺と融合している理由をシンプルに回答する。


「じゃあアイツの気配がないのはなんでだ」


 怒気を孕んだ問い。

 つまり、鎧型の悪魔は、俺が魔剣を殺して取り込んだのではないかと疑っているのだろう。


「彼女は一度皇龍に敗れた俺に代わって眠りの呪いを受け、今は俺の中で眠り続けている」


 その誤解を解こうとした俺の答えに、鎧型の悪魔の怒りは爆発した。


「そういう事は早く言え! 眠れない呪いを拡大すれば起こせるんだからよ!」


 起こせるらしい。


「本当か。是非頼む」


 俺も、魔剣には言いたいことがいろいろとあるのだ。



 呪いの書き換えには少し時間がかかるとのことで、それを待ちながら第21層から第25層までを散歩感覚で踏破する。

 皇龍の暴走により地上の人間の立ち入りを禁じられているうえ、将軍ラルファスによる襲撃でもともとの住人もいなくなっている迷宮国家は無人の町と化しており、各層の闘技場も魔物であふれかえっていた。


 とりあえず闘技場の魔物を蹂躙していると、第24層の(つまりは最後の)闘技場を潰したあたりで、鎧型の悪魔が声をかけてきた。


「準備できたぜ」


 なんともあつらえ向きのタイミングだ。

 ここなら、魔物の襲撃の危険性も他の場所に比べれば低い。


「早速やってくれ」


 俺の頼みに答え、鎧型の悪魔が少しばかり意識を集中するような様子を見せた数秒後。


「おはようございます。……私の目が覚めたという事は……マスターは……もう……」


 魔剣が目を覚まし、すぐに悲しそうな声をあげた。

 なるほど、俺が死ねば、魔剣が俺にかかった呪いを肩代わりする必要もないわけだ。


「勘違いすんじゃねえ。テメエのご主人様は元気だよ」


 そして、それを突っぱねるような声色で否定するのは、鎧型の悪魔。


「彼が、眠りの呪いに眠れない呪いをぶつけてくれている」


 俺の補足を受けると、魔剣は俺の体の中から、くすくすと笑うような気配を送ってきた。


「悪魔さん、女性ですよ」


「この言動と声で!?」


「おいおい、そいつは”じぇんだーばいあす”って奴じゃねえのか?」


 うるせえ。中世風味のファンタジー世界にジェンダーバイアスなんて言葉があってたまるか。


「まあ、そのことはいい。おかえり、魔剣」


 いろいろ言いたいことはあったが、結局俺の口から出てきたのは、どこまでも平凡な言葉だった。


 魔剣は一瞬、涙ぐむような気配を見せ。


「……はいっ。ただいま、です……!」


 心から再会を喜ぶような声をあげた。

 彼女に人の形の体があれば俺の胸に飛び込んできたことだろう。


「おうおう、見せつけてくれるじゃねえか、お二人さん」


 なんでこの悪魔は俺と魔剣が恋仲みたいに言ってくるのだろう。

 まあ、悪魔の戯言に耳を貸してもしょうがない。


 それより、魔剣が帰ってきたのなら、魔剣の機能は彼女に返しておくか。


「ひとまず、機能に関する権限を返還しよう」


「いいえ、私に指示を出す一瞬を省くことを優先してください。性能低下ダメゼッタイ」


 断られた。

 まあ、その方が戦いやすいのは事実なんだが。


「直近で取り込んだ皇龍と過去に取り込んだ皇龍の違いから、邪神の情報を得たい。解析を頼めるか」


 戦い以外でも、魔剣に頼めることはいろいろある。


「イエス。マスター。仰せのままに」


 何故か、魔剣はとても嬉しそうに応答した。


「お前、とんでもねえスケコマシだな。オレも惚れないように気を付けねえと」


 鎧型の悪魔のいう事は無視しておく。


「とりあえずは最深層を目指そう。こういうのは一番奥にあるのがお約束だ」


 俺は、かつて賢者エメラの住居であった第25層ボス部屋を通り、第26層に足を踏み入れた。


 直後、いきなり《竜気砲ドラゴンブレスカノン》の砲撃を受けた。

 後ろの仲間をかばい、砲撃が飛んできた方向に目をやると、確かにそこには、俺の作ったゴーレムが《竜気砲ドラゴンブレスカノン》の砲口をこちらに向けていた。


「まさか……!」


 ゴーレムたちが邪神に乗っ取られたのかと冷や汗をかいた俺だが。


「創造主様、御身が身を挺してかばうそちらの人物は、攻撃対象から除外すべきと認識します。……情報共有開始」


 ゴーレムの言葉に、俺は自分の間抜けさを思い知った。

 確かに、「俺と自分たち以外の動く物すべてを敵と認識して攻撃しろ」と命じたのは俺だった。


 穴があったら入りたいし、なんなら入るための穴を掘りたい気分ではあるが、そんな暇はない。

 俺たちは、30層に向かって《飛翔》スキルで移動を開始した。

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