第95話:悪縁ほど切れない

 来訪の用件を訊ねた俺に対し、王女レイアはなぜか苦笑した。

 王女レイア自身は特に用件はなかったらしい。

 見回すと、魔術師アリサ、聖術師カノンも同じような顔をしている。


 ならば、シャルか。

 正直苦手なんだがな。


 俺は恐る恐る、シャルに目を向けた。


「何よその顔。あたしがあんたに用があったらそんなに嫌なわけ?」


 シャルは俺のことをとてもよく理解していたようだ。

 これは少々意外だった。

 てっきり、そういう事に疎い無神経なやつだと思っていたのだが。


「もちろん嫌なので手早く済ませたい。とっとと用件を済ませて帰ってくれ」


 シャルは心底深いため息をつき、こめかみを手でほぐした。

 恐らくのどまで出かかった、歯に衣着せろとでも言うようなセリフを飲み込むのに必要な動作だったのだろう。

 ※大正解。


「……この屋敷に、変な部屋があるのは知ってる?」


 数十秒ほどたってから口を開いたシャルが言及したのは、明らかに誰かを監禁するためのいかがわしい部屋のことだろう。

 部屋にあった悪趣味な調度品からして、恐らくは、以前この屋敷に住んでいた貴族は奴隷娼婦とそれなりに特殊なプレイを楽しんでいたに違いない。

 だが、何故シャルはそれを知っているのだろうか。


「もし、あたしが……あんたに助けられるまで、そこに監禁されてたって言ったら、信じる?」


 続くシャルの言葉は、言われてみれば当然のことだった。

 Q:何故シャルがそんなことを知っているのか。

 A:そこに監禁されて貴族にもてあそばれていた奴隷娼婦がシャルだから。

 実にシンプルな答えた。


「それなら君が変な部屋の存在を知っていることに説明がつくな」


 無条件にシャルの言葉を信じるほどシャルを信用も信頼もしていないが、だからと言ってシャルの言葉の全てを必ず嘘だと断じるほど愚かでもない。


 だが、続くシャルの言葉は、理解するために相当の努力を要した。


「じゃあ、あんたの前にこの屋敷の主だった奴が、お姉ちゃんを囮にして逃げたクズ冒険者だったら?」


 メトを身請けしたのは、メトを囮にして逃げたという、性格が悪いんだか根性ナシなんだかよくわからない冒険者。

 シャルを身請けしたのは、シャルをこの屋敷に監禁していた変態貴族。


「メトと君を身請けした人物が同一人物だと?」


 とりあえず性格の悪い男という共通点から、まああり得ない話ではないとは言えるが、にわかには信じがたい。


「そう。あいつはあたしを欲しがった。あたしのどこを気に入ったのかは分からないけどね。で、お姉ちゃんも娼館から解放されるならいいと言ったら、私は妾……とは名ばかりで、あの部屋に監禁されておもちゃにされた。お姉ちゃんは、表向きは冒険者になった。でも、あいつはお姉ちゃんを事故に見せかけて殺すつもりだった」


 信じがたい話ではあるのだが、まあ、メトがシャルの住んでいる場所を知らず、冒険者の男を介して手紙のやり取りだけは許されていたという話の妙な違和感を説明するには、確かに納得のいく裏事情ではある。

 そして、メトを囮にして逃げたというのも、本来はメトの殺害こそが目的だったとすれば、より納得がいく。

 《誘引剤》は床にぶちまけても効果があるのだ。逃げることが目的なら、わざわざ、発覚すれば追放刑をうけると分かっていて人間にぶっかけて置き去りにするメリットがない。


「なるほど。そこに運良く俺が居合わせたと」


 全体として、確かにシャルの話は納得がいくものではあった。


「そういうこと。だから、ね。あたしは、あんたに感謝してるんだ。表現の仕方がヘタクソで、あんたにとっては、とことん迷惑だったみたいだけど」


 そして、シャルの話は何とも平凡な帰結を迎えた。

 正直、嫌いなやつに感謝されても全く嬉しくない。


「ああ。いい迷惑だ」


 迷惑では、あるが。

 それを自覚しているという点において、俺は確かにシャルを見直した。

 実害のある不快害虫が単なる不快害虫になるくらいには見直した。


「形だけでも否定して見せるくらいの社交性はないんかあんた」


「あると思うか?」


「……あたしが悪かった」


 そこで謝るのは正直侮辱だと思う。

 話を振っておいていう事でもないが。


「用件はそれだけか」


「あんたにとってはそれだけのことでも、あたしにとっては大切なことなの」


「そうか」


「……お姉ちゃんを、よろしくね」


 最後にそれだけ言い残して、シャルは踵を返した。


「ああ」


 このまま見送れば、シャルは二度とこのあたりには近づかないだろう。

 俺が会いに行く用事もないし、そのまま今生の別れとなることは目に見えている。

 だが、俺は呼び止める気は微塵も起きなかった。

 嫌いなのだからしょうがない。


 それに、俺もこれから、ゴーレムの処分とか自宅の改装とか、やりたいことは山のようにあるのだ。

 あるのだが。


「あ、フェイト様、ちょうどいいところに! 庭先の荷物が多すぎて、片付けだけで日が暮れちゃいますよぉ! 手伝ってください!」


 やりたいことだけをやるわけにもいかないのが、世の常だ。


「……なんか、すまん」


 そして、そのやり取りを聞きつけて、シャルが足を止めた。


「あんたが素直に謝るなんて珍しいわね。なにやらかしたの」


 お願いだからそのまま帰ってくれないかな。


「夜通し魔物を召喚しては殺戮してたみたいですよ」


 ティータも、応答しないでほしいのだが。


「ついに不眠不休で情け無用の残虐ファイト始めやがったコイツ!?」


 膝をついて地面を何度も殴りながら爆笑するという奇行に走るシャルを示しつつ、ティータが俺に耳打ちしてくる。


「お知り合いですか?」


「ああ。屋敷をもらう前、短期間だがパーティを組んでいた」


 その答えに、ティータは何か思うところがあったようで。


「そうですか。あの、こちらの皆様のお住まいは」


 などと聞いてきた。


「王女レイア以外は適当に宿を借りているはずだが」


「私も宿屋暮らしですよ」


 王女レイアだけは城住まいだと思っていた俺の言葉を訂正したのは、王女レイア本人。


「実は王族の身分は、顔にけがをしたあの日に返上していまして」


 何かこれも事情がありそうだが、踏み込まないに越したことはない。

 俺は人間関係の面倒は本気でごめんこうむりたいのだ。


「で、ティータ、何故そんな質問を」


 俺はティータに話を振ることで王女レイアとの会話を拒否した。


「フェイト様さえよければ、使う予定のない客室を皆様のお住まいにしてはいかがかな、と思いまして」


 が、失策だったかもしれない。

 せっかく切れかかっていた縁を繋ぎ留められてしまったのだから。


「客室を使う予定がない? どういうことでしょうか、フェイト様」


 王女レイアがさらに食いついてきた。

 王族である王女レイアにしてみれば、貴族の屋敷に備わっている必須の機能を使わないというのは理解に苦しむ事態であるに違いない。

 だが、それを説明する必要はない。


「俺が社交パーティーに参加する姿が想像出来たらその質問に答えよう」


「……すみませんでした」


 だからそこで謝るのは侮辱だろう。


「……分かってくれて嬉しいよ」


 俺は力なく首を振り、前庭に山積みになったままの《収納魔術鞄》の運搬を始めた。

 とりあえず、使う予定のないパーティー会場に積んでおけばいいだろう。


「手伝う、わ」


「フェイトきゅん、少しはお姉さんを頼ってください!」


 シャルが深刻な話をしている間沈黙を保っていた大人二人の申し出は、確かにありがたいのだが、しかし。


「問題ない。速度を全開放すれば、君たちが《収納魔術鞄》を一つ拾い上げるより早くすべてを運び終えられる」


 今の俺と彼女たちの間には、悲しく、虚しくなるほどのステータス差が横たわっているのだ。

 基本的に、手伝ってもらえることはないと言っていい。



 時間を止めてすべての鞄を家の中に運び込んだ俺は、その場をティータに任せ、全てのゴーレムを引き連れて冒険者ギルドに向かうことにした。

 とにかく、あの少女たちから離れたかったのだ。

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