第91話:朝の日課で大陸一周

 メトを含め、同居人全員が寝静まった夜中、俺は起き出した。

 《召喚》によって皇龍に相当するドラゴンを呼び出し狩ることができると確認できた以上、通常の時間の流れで眠るのがもったいなく思えて仕方ないのだ。

 眠るのも、基本的に止まった時間の中でいい。


 思えば、ついに無限の暇つぶしを手に入れることができた俺にとって、この止まった時間は、渇望し続けてきた孤独の形に限りなく近い。

 俺がこの世界を謳歌することを願ってくれた、孤独の女神の思し召しだろうか。


(そういう事にしておくわ。愛しい人)


 しばらくぶりの孤独の女神の神託は、慈愛の微笑みの幻影と共に在った。


「さて、始めるか」


 俺は止まった時間の中で、《召喚》と虐殺、そして素材加工を朝まで繰り返した。

 もちろん武具作成レベルのことを行うには職人ギルドの設備が必要だが、ドラゴンを解体し、ドラゴンの皮から《収納魔術鞄》を作る程度のことなら、設備無しでも問題はない。



「……ちょっとひどいことになったな……」


 夜明け前の瑠璃色の空の下で、俺は頭を抱えた。

 ほとんど素材を加工せず、ただ殺戮を繰り返しただけの時間では、皮も鱗も骨も牙も爪も翼膜も溜まる一方、素材加工の時間に多少なりとも消費できていた肉や血も、いつも以上の速度でひたすら溜まるだけ。


 そんなことを体感で200万年繰り返した結果、自宅の前庭がうずたかく積まれた《収納魔術鞄》で埋め尽くされ、足の踏み場がなくなってしまった。


 工具なしでドラゴンの皮から《収納魔術鞄》を作るだけの職人スキルが身についていなかったら、また、ドラゴンの皮で作った《収納魔術鞄》が通常の素材の10倍以上の容量を持っていなかったら、住むにはあまりに広いこの家がすべて、ドラゴンの素材であふれかえっていたに違いない。


 改装計画には、大規模な地下倉庫の建設を加える必要があるだろう。

 昼間に素材を全て消費しつくせたとして、肉と血は俺が空腹にならないと腹に納めることもできないので基本的にたまる一方なのだ。


 さらに言えば、もちろん食えばその分尻から出るわけで。

 最近では便器型に作った専用の《収納魔術鞄》を用意している。

 すでに3個満杯になっているが、これは王都周辺の農場に迷惑をかけないためのやむを得ない措置である。

 むしろ数百万年分の排泄物をたった3つで受け止めきっている容量を賞賛すべきではないだろうか。


 そうはいっても排泄物がパンパンに詰まった《収納魔術鞄》が毎日増殖していくのもそれはそれで困るので、近いうちに各地の農村を復興する際の肥料として活用してもらうとしよう。


 空になった《収納魔術鞄》は、まあ、肥え汲みの手間が省けるトイレとして使い続けてもらって構わないだろう。

 そう考えると、全世帯にトイレ型 《収納魔術鞄》を普及させるという目標を設定して、もっと作ってもいいのかもしれない。



 しばらくして起きだしてきたティータに、前庭に山積みにした《収納魔術鞄》を家の中に運び込んだうえで種類(内容物によって外見を変えている)ごとに分けて整頓しておくよう指示した俺は、その足で王城に向かった。


「フェイト様の奇行がとどまるところを知らない件についてぇぇ!」


 ティータの独特の悲鳴が王都の夜明けの空にこだました。

 ……アイツもしかして転生者なんじゃないか? なんかこう、俺にとっては親しみ深いサブカル的言動が散見されるんだが。



 昨日と同じように、部隊員たちが朝食を取り終えるのを待ちつつ、しかし今日は《召喚》によるドラゴンの虐殺で暇をつぶすことしばし。


「お待たせしたっす。100人、揃ったっす」


 整列して先頭の一人がそういってきたところで、部隊員100人を馬車に詰めてミルガルズへ走る。


 今回は予告なく、事前の調査もなく踏み込んだミルガルズだが、王都の位置は地図通りであった。

 といっても、ほぼ滅んだ状態にあるのはほぼウルベリヒと同じ状況。


 王都に踏み込んでみれば、さらにひどいありさまだった。

 そこにいるのはゴブリンの群れで、男は一人残らず殺しつくされ、女はゴブリンの繁殖に使われている地獄絵図。


「……隊長、これはもう、殺してやるのがいっそ慈悲っすよ」


 部隊員の進言もあり、俺は生き残っていた女ごとゴブリンを全て殺しつくしたうえで、探し出した迷宮の入り口から迷宮に突入した。


 もはや見飽きた洞窟を《エンド・オブ・センチュリー》で更地にし、各層に《エメラちゃん謹製☆闘技場の作り方♡》の魔術で狩場を作って部隊員を配置していく。


 第5層の門番である魔術師(アスガルドの第10層にいた魔術師との違いは分からない。どのみちはめ殺し安定である)を虐殺し、第10層までの森林を焼き尽くし、第10層の門番らしい、下半身が蜘蛛になっている女(アラクネという奴だろうか)の虐殺体制までをきっちり構築する。


 第5層の魔術師は既に持っているものと同じ《風刃の杖》を、第10層のアラクネは速度と炎耐性に若干の補正がある《雲の羽衣》を落とすようなので、門番虐殺担当の者達には物欲装備を渡しておくことにした。


「隊長、副長によろしくっす」


「ああ」


 今日のわずかな戦闘で、自分たちがどれほどの力を得たのかを自覚したのだろう。

 その力を得るための指導にあたったメトを気遣う様子を見せる部隊員に見送られて、俺はミルガルズを後にした。


 あとは、増援を連れてくるたびに様子を見て、より深い層への進行含めて配置を最適化していくだけだ。



 アスガルドに戻る前にウルベリヒに寄り道し、部隊員の様子を見ておく。

 ちなみに、アスガルド、ウルベリヒ、ミルガルズは大陸外縁にほぼ正三角形を描くような位置関係であり、寄り道としてはかなり大回りである。


「あ、ダンナ。本当に見に来てくれたのさ?」


 俺を迎え入れてくれた、やや特徴的なしゃべり方をする部隊員は、俺の記憶が確かなら真っ先に《エンド・オブ・センチュリー》の使用を受け入れた者だったか。


「ああ。今更だが、君の名は」


 一日たって顔を覚えている相手なら、まあ名前を聞いておいても損はないだろう。


「源氏名はナツミなのさ。本名は、80年くらい呼ばれてなくて忘れちゃったのさ」


 帰ってきた答えは少し重たいものだった。

 聞かないほうがよかったかもしれない。


「そうか。無神経だったな。すまない」


「気にするこっちゃないのさ。それより、名前を聞く程度にはうちのことを気にかけてくれたのさ?」


 にひひ、と笑いながら聞いてくるナツミが気にしていない様子なので、ひとまず俺も気にしないことにする。


「そうなるな。新しい装備を持ってきている。戦術に合うなら使ってくれ」


 俺は収納魔術から100人分の装備を取り出した。とにもかくにも話題を変えたかったのと、とっとと用事を済ませて帰りたくなったのだ。


「おっけー、配っておくのさ。あ、そうだ。メトの姉御が、これはダンナが好きだから取っといて渡せって言ってたのさ」


 そう言ってナツミが取り出したのは、能力が上がる果物の山。


「確かに俺の好物だ。だが、ここの食糧事情もそれなりに深刻だろう。俺が持って行っていいのか」


「ウルベリヒの人含めて、ここの全員が昨晩満腹するまで食べられる収穫があったのさ。だから、味覚への拷問に耐える必要はなくなったのさ」


「そうか。なら、ありがたく貰っていく」


 食べたくないものを無理に食べさせる必要がない程度には、一晩で豊かになってくれたらしい。十分な成果だ。

 むしろ快挙だろう。


 俺はナツミから受け取った果物の山を収納魔術にしまい、ウルベリヒを後にした。



 客観的にはたった数分の、俺にとっては1年以上の旅路。

 その成果に満足しながら、俺はアスガルド王城に馬車を返却して軽く伸びをした。


 これがしばらくは朝の日課になるだろう。

 少しずつでも、人類の復興に貢献できているというのは気分がいい。

 良い朝の日課は、良い一日を予感させてくれるというものだ。


「さて、日課の仕上げをこなすとするか」


 俺は女王への報告のために、女王の執務室に向かった。

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