第100話:再起動-この処理には時間がかかる場合があります

 封印神殿を後にした俺は、今までの習慣に従い、止まった時間の中で召喚したドラゴンの群れを虐殺しながら、何も考えずにボーっとする時間を過ごした。


 1億年か、1兆年か。それとも、京まで行くか。

 そんな時間感覚などもはやどうでもいい。

 どうせ、通常の時間軸では1秒未満だ。


 時間を数えることすら、億劫だった。


 何も考えたくない。


 前世での高校生の頃の数学だったか、等比数列の和の極限だかなんだか、細かな言葉遣いは忘れたが、ある数に半分を足し、またその半分を足し、と続けていくと、最初の数の二倍に無限に近付くが、最初の数の二倍にたどり着くことはない、とかなんとか。


 《召喚》やアイテム加工の技術の合わせ技で、《流星の腕輪》を体感1時間(外の時間でそれが1秒の何億分の1なのかはもうわからない)で1個作るのにおつりがくる俺なら、次の《流星の腕輪》を半分の時間で、その次はさらにその半分の時間で作れることになり、俺は、数億分の1秒後にすら永遠に辿り着かない事だって可能、ということになるのだ。


 このまま、止まった時の中に引きこもり、永遠にも思える、滅びまでの時間、ただひたすら殺戮を楽しむというのも、一興か。


 そうして、なにが不都合か。

 元より俺は精神的な引きこもりだ。

 運よくか運悪くか、死に物狂いで努力すれば一般人に擬態できる程度に対応力を身に着けることができただけの、引きこもりに過ぎないのだ。


 すべて忘れて、永遠の怠惰に身を任せて何が悪い。



 どれほど、そうしていたか。


 ドラゴンを虐殺しつつ、《流星の腕輪》を最大の頻度で作りまくり体に取り込みまくりながら、未使用の素材などを詰め込んだ《収納魔術鞄》を積み上げる作業も、どん詰まりを迎えた。


 幾度か、《収納魔術鞄》の山が雪崩めいた崩壊を起こし、そのたびに崩れた山の外縁まで移動して《召喚》を使用するということを繰り返した結果、俺は方角すらも分からないまま、概ね円形か正六角形をゆがめたような形状の大陸の、どこかの海岸に辿り着いてしまっていたのだ。


 速度を2倍にし続ければ永遠に数億分の1秒後にたどり着かない、事実上の時間停止が得られると言っても、それは時間だけを無限に圧縮しているだけで、空間は無限に圧縮できない。

 空間が無限に圧縮できなければ、無限の時間で手に入る無限の素材の置き場所の問題が無限に膨らむ。

 そんな単純なことにも気づかなかった間抜けの結果がこのざまだ。


 振り返った俺は遠く彼方まで伸びる《収納魔術鞄》の山脈を見上げ、大量の素材をどう処分したものかとため息をついた。



 俺はひとまず、《収納魔術鞄》の山を、ドラゴンの肉や血を詰めているもの、鱗などの武具の素材になる部分を詰めているもの、俺の排泄物を詰めているものの3つの山に丁寧に分類しつつ、竜の素材から《光の翼あらゆる能力、耐性等が少し上がる装飾品》を作っては魔剣の能力で取り込み、肉と血は食う分以外は魔剣で吸収することにした。


 何京、何垓の《光の翼》を体に取り込んだのか、もはや数える気すらも起こらない時間の果て、《収納魔術鞄》の山の中から竜の素材が全てなくなり、ドラゴンの肉と血も消費しつくしたところで、大陸の半分を横断していた山脈は大陸中央の魔王平原を埋め尽くす程度まで小さくなっていた。


 とはいえ、雨風で《収納魔術鞄》が傷んだら膨大な量の排泄物が大噴火してしまうのではないだろうか、という不安が脳裏をよぎる。

 ……それはさすがに避けたい。

 そして、こんな量の排泄物は農業用にも使いきれない。


「とりあえず、焼いておくか」


 とりあえず、俺は目の前の、標高数千メートルはありそうな《収納魔術鞄》の山に火炎魔術バーストボルトを撃ち込んで焼き尽くした。 

 《収納魔術鞄》がもったいない気もするが、排泄物を詰めていた鞄を使いまわす気にもなれないし、何より一つずつ開けて中身をぶちまける作業が面倒だった。


「悪くない威力だな」


 富士山くらいの《収納魔術鞄》の山、内部に有する、外見の数万倍の空間に大量の水分(排泄物)が詰まっているそれを一瞬で焼き尽くした火炎魔術バーストボルトの威力に満足し、俺はもう一度、《召喚》の魔術を使用した。


 こうすれば置き場所の問題もクリアできる。

 今度こそ、俺は無限の時間に引きこもることができるのだ。


 ドラゴン1体を倒すごとに、《流星の腕輪》を作り、残った素材をつぎ込んで《光の翼》を作り、空腹を満たすだけのドラゴンの肉と血を飲み食いして、出来上がった装備品と食いきれない分の肉と血は魔剣で吸収。

 ちなみに魔剣で吸収しても肉の能力強化や血の若返り(寿命増加)は効果がある。若返っても体が縮まないのは、この世界では老化と成長が何らかの形で切り分けられているからだろう。

 《流星の腕輪》はドラゴンの喉元の逆鱗を必要とするのでドラゴン1体ごとに1つしか作れないが、《光の翼》は品質の良い魔物の素材であれば特定の種類を求めるものではないので、ドラゴンの素材は全身余すことなく《光の翼》に置き換えて魔剣で取り込むことができる計算だ。

 食事に伴って必然的に出てくる排泄物は都度、火炎魔術バーストボルトで焼く。


 これならば、置き場所に困るようなものは何一つ残らない。

 残るのは、無限に上がり続ける俺の能力のみ。


 ……とは、行かなかった。


 尻から出てくる量よりずっと減るとはいえ、若干の燃えカス、灰は残る。

 結局、それが魔王平原全体にうっすらと雪のように積もったところで、俺は止まった時間に引きこもることを諦めた。《収納魔術鞄》に灰を詰めてもよかったが、それも結局は問題の先送りでしかない。


 ひとまずアスガルドに戻ることにしよう。




「……ごめん、理解が追い付かない」


 帰還した俺がこれまでのことを報告すると、女王は眉間を押さえて俯いた。


 むべなるかな。


 女王からしてみれば、毎朝の日課から帰ってきた俺から聞いた報告が

・救援を出した残り3国が地上まで《魔の吹き溜まり》になってました。部隊員に制圧を命じてます。

・封印神殿で手に入った情報は、邪神こそが本来の地母神という衝撃の事実でした。どーしましょこれ。

・たぶん10京年くらい時間止めて修行してきました。さっき気づいたんですが周りが灰に埋まる被害無視してよければ無限に鍛練できます。

 の3本立てだ。


 そんな話を聞かされたら俺だって処理が追い付かない。


「本当にごめんなさい。私も、この問題には、すぐに決断できそうにないわ」


 しばらくして女王が口にしたのは、そんな言葉。

 それはおそらく、旧地母神ヴァルナを受け入れるか、邪神として撃退するかの決断のことだろう。


「謝る必要はない。俺も決断できない。きっと誰にも出来ない」


「そうね……」


 俺の言葉に、女王は気が滅入ったかのように目を伏せた。


 現状は、1000年前の先祖の過ち、あるいは苦渋の決断の結果一度は討たれた正当なる地母神が、恨みを胸にもう一度帰還しつつあるという状況。

 許しを請うか、抗うか。

 民を安んずる使命を背負う王者として、どちらが生存可能性が高いか、そんな、分かるはずのない問いを突き付けられている女王にとって、この問題の重みは俺が想像している以上だろう。


 だから、それは俺がこの問題について決断できない理由とは、根本的に異なっている。


「俺は旧地母神ヴァルナに、同情を覚えている。感情論に過ぎないが、俺は、旧地母神ヴァルナを救う努力を諦めたくない。……言えた筋合いではないがな」


 俺が決断できない理由はただ一つ。言えた筋合いではないということだ。


 俺がどれほど旧地母神ヴァルナに同情しようと、所詮異邦人の気まぐれに過ぎない。

 旧地母神ヴァルナに対し過ちを犯し、旧地母神ヴァルナの帰還にあたって被害を受けた者達の、つまりは、地母神ヴァルナと双方傷つけ合った者達の代表として許し合うことを目指す資格がないのだ。


 裁定者を気取り、許し合えと当事者に強いる傲慢さは、俺の所持品の中には見当たらない。


 だが。


「じゃあ、そうしましょ。全ての人を代表し、ヴァルナ様に許しを請う役回りは、譲ってちょうだい」


 女王は俺の煩悶を知ってか知らずか、まさに俺では務まらない部分を引き受けると言ってくれた。


「……いいのか?」


 確認する俺に、女王は静かに微笑んだ。


「何を選んでも正しくないのなら、せめて諦めたくない道を選びましょ」


 言葉だけなら、それはどこか、既に諦めた者のセリフだったが。

 しかし女王の目には、確かな希望が宿っていた。


「……感謝する」


 俺はひとまず城を後にし、自宅へ向かった。


 当面の目標は、邪神のかけらを封印神殿に持って行くこと。

 そのためには、永遠の眠りの呪いと戦力の問題を解決する必要がある。


 あまりあてはないが、打てる限りの手を打つ必要があった。

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