第99話:知りたくなんてなかった

 今回はどこにあるかもわからない情報の収集が目的であるので、《エンド・オブ・センチュリー》による爆砕直進は使えない。

 時間を止めた状態で、さらに慎重に周りを調べながら歩を進めることしばし。


 たどりついた封印神殿の最奥部、何かの制御室を思わせる空間。

 そこには、壁に人が埋め込まれたような、あるいは女の上半身が壁から生えているようなレリーフが一つ。

 それは俺が近づくと、瞳を開き、口を開いた。


「ようこそ。魔導研究所コアデータベースへ。私は検索用端末のエルモと申します」


 その言葉に、封印神殿という名前がここにはふさわしくないことを理解した。

 むべなるかな。

 歴史とは伝言ゲームだ。1000年もの間、一切の情報劣化が起こらないと考えるのは、楽観的にもほどがあるというものだろう。


「魔導研究所か。俺の前に、ここに誰かが立ち入ったのは何年前だ」


「1000年程度昔です。施設の劣化から、時計の狂いがありうるため正確な数字を示すことはできません」


 エルモの答えは、俺にとっては十分だった。

 どうせ邪神との戦いも、だいたい1000年前、でしかないのだ。

 おおむね同時期、という事が分かればいい。


「構わない。その時立ち入ったのは何者だ」


 可能なら、その人物が人類側の勢力か、邪神側の勢力かを確認しておきたいが。


「旧地母神ヴァルナ」


 知らない名前が出てきた。


「旧、地母神か。旧という事は新地母神が別にいるのか」


「イエス。新地母神エリステアは、旧地母神ヴァルナからこの大地にかかわる権能を簒奪したと、旧地母神ヴァルナから伺っています」


 エリステア。簒奪。繋がった。あの夢の意味が、分かった。

 邪神は旧地母神であり、新地母神に大地の権能を奪われた。

 その復讐か、権能の奪還か、いずれかを目的に帰ってきた旧地母神ヴァルナは、自分のことを忘れ去った人間に討伐された。

 そして、今もう一度、旧地母神ヴァルナは帰って来ようとしている。


 決戦は避けられないだろう。

 旧地母神ヴァルナの怒りも憎悪も、あまりにも正当だ。

 説得の余地を見出せない。

 対話による和解などという茨の道を進むには、俺の対話能力は低すぎる。


 ならば、敵を知り己を知れば、という言葉に従うほかない。


「旧地母神ヴァルナに関する、知っている限りのことを教えてくれ」


「かしこまりました。1000年の時間差を考慮し、一部のコミュニケーションは、あなたの思考を読み取り、適切なイメージの単語に置き換えて行います」


 それから、エルモはこの世界の歴史について語り始めた。


「まずは、大地創造からエリステアの主権簒奪までの歴史をお話しします」


 俺は無言で続きを促した。

 長い話になりそうなので、黙って聞くという意思表示だ。


「この大地とこの大地の生命は、旧地母神ヴァルナによって創造されました。ヴァルナは地母神としての才能に優れた神であり、この大地と生命は非常に豊かに栄えたのですが」


 そこに新地母神エリステアが割り込んできたのか。


「神々の長である大神アルマの娘である女神エリステアがそのことに嫉妬し、この大地を欲しました。エリステアは大神アルマの威を借り、この大地の主権を不正に主張、八百長の裁判によって冤罪を着せられたヴァルナは悪魔たちが住まう領域、暗域に追放されたのです」


 どんなやむにやまれぬ理由が出てくるかと思えば、あまりにもくだらない理由で俺の肩の力は一気に抜けた。

 そんな理由で追放された旧地母神ヴァルナが不憫でならない。


「ここまででご質問はございますか」


 俺は首を横に振った。


「では続けて、エリステアの主権簒奪からヴァルナの最初の帰還までの歴史を」


 エルモは俺が頷きを返すのを待って、話を続けた。


「この世界の主権を得たエリステアは、人々に自身への祈りを強制し、祈りに応じた恵みを与えるという、手っ取り早い繁栄を与えることで人々の心を掴んでいきましたが、もともと主権を簒奪して地母神になった神ですから、人々の間で、祈りさえすれば恵みが得られることに満足し堕落した者と、ヴァルナの帰還を願う者の対立が深刻化していきました」


 しょーもない理由で世界を横取りしたがるような神だ。ろくな神ではないと思っていたが、予想以上にろくでもなかった。

 そして、安易な幸せに流れる者と、あるべき姿を希求する者の対立は、どんな時代でもなくならないのだなと、一抹の空虚な寂寥感が俺の胸を吹き抜ける。


「ヴァルナの帰還を願う者たちは、エリステアを排除するための神殺しの人造神ヴァヴェルを作り上げましたが、神の意志がなければヴァヴェルを起動できず、エリステアを討つことができずにいました。そして1000年前、暗域からヴァルナが帰還を果たしたとき、ヴァルナの帰還を願う者の手引きによって魔導研究所にヴァルナが訪れたのです。もちろん目的は、ヴァルナ自身がヴァヴェルの意志となり、主権奪還のためにエリステアと戦う事」


 さらっと神殺しの人造神とかいう新単語が出てきて大困惑だが、察するに、旧地母神が現代では邪神と呼ばれている原因はコイツと同化したからだろう。

 神殺しの人造神なんて、悪魔的な見た目になると相場が決まっている。


「ヴァヴェルと融合したヴァルナに敗北したエリステアは、大神アルマの権能を借り、勇者を作り出すことでヴァヴェルを倒し、ヴァルナを再度追放したのですが、その一件で大神アルマの職権乱用が明るみになり、エリステアともども罷免されたため、この大地の主権は現在空白となっています」


「それはつまり、この大地は現在放棄された状態にあるという事か」


「はい」


「そりゃ深刻な問題だな……」


 神が直接管理するのがむしろ当たり前らしい大地が管理されていないという事は、言ってみればこの世界は空き家のようなものだ。

 放置すれば雑草は生えるしそのうち蔦がからむし老朽化でボロボロになる。

 世界にとって、それがどういう現象として現れるのかは分からないが。


「はい。深刻です。砕かれたヴァヴェルの破片が封印された6か所で、ヴァヴェルは自己修復機能を展開。あなたが迷宮と呼ぶ存在となっています。さらに、ヴァヴェルは神殺しという存在目的からして、暗域の存在に極めて近いため、ヴァヴェルの展開した迷宮は暗域の世界と1000年の間に直結してしまっています。あなたの記憶を見る限り、既に3か所、地表まで浸食が進んでいるようですね」


 俺が思っていたより数倍深刻だった。

 もはやこの世界は、暗域の世界に塗り替えられつつある。

 それは、恐らく魔物、魔族、悪魔、そういう存在が支配する世界で。

 人々はそういう連中の食料とかにされてしまう世界だろう。


「以上です。何か質問はありますか」


 質問すべきことは一つ。

 これ以上の暗域の侵蝕を食い止めるための、地母神の帰還方法だ。俺にそんなことがなし得るとは思えないが、それでも、挑まなければならない。


「旧地母神ヴァルナを復活させることは可能か」


「封印されたヴァヴェルの破片のうち、旧地母神ヴァルナの意志を宿す破片を特定し、ここに運んでいただければ、魔導研究所の設備を用いてヴァヴェルとして復活させることは可能です。旧地母神ヴァルナとヴァヴェルの分離に関しては。破片の状態によるとしか」


「分かった。破片については俺が探してみる。幸い、あてがある」


 俺が思い出したのは、皇龍だ。

 旧地母神ヴァルナの意志そのものと言える悪夢を見せることができる呪いを俺にかけた皇龍は、きっと旧地母神ヴァルナの意志を宿すヴァヴェルの破片に最も近い存在だろう。

 無論、勝ち筋は別に探す必要がある。


「あとは、人造神ヴァヴェルに関する情報をまとめてくれ。近いうちにまた来る」


 ヴァヴェルの情報が手に入れば、打つべき手も見えてくるだろう。


 だが、俺は。


 旧地母神ヴァルナに、今この時代に生きる者の都合を押し付けることに、どうしようもない嫌悪感を抱いてしまっている。


 旧地母神ヴァルナは、自分の子に等しい大地を奪われ、やっとの思いで戻ってくれば、子たちが自分を受け入れるかどうかで割れていて、それでも自分の子を奪った憎い女神を倒せたと思ったら、自分を裏切った子に倒されて、体を6つに引き裂かれて封印された。


 今から復讐しようにも、自分を陥れた神々は既に罷免され、自分を裏切った子も当然生きてはいない。


 そのうえ、自分の復活のための仕掛けが自分の子たちを傷つけているせいで、今の時代の子から恨まれるのはむしろ当然という状態。

 地母神として戻ってきても、今の時代の子たちが自分を受け入れてくれると信じることはできないだろう。


 誰が、その恨みを受け入れてやれるというのだ。

 誰が、その苦しみを癒してやれるというのだ。

 誰が、過去の裏切りを詫び、地母神ヴァルナに許しを請えるというのだ。

 誰が、帰ってくるために必死だった地母神ヴァルナの殺戮を許せるというのだ。


 やれるなら、俺がやりたい。

 だが。

 俺は、地母神ヴァルナの子ではない。

 俺は、地母神ヴァルナの復活を散々阻んできた。

 どの面下げてやれるというのだ。

 そんなことを。


「クソッタレ……」


 欲しかった情報はすべて手に入った。

 手に入ってしまったからこそ、俺は。


 地母神ヴァルナを、俺の目的のために利用することができない。そう、痛感してしまった。


(……)


 煩悶する俺に、孤独の女神は何も言ってくれなかった。

 ※思いやり、という、孤独から離れる気持ちを獲得してしまった信徒を悲しげな瞳で見つめている。

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