第94話:周りの気遣いを無視して自宅を武装化する変態
「……どう思う?」
走り去った
「嘘を言っているようには見えなかったが、しかし、そうだとすると、彼は何を言っていたんだろうね」
先に答えたのは、恰幅のいい男。商人ギルド長だ。
「育ちが悪くて周りをあてにしてねえってだけじゃねえのか?」
首をかしげるのは、筋骨隆々とした老人。職人ギルド長。
「それよ。確かにあの子は孤児に近い、育ちの悪さが垣間見える考え方をしてる。じゃあ、育ちが悪いなら、世界の問題なんてことを考える教養はどこで身につけるのさ? ドラゴンの呪いを受けるまで平然と使いこなしてた丁寧な言葉遣いは? 育ちが悪いのに学があるなんて考えられる? ほんの一月かそこら前まで、魔物の襲撃に怯えながら滅びを待つしかなかったのにだよ? そもそも、力があるのにベストを尽くせなかったら自分を許せないなんて、廃れて久しい
まくしたてるような冒険者ギルドマスターの指摘に、職人ギルド長は顔をしかめ、しかし頷いた。
「そう早口になるな。まあ、なんだ。あり得ねえってことか」
その言葉を受け、商人ギルド長が席を立った。
「あり得ないと言えば、彼、急にふらりと現れてゴブリンの群れをなぎ倒したらしいけど、普通じゃありえないよね。それほどの武人なら、必ず名が売れる。それ以前に彼が何をしていたか、誰か聞いたことはあるかな?」
「そう言えば聞いたことないわね。それに、冒険者登録時には間違いなくレベル1だった。登録にはあたしが立ち会ったんだ」
冒険者ギルドマスターの同意を受け、商人ギルドマスターは二度、深呼吸をしてから、重々しく言葉を続けた。
「勇者なら、神託があるはずだ。それもなかったってことは、彼は勇者ではない。普通の人間であるはずもない。じゃあ、彼は何者なんだろうね?」
その問いを遮るように席を立ったのは職人ギルド長。
「うるせえうるせえ! 何者だろうが知ったことか。世界のために、邪神の封印を維持するために一人で必死になってるいじらしい若造のケツを俺たち大人が持ってやらなくてどうするんだよ!」
それは暴論であった。
しかし真実であった。
明らかに正体不明なうえ、言動も普通ではありえない、
しかし、世界を憂える若者を大人が支えずして誰が支える、という、普遍の真理であった。
だからこそ、冒険者ギルドマスターと商人ギルド長は、腹を抱えて笑った。
時には、細かいことを一切考えない暴論こそが正鵠を得ていることもあるのだ。
「あっはははははははは! 爺さん、アンタ今、めちゃくちゃかっこいいこと言ったの自覚してる?」
「全くだ。うだうだ考えていてもしょうがない。世界のために孤独に戦っているいじらしい若者のために、3つのギルドの総力を束ねて依頼を果たそうじゃないか。前金も、十分すぎるくらいにいただいてしまったからね」
だが、もとよりそこまで深く考えていない職人ギルド長からすれば、それは馬鹿にされているようにも感じられる扱いだ。
「なんだお前ら。急に笑いだしやがって。まあ、話は終わったみてえだし、仕事場に戻るぞ」
不機嫌を隠そうともせず、会議室から出る職人ギルド長。
その背中に、商人ギルド長が声をかける。
「武具の量産体制は職人ギルド頼みだからね。期待しているよ、ご老人」
「老いぼれ扱いすんじゃねえ!」
返ってくるのは、切り捨てるかのような怒鳴り声。
だが、それでいい。
とにかく今は、前を向いて、世界を憂える若者からの依頼を全力で果たすだけだ。
「じゃあ、あたしもギルドに戻る。こっちから工面できる素材類の帳簿を作んなきゃいけないからね」
「そうしてくれ。ああ、帳簿はこっちまで届けなくていいよ。在庫の武具を全部運ばせるから、使いの者に帳簿を渡してくれればいい」
「助かるよ。じゃあ、また」
冒険者ギルドマスターと商人ギルド長も、ごく短いやり取りの末にそれぞれの仕事場に戻る。
これほど爽快な気持ちで仕事をするのは、この場の三人にとって実に久しぶりのことであった。
商人ギルドで大量の木材を仕入れて自宅に戻った俺は、まずその木材で作れるだけ(220体)のゴーレム(人間サイズ)を作り、竜鱗で作った装備を着せた。
木材、ひいてはそれを素材とするウッドゴーレムは火に弱いが、デフォルトで火に耐性がある竜鱗の装備を全身に着せれば十分な対策となるし、竜鱗はシンプルに防具の素材としても軽量かつ強靭だ。
全高5メートルの魔法金属製ゴーレムというのもロマンがあっていいのだが、実用性という意味ではこちらの方が手軽で強力といえるだろう。
※昨晩、皇龍相当のドラゴンを億単位で虐殺している男の感想。
さらに、彼らの制御ノードを魔術的に接続、220の個体を端末とする単一のシステムとすることで完全な情報共有と連携行動を可能にする。
あとは、ドラゴンの頭骨を使って、《ドラゴンブレス》と同じエネルギー波を撃ち出す、《
※過剰なうえ、そもそも不要である。なにしろ盗人の活動時間である夜中に超高速でドラゴンを召喚しては殺しまくる変態がいる屋敷なのだ。盗人にも押し入る屋敷を選ぶ権利はある。
220体のゴーレムの仕上げと武装配備を終えた俺は、ゴーレムが想定通りに警備を実行してくれるか確認するため、一度通常の時間に戻った。
「おはようございます。戦闘行動を開始します」
……あれ、なんか、ちょっと、好戦的だな?
「おはよう。君たちの任務は理解できているな?」
「イエス。創造主様。我々の任務は、創造主様と創造主様が許可した者以外がこの屋敷に立ち入ろうとした場合に、瞬時に滅殺することです」
……怖いんだが?
なんかめちゃくちゃ殺意高いんだけどこいつら。どうしてこうなった。
※製作者の影響である。
しかも、ゴーレムたちはいっせいに上空へ飛んだ。
飛行機能を付けた覚えはなかったが、どうやら防具の布地にドラゴンの翼膜を大量に使用したことで《飛翔》のスキルがエンチャントとして発現しているようだ。
それ自体は棚から牡丹餅という奴なのだろうが。
「正門から侵入者を確認。迎撃します」
いきなり先行きが不安になってきた。なんだか今のゴーレムたちでは、ただ正門から訪れただけの来客を問答無用で消し炭にする予感しかない。
※繰り返すが、製作者の影響である。
俺はため息を一つつきながら、正門まで時間を止めて走った。
正門に出ると、そこにいたのはよく見知った顔だった。
「王女レイアに、シャル、アリサ、カノンか。何の用だ」
誰かと思えば知り合いである。
俺は後ろで今にも《
「いや用件以前にこいつらなんなのだわ!?」
シャルが錯乱するのもむべなるかな。
俺だって完全武装した200人に無言でライフルを向けられたら焦る。
なんだってこんなに好戦的なんだこいつら。
※くどいようだが、製作者の影響である。
「我が家の警備兵だ。中身は小型のウッドゴーレムだがな」
「でも、今は、近づく者、すべてを、射殺する、ような、動き」
魔術師アリサの指摘は正しい。
迎撃すべき者とそうでない者の違いをちゃんと教えなかった俺が悪いのだが。
「フェイトきゅん、ゴーレムってかなり単純な命令しか理解できないですよ」
そして、聖術師カノンから、残酷な現実が告げられる。
「そうか。見通しが甘かったな……用途を変えるしかないか」
警備には使えないとなれば、別の使い道を見出すしかない
「変えると言いますと」
王女レイアの質問に、俺は一度頭をひねった。
「たとえば、そうだな……《収納魔術鞄》を持たせたうえで、迷宮の第26層から第30層で、俺と自分たち以外の動くものすべてを破壊しろとか命令して、日に一度、《収納魔術鞄》を交換することで迷宮内の稼ぎを任せてしまうのはどうだろう。無論、冒険者ギルドマスターに頼んで、俺以外の全ての冒険者に対して第25層から先に進むのを禁止してもらう必要はあるが」
思いついた方法は、少々周りに迷惑をかける方法だった。
まあ、第26層から第30層は飛行能力がない限り移動もままならないクソ環境なのでさほど問題ないような気もするが。
「ついに情け無用の残虐ファイトを外部委託し始めたのだわこの変態……」
シャルが頭を抱えた。
「ゴーレムの話はこのくらいでいいだろう。何の用だ」
雑談を長々とやるのも苦痛なので、俺は彼女たちに用件を訊ねた。
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