第104話:ハーレム物は王道(遅すぎる)
空の湯船に魔術で水を注ぎ、出力を絞った火炎魔術で風呂を沸かす。
風呂を沸かすための労力だけでも、魔法なしでは使用人が何人必要になるかわからない。
ティータとターニャしか使用人がいないうえ、俺の人間不信ゆえに使用人を増やす気もない我が家では、風呂は魔術で沸かすしかないのだ。
それに、魔術で風呂を沸かせば技術レベル上、追いだき機能などついているわけもないこの世界の風呂でも、湯加減を自在に調整できる。
こういうことをして使用人を雇う人数を少なく抑えるのは、貴族の文化としてはNGらしいが、俺は騎士の称号をもらっただけの平民というか流れ者なので気にしない。
※騎士の称号をもらった時点で一代貴族である。
貴族は多くの使用人を雇い、それによって財力を誇示し、また多くの平民を自らの私財で養う形で民に利益を還元するのが望ましいという話ではあるが、財力の誇示に興味はないし、利益の社会への還元は別の形ではあるにせよ十分やっているつもりだ。
それに、俺は貴族の誇りなどという何の役にも立たないことよりよほど重視しなければならないものがいくつもあるのだ。
例えば、邪神にどう対処するか、とか。
(……)
孤独の女神の声が聞こえない。
もう、理由はわかっている。
俺は、背信者だ。
孤独を愛し、求め、しかし、その孤独を満喫するために他者の世話になっていることを忘れられず、結局、それを支えてくれる人を大切にしようなどと考えている俺は。
孤独の女神の信者を名乗る資格を失ったのだ。
悲しいことだが、しかし、何故か自然と受け入れられた。
背信者がどの面を下げて神に許しを請うことができるのか、という事を理解する程度の冷静さを失わずに済んだことを喜ぶべきか、神に見放されたことをその程度にしか嘆くことができないことを悲しむべきか。
いずれにせよ、俺は、神託に頼らず、これからのことを自らの意志で決断せねばならない。
能力の数値なら理論上無限に稼げる今の俺だが、それだけでは、そもそもの俺の思考力の限界が突破できない。
賢者エメラのように新しい魔術を生み出すような知恵が、俺にはない。
少なくとも、一度俺を倒した、皇龍に取り憑いた邪神の破片に対応するには、その欠点が致命的過ぎる。
だから俺は仲間を頼らなくてはならない。
そうしなければ、俺は安心して孤独を満喫できない。
その背理を、受け入れる。
そして、彼女たちの献身に報いると誓う。
孤独の女神への背信と知って。
許されざる悪行と知って。
その道を行く。
「と、決意を固めたところで、最大の問題が残っているわけだが…」
俺は深くため息をついた。
最大の問題。
それは、俺が彼女たちの献身に報いる方法を知らないということだ。
「フェイト、聞こえる?」
考え込んでいた時間が思ったより長かったのか、脱衣所から賢者エメラが声をかけてきた。
自分で書いた魔導書だし、読む時間もさほどかからないということか。
「ああ」
「一緒に入ってもいいかしら?」
賢者エメラの問いは、予想の範囲内だった。
俺は少しの間逡巡したが、すぐに、どうせ今の俺では考え事の結論は出ないと諦めがついた。
「構わない」
許可を出すと、すぐに、無駄に広い浴室の扉が開いた。
浴室に踏み入って来た賢者エメラは少しばかり健康が気になるスレンダーな肢体をタオルで隠すこともなく、数回体に湯をかけて俺の隣に座った。
広い浴室のバカでかい湯船でわざわざ隣に座るのは、何か用件があるからだろうか。
「こうして二人でゆっくりするのは、初めてね」
賢者エメラは用件を切り出すでもなく、俺に身を預けながらそう言った。
恋人同士とかなら、こういう事も普通にやるのだろうが、俺と賢者エメラの距離感はそれほど近くはないはずだ。
「何故、くっつく」
ややつっけんどんな声音になってしまったことについては、申し訳ないがどうしようもない。
背信者に身を落とした今も、やはり俺にとって最も心地よいのは孤独であり、それは差し引きの結果として誰かがいるというだけで苦痛であることを意味する。
ましてや、不必要に近くにいられれば、なおのことだ。
「愛情表現。言ったでしょ、私も、メトのようにあなたに熱をあげている女の一人だって」
呆れたように言う賢者エメラに対する適切な応答が分からない。
複数の女性に同時に言い寄られた経験など、前世から数えてもこれが初めてだ。
俺は彼女に何を差し出せばいいのだろうか。
そう考えて、俺は賢者エメラのことを何も知らないことに気づいた。
彼女は何が好きで、何が嫌いで、なぜ俺を好きになったのか。何も分からない。
メトについてすらそうなのだ。メトについては、なぜ俺を好きになったのかの説明自体は受けたが、結局その意味が理解、もしくは納得できなかった。
たった一つ分かるのは、メトが欲しがったものは何か、ということだけ。
「……君の寝室もまとめるか?」
「……」
賢者エメラは赤面し、うつむいて沈黙した。
湯加減が彼女には熱すぎたのかもしれない。
俺は魔術で風呂に水を足した。
「急にどうしたの」
「君がのぼせたのかと思ったのだが」
俺の答えに、賢者エメラはらしくもなく声を荒げた。
「あ、あなたが急に寝室を一緒にするとか言い出すからよ!」
そこにいたのは、1000年生きた仙人のようないつもの賢者エメラではなく、見た目通りの10代後半の少女のような、俺の知らない賢者エメラ。
俺はその温度差を受け止めきれず、目をそらしてため息をつくしかない。
「1000年も生きていて今更おぼこ娘のようなことを言わないでくれ」
数十秒の沈黙。
やがて、目をそらしたままの俺の前に移動し、賢者エメラはその裸身を俺にさらすことをいとわずに立ち上がり、俺の肩を掴んで湯船に押し付けて俺を睨みつけた。
数秒後、のぼせたような赤面をさらに赤くし、目を伏せながら、蚊の鳴くような声で賢者エメラは言う。
「……おぼこ娘、なんだけど」
俺は自分の致命的なミスを理解した。
メトは元娼婦だ。今更そういう行為に抵抗があるはずもない。
だが、賢者エメラは違う。その違いを認識すると、俺の発言がどれほど無神経であったかは、考えるまでもなくわかる。
「……済まない」
そのまま、二人、気まずく目をそらしたままの時間が、しばし。
「エメラさーん! 読み終わりましたぁ!」
俺がいることなど全く気にしていないメトの明るい声が風呂場に突入してくるまで、俺と賢者エメラは固まり続けていた。
「すみませんご主人様、お邪魔します」
戦乙女まで入ってきた。
恥じらうような声色に似つかわしくない、フルオープンな全裸で。
声に誘われて視線を向けてしまい、俺はその裸身を直視する。
賢者エメラの健康が心配になるスレンダーさと比較すると、健康的な肉付きのその肢体は、俺のような特殊性癖者を除外すれば最も多くの男を虜にできる黄金比というやつだろう。
そういう完成された美しさを目の前に出されたうえで、最も自分が好む姿のメトを横に並べられると、自分の特殊性癖具合を思い知らされて若干死にたくなってくるが。
「フェイト、早速ここで術式を試しましょう!」
そしてメトは、なんとも場違いなことを言ってきた。
「……風呂でやる必要はあるのか?」
俺の感覚では、この問いは反語だったのだが。
「裸の方が、互いを隔てる物がないから都合がいいの。接触しながらのほうが、もっといいわ。粘膜接触の方がより望ましいわね」
その問いに答えた賢者エメラが、俺に一切の反論の時間を与えずにキスしてきた。
もう片方の粘膜接触を二人の目の前でおっぱじめられなくてよかった、と思っておくことにしよう。
「これで私の魂はあなたに預けたわ。メト、戦乙女、二人とも」
賢者エメラに促され、我先にという勢いで駆け寄り、その勢いのままキスしてくるメトと戦乙女。
メトはともかく、戦乙女は好きでもない男にキスをするのに躊躇がなさすぎではないだろうか。
いや、違う。彼女もまた賢者エメラの書いた術式に適合するのなら、魂を俺に預けても構わないという信頼は、戦乙女も俺に対して持っているのだ。
恋慕されていても不思議ではない。
ともあれ、それは気にしないことにする。
「これで終わりか。速度解放を試すぞ」
俺はいつものように速度を解放した。
(これが、あなたの速度なのね、フェイト)
最初に口を開いたのは賢者エメラ。
だが、音はその速度の問題で俺の耳には届かない。
即座にそれを悟って、接続した魂を介する念話のようなものに切り替えてくる賢者エメラの頭の回転の速さは本物だ。俺などの及ぶところではない。
(すごい、水が空中で止まりますね)
風呂の水をすくって、それが落ちる速度の違いを確認する戦乙女。
(なんだかふわふわして動きにくいです……)
重力によって下に引かれる速度も落ちていることで動きにくさを訴えるメト。
そういえば、速度をあげるたびに微妙な動きにくさを感じ、主にドラゴンの《飛翔》の応用でいろいろ工夫していたんだったな。
(風呂からあがろう。庭で高速時の体の動かし方を訓練する)
俺はそれだけを伝え、速度を戻して風呂から出た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます