第105話:任せ、信じる
庭に出て、魔導書を読みながらしばらく待っていると、メト達はさほど時間をあけずに出てきた。
せっかく沸かした風呂だし、しばらくくつろいでくれても構わなかったのだが、俺としては都合がいい。
「始めるぞ」
一言断りを入れてから、速度を解放する。
同時に、世界が静止し、体感的な時間の延長によって身体動作の感覚が変わる。
分かりやすい例でいえば、感覚に対して空気の振動があまりに遅くなることで音が聞こえなくなることや、同じく感覚に対して重力加速度があまりに遅くなることで重力をほぼ感じなくなるあたりが大きいか。
何週間かかけてじわじわと速度を上げ、重力制御の魔術などで段階的に対応してきた俺にとってはなんということはないが、いきなり今の俺のトップスピードに引きずられている彼女たちにとっては、動きづらいことこの上ないだろう。
(賢者エメラ、同調するのは能力だけか。具体的には、俺のスキルを君たちが使えるかを確認したい)
(同調している間はあなたのスキルも使えるわ。逆は無理みたいね)
賢者エメラの回答に、俺は勝利を確信した。
いや、何と戦っているわけでもないのだが……。
(では、ドラゴンの《飛翔》スキルを使って飛んでみてくれ。飛ぶことに慣れたら、空中で止まる練習をした後、止まる高さを地面ギリギリにする練習をしてくれ。最後に、止まっている状態から一気に加速して踏み込む練習だ。これに慣れると、動き回るのに踏める足場が必要なくなる。当然、重力もな)
一通りの指示を出し、俺は少し離れた場所でドラゴンを召喚して虐殺する作業に入った。
体感で2時間もしないうち、メト達は《飛翔》を使った、止まった時間の中での移動に十分順応してくれた。
(手伝った方が、狩りの効率は良くなるかしら。私達も、戦い慣れしておいたほうがいいでしょう?)
賢者エメラの提案に、俺は首肯を返した。
(スキルは共有されてますけどぉ、慣れてる動きのほうがいいですよねぇ。今のフェイト含めて、皆さんの戦い方知らないですけど)
メトの問いは実にもっともだった。
俺も単独行動するようになって久しい。
メトに背中を預けていた頃の俺とは、根本的に戦い方が変わっている。
ましてや戦乙女や賢者エメラとは、共闘すること自体が初めてだ。
とはいえ、その経験を積むことは難しい。
この止まった時間では敵が止まっているので戦いというものが成立しない。
通常の時間でも結局、訓練が成立するちょうどいい強敵がいない。
その最有力候補である皇龍が邪神に憑依されて最大の敵となってしまった今、その問題は特に深刻だ。
結論としては。
(連携はいったん忘れよう。訓練する方法がない。ひとまず大量のドラゴンを召喚する)
俺は、一人で10京年は繰り返してきたことを、彼女たちとまた繰り返すしかなかった。
(ご主人様、こんなことを、ずっと続けていたのですか?)
1000年もしないうちに、最初に音を上げたのは戦乙女。
賢者エメラのように1000年も生きてきたわけではない彼女が、賢者エメラより先に音を上げるのは不思議ではない。
俺が10京年もこんなことをやれる異常者だったというだけだ。
(ああ。俺はこういうことに向いている性格らしい)
(私も向いてるかもしれないですぅ)
俺を除けば最も若いメトが今なお音を上げていないのは多少気になるところではあったが、メトがそういうのなら、きっとそうなのだろう。
好かれる理由も、彼女を強く拒絶できなかった理由もよくわからなかったが、こういう部分で気があるとなると、少しだけ、その理由が分かる気もしてくる。
(提案があるんだけど、フェイトはドラゴンを召喚しながら魔導書の消費と鍛冶作業、死体とアイテムの吸収に徹して、屠殺は私達3人に任せて貰えないかしら)
賢者エメラの提案は、言われてみれば実に望ましい提案だった。
能力の同調はあくまでも俺の能力を彼女たちに貸す性質のものだ。
俺の能力をいかに効率よく上げるか、が、そのまま俺たち全員の戦力強化につながる。
その効率を突き詰めたとき、俺は《召喚》の熟練度を含め、能力をあげることだけに専念したほうがいいというわけだ。
(それで行こう)
そして俺たちは、排泄物を焼いた灰を詰めた《収納魔術鞄》が庭に山積みになるまでの1億年ほどの間、
修行を終えた俺たちは、ティータが用意してくれた夕食を食べた後、俺の部屋に集合して今後の計画を練ることにした。
「……というわけで俺が掴んでいる情報の範囲では、人造神ヴァヴェルによる世界の破滅を防ぎつつ、その中にいる旧地母神ヴァルナを復活させ、旧地母神ヴァルナに大地の所有権を奉還するのが最も良いように思われる。そのために一度人造神ヴァヴェルを復活させ、無力化する必要があるというのが最大の問題だ」
ひとしきり情報共有したところで、俺はメト達に視線を巡らせた。
「なんだか、すごいことになってきちゃいましたねぇ」
メトは感慨深そうに笑い。
「神と、正面からやり合うのね」
賢者エメラは真剣な顔で俺を見つめ。
「ご主人様のお心のままに」
戦乙女は、ただそれだけを告げて微笑んだ。
「……人造神ヴァヴェルの復活のためには、邪神に取り憑かれた皇龍や、同格またはそれ以上だと思われる各国の迷宮跡地に封じられた邪神のかけらを集め、封印神殿で復元する必要がある。……勝てると思うか? ちなみに俺は一度負けている。魔剣の意識が永遠に眠ったときだ」
「負ければ私たち全員が、永遠に眠ることになる、か……能力をあげれば対抗できる、というのも正しくない考えかもしれないものね」
賢者エメラが確認するように言う。
「その通りだ」
あの皇龍のブレスに込められた呪い、あれは、果たして能力をあげれば防げるものなのだろうか。
喰らって確かめてみる、というわけにもいかない致命打なので、何とも言えないが。
「魔剣のような意志を持つ武具は、他にないの? 説得して身代わりになってもらう事ができればまだ、なんとかなりそうだけど」
賢者エメラの提案は、もったいないような気もするが現状唯一の突破口だった。
「話しかけたことがないから分からん。探してみるか」
俺は貴重な武具などを集めている《収納魔術鞄》を開く。
「意志を持つ武具はこの中にいるか。いたら可能な方法で応答してくれ」
俺は気軽にそんなことを口走ったことを本気で後悔した。
《収納魔術鞄》から20は下らない剣や槍、斧が飛び出してきて部屋の天井にぶっ刺さったからだ。
殺す気か。
そして、鞄の中で震えるような気配を見せていたいくつかの武具を取り出して並べていると、最後に物凄く性格の悪そうな男の声が聞こえてきた。
「今ので『意志を持つ武具』は最後だ。オレは武具じゃねえが、武具扱いにしとくか?」
その声の聞こえる方に手を突っ込むと、軽鎧が一つ、手に触れた。
「武具ではないとはどういう意味だ」
見た目は完全に、ただの(性能が素晴らしく高いだけの)軽鎧なのだが。
「オレは鎧型の悪魔なんだよ。鎧に悪魔が取り憑いてるんじゃなく、悪魔が、鎧の形してるんだ。邪神に対抗するってんなら力を貸すぜ」
なんかすごい奴が出てきたな、という、やや他人ごとめいた感覚が頭をよぎる。
メト達に目を向けると、彼女たちは頷いた。
その目に、この鎧への殺意などは感じられない。
話くらいは聞いてやってもいい、ということだろう。
「詳しく話せ」
俺が訊ねると、鎧型の悪魔はなんとも楽しそうな声色で話し始めた。
「ヴァヴェルの呪いはな、本来は神すら殺す死の呪いなんだ。だが、ヴァヴェルと一体化したヴァルナは、裏切られても我が子を問答無用で殺せなかった。まあオレら悪魔の感覚からすれば甘ちゃんだが、地母神ってのはそんなもんらしいな。で、死を意味する永遠の眠りを、文字通りの眠りの形でもたらす呪いに歪めてるんだ」
鎧型の悪魔の話に、俺はなんとも言えない感慨を受けた。
言語化するならば、地母神ヴァルナのなんと慈悲深いことか、といったあたりか。
少し前まで、孤独の女神に向けていたような言葉が別の神に向いていることに、少しばかり辟易するが。
まあ、それは今の本題ではない。
「で、そうなるとつけ入る隙は生まれるわけで、絶対に眠れない呪いをかけ続けるって対抗策ができるわけだ。オレ自身に、永遠に絶対に眠れなくなる呪いと、鎧の姿になる呪いをかけ、着ている間は眠れなくなる呪いに巻き込まれるようにしておくことで、オレを着た人間も眠りの呪いから守れるって寸法よ」
なるほどそれは確かにわかりやすい対抗策だ。
だが、分からないのは。
「何故悪魔が人間に肩入れする。俺が見たことがある悪魔はそういう存在ではなかったぞ」
俺が尋ねると、鎧型の悪魔は少しだけ寂しそうに、ため息をつくような気配を見せた。
「ヴァヴェルは、この大地を横取りした別の神さえ殺せれば他にいくら被害が出ても構わねえってな、なんとも迷惑極まる奴だったんで、暗域からしても大迷惑なのよ。だからオレみてえな話の分かる悪魔は邪神を止めるために共同戦線を張った。まあ、あくまで対邪神性能だから、身体能力の強化が強すぎて人間が力に溺れて破滅する、なんてことがあって封印されちまったけどよ、そこらの悪魔よりは話せるタチだと思うぜ?」
悪魔も、一枚岩ではないということか。
無論、そういう嘘をついている可能性も否定はしないが。
俺は、鎧型の悪魔を信じることにした。
「……皇龍を倒しに行こう」
初対面の相手を信じるなどとは。
俺も、随分と人当たりがよくなってしまったものだ。メトや賢者エメラ、戦乙女と1000年も共同作業などしていたせいだろうか。
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