第96話:制圧、そして敗北
冒険者ギルドに向かった俺は、何を言わずともギルドマスターの部屋に通された。
なぜ俺がギルドマスターに用があると分かったのだろう。
尋ねてみると、ギルドマスターは呆れたように肩をすくめた。
「あんな大量のゴーレムを引き連れてカチコミかけてくるようなやつを迷宮に素通しできるわけないでしょ」
俺の用件を察したというより、たんに異常事態だからギルドマスターが出張ることになっただけということらしい。
「で、今度はどんなことを要求してくるつもりなんだい?」
部屋に通された経緯はさておき、ギルドマスターの問いは渡りに舟だった。
「第26層以降を立ち入り禁止としてほしい」
「ゴーレムたちに『動く者すべてを攻撃しろ』とでも命じる気かい?」
ギルドマスターは俺の狙いを完璧に読み切っていた。
俺含めて、冒険者の考えるようなことは誰もかれも似たり寄ったりなのだろうか。
※んなわけあるか。
「実際にはもう少し細かい指示は出すが、概ねその通りだ」
ギルドマスターは少し考えこみ、やがて首肯した。
「分かった。当面、第26層に到達できるやつ自体いないとも思うけど、徹底させる。存分に暴れておいで……暴れるのはお前さんじゃないけど」
「恩に着る」
俺はギルドマスターの部屋を後にして、迷宮第26層に直行するポータルに飛び込んだ。
俺に続いて迷宮に突入してきた220体のゴーレムに、どう命令を出したものか、俺はしばし迷った。
おそらくこれはプログラミングだ。
前世で多少の経験はあったような気もするが、今の俺からすればもう数千万年前のかすれた記憶に過ぎない。
とりあえず、基本方針と条件分岐、分岐から基本方針に戻る形で命令すればよいだろうか。
ひとまず俺は、第26層出発点の部屋の、出口以外の壁面にぴったりと収まる3つの棚を用意(その場で作成)し、うち一つに空の《収納魔術鞄》をぎっちりと並べた。
さらに、《収納魔術鞄》を並べたものに『支給品』、何も置いていないものの片方に『納品用』と書いた札を張り付けたうえで、さらに残った棚に『要修理ゴーレム回収用』と書いた大きな《収納魔術鞄》を設置。
これで前提条件は整った。
ゴーレムたちを振り返り、深呼吸を一つして、慎重に命令を口に上らせた。
「命令は5つだ」
なんとなく、メモリの確保からやりたくなる。
ゴーレムは割と定義をすっ飛ばしても融通を聞かせてくれるので、どこまで必要なのかは少々疑問だが。
「1:迷宮第26層から迷宮第30層の、自分たちと俺以外の動くものすべてを敵とみなして攻撃せよ」
「2:敵を撃破した場合、装備している《収納魔術鞄》にドロップ品と死体を回収せよ」
「3:《収納魔術鞄》の容量が8割を越えた場合、第26層出発点の部屋に戻り、装備している《収納魔術鞄》を納品用の棚に置き、支給品の棚から《収納魔術鞄》を一つ回収、装備して再度最初の命令を果たせ」
「4:行動に支障が出るレベルで損傷を受けた場合、第26層出発点の部屋に戻り、装備している《収納魔術鞄》を納品用の棚に置き、要修理ゴーレム回収用の《収納魔術鞄》に入って待機せよ」
「5:以上の命令を効率的に実行するため、敵の攻撃は可能な限り回避せよ」
俺の命令に、しかしゴーレムたちは動かなかった。
失敗したのだろうか。
「創造主様、それはつまり、この第26層から第30層の範囲で、魔物を虐殺し資源を略奪すること及び、その効率の維持のために我々自身の保全に力を尽くせという主旨のご命令と理解してよろしいでしょうか」
俺は頭を抱えた。誰だよゴーレムへの命令はプログラムだとか言ったやつ。
ゴーレムは俺が思っているよりはるかに頭がよかった。
警備をやらせようとしたときにはここまで頭がいい印象は受けなかったのだが、一体どういうことなのだろうか。
「君の理解は正しい。警備より向いているようだな」
ゴーレムに対し、俺は皮肉を言ったつもりだったのだが。
「我々ゴーレムはその性質上、各々の創造主の影響を強く受けます。創造主様の向き不向きそのものかと存じます」
恭しく返された返答に、自身が盛大なブーメランを投げていたことを思い知らされた。
ゴーレムが警備兵として無能なのも、迷宮での虐殺と略奪に関する理解がやけに早いのも、完膚なきまでに俺のせいだ。
「耳に痛い言葉だな。覚えておく。では、目的にかなう範囲での自由裁量権を与える。狩りの成果を期待している」
俺は、その言葉を聞くなり飛び去って行った無数のゴーレムたちを見送り、地上に戻った。
きっと彼らなら、一日分の成果をきっちり上げてくれることだろう。
1千万年以上の時間を一日の間に圧縮できるようになった今の俺にとって、それは雀の涙と言っていい成果物に過ぎないだろうが、それでいい。
今は一つでも多く、邪神と戦う
僅かでも妥協せず、やれる限りのことをやっておかなくては、邪神に負けたときに悔やんでも悔やみきれないだろう。
どれだけの倍率を手に入れても、邪神復活までの時間が有限であることに変わりはないのだから。
さて、作ったゴーレムの使い道が見つかったところで、俺は自宅の警備の問題が振出しに戻ったという現実と向き合わなければならない。
やりたくはないが、やはり人を雇うしかないだろうか。
「いや、適任がいるな」
皇龍を庭に居座らせておけば、抑止力としては十分だろう。目立つし。
などとのんきに考えていた己の迂闊さを、俺は本気で後悔した。
皇龍は、俺が訪れるなり、理性を全く感じさせない咆哮をあげながら襲い掛かってきたのだ。
痛々しいほどに全身に亀裂が入り、そこから溢れだす禍々しい魔力の奔流を纏いながら突っ込んでくる皇龍の姿は、竜の体という極大の器に、それでもあふれるほどの膨大な魔力を邪神から注ぎこまれていることを、否応なしに俺に理解させた。
「邪神が対応してきたのか……くそっ」
呑気に時間を浪費せず、時間を止めて戦乙女から皇龍まで立て続けに支配しておけばよかった、などという後悔に浸る余裕はない。
即座に《ゾーリンネクスト》を抜き放って迎撃するが、それは皇龍の爪の前にあまりにもあっけなく叩き折られる。
剣士のスキル、道具に関する知識による扱いの習熟の全てを総動員しても、一撃いなすことすら不可能なほどの攻撃力。
戦乙女の光の剣に匹敵、いや、はるかに上回る威力を獲得しているらしい皇龍の爪に対抗するには、鉄でできた武器ではもはやどうにもならないらしい。
そして、今から家に戻って竜鱗を持ってきて《インスタンス・ウェポン》で武器に加工するなどという悠長なことを許してくれるほど、目の前の敵は容易い相手ではない。
ならば、やることは。
「魔剣、格闘戦に移行する! 魔力を筋力強化に回せ!」
結局いつも通り。
『イエス。マスター!』
最も愚策。もっとも下策。
分かっていて選ぶ。
頭の悪い、ただの力押しを。
「しぎゃああああああああああああああああああああ!」
「ゲアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
振り下ろされるドラゴンの爪。それを、真正面から殴りつける。
「ぐお、あ……」
当たり負けした俺の右腕はHPもろともに砕け、一拍遅れて、肘から先を喪失する激痛が俺を襲った。
勝てないことなど、襲い掛かられた瞬間に理解している。
対敵と俺の戦力差はそれほどに圧倒的だ。桁が7つは違う。
孤独の女神の加護によって、俺には皇龍の能力が見えている。
今の、全身から燃え盛る闇の炎を噴き上げる皇龍を相手にするには、俺はあまりにも修行が足りない。
これでもまだ邪神の力の一端に過ぎないのだから、俺がどれほど無謀な挑戦をしようとしていたのかを思い知らされる。
『マスター、撤退を進言します』
「諒解! 速度を解放する!」
『だめです。この戦いは邪神に監視されている可能性が極めて高いと考えられます。我々の切り札である速度優位性を見せるべきではありません』
「諒解。ならば如何する」
方針を魔剣と検討しながら、失った腕の修復、HPの回復を一瞬で行い、次の一撃に備える。
全力で打ち返さなければ、腕一本で済ますことすらできず粉砕される。
これほどの相手を前に足を止めては、《携帯非常口》が開くまでの僅か数秒で殺されるだろう。
当然、走って逃げられるような相手でもない。
八方ふさがりか。
『装備品に《身代わり人形》を追加しました。転移位置を地上に設定してください』
皇龍の一撃を受け止め、左腕を砕かれる痛みに歯をくいしばって耐えた俺に、魔剣はいわゆるデスルーラで地上に戻れと提案してきた。
《身代わり人形》はHPがゼロになったとき、装備者の身代わりとなって砕け散り、装備者を任意の座標に転移させることができる。
「それしかないか」
動きを止めた俺を、皇龍の強烈なブレスが呑み込んだ。
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