第90話:楽しい自宅計画

 結局、どうしようもないクズを弾く目的で神器を使うことはできないという結論となり、メトを探すという俺の目的も空振りに終わったところで、一度メトを探す方法を考えるために帰宅したところ、門の前でメトが待っていた。


 家の場所知ってたのかよ。俺の苦労は何だったんだ。


 まあいい。


「家の場所、女王から聞いていたのか」


 尋ねると、メトは首を横に振った。


「ターニャちゃんが連れてきてくれたんですぅ」


「ターニャが……?」


 気づかなかったが、メトの後ろにはターニャがいた。


「宿のおじいちゃんがこっちで働きなさいって!」


 俺は、宿の主人が苦笑していた理由を理解した。

 あの時にはもう、ターニャを俺の屋敷の使用人にすることを決めていたのだろう。


 これでは、人材育成のコストを宿の主人に負担させただけではないか。

 宿の主人にはあとでもう一つ金貨袋を押し付けておくことにしよう。


「まあ、なんにせよ、今夜の寝床がない、なんてことなっていなくて安心した」


 俺はそのまま自宅の門をくぐり、無駄に広い庭を抜けて玄関の戸を開けた。


「んふふ~」


 何故か、メトはひどく上機嫌だった。

 どうしたのだろうか。


「あ、おかえりなさいませフェイト様」


 何故か出迎えてくれたティータもにやにやしている。

 俺がいない間に何か美味いものでも食ったのだろうか。

 この世界における俺は(ドーピング目的で)ゲテモノ食いの偏食家なので、普通に美味いものを食いたければそうしてもらって一向にかまわないのだが。


 それを尋ねると、ティータはにやにやしたまま答えた。


「いえいえ。フェイト様って、メト様のことが大好きなんだな~って」


 そういうことか。

 今の俺にとって最優先の存在は孤独の女神であり、それは俺自身の孤独への渇望とも重なるわけだが、次点は間違いなくメトだ。

 そして、一般的な人付き合い、社交はといえば、絶対にやりたくないレベルで優先度が低い。


 となれば、人間というくくりだけで見た場合に、メト>>>>>その他大勢、という図式が成立することは火を見るより明らかであり、これを客観的に見ればティータが表現するような状態になるのも妥当だ。

 まして、能力面ではなく人格面での得難い人材と認識してその順位付けなのだから、相対的に、俺はメトの人格が大好きだと表現してまあ間違いないだろう。


「一理あるな」


 俺のティータへの返答で、後ろのメトの気配が急に存在感を増す。


「ふぇ、フェイトがデレた……! 私も大好きですー!」


 飛び掛かってくるメトの顔面をアイアンクローで迎撃。


「これがなければもっといいんだが……」


「諦めた方がいいと思いますよ」


 嘆息する俺の肩を、ティータは一切の感情が感じられない表情でそっと叩いた。



 外出している間にティータが用意してくれていたこの家の間取りを全員で眺めながら、改装計画を練る。


 ほぼ正確に真南に正門を持つ我が家は、正門から見るとほぼ完全な左右対称の形状を有している。かなり精度の高い、直径300メートルほどの円形に配置された、高さ3メートルほどの塀の中央の領域に配置された、上空から見ると漢字の「山」をゆがめたような形状の建物だ。


 南側中央の玄関から左右どちらかに進むと、通路北側に客室が5つずつ存在する。

 3階建てであることから、東西合わせて30の客室を有することになる。

 なお、玄関ホールが無駄に広いうえ客室だけで小学校の教室レベルのサイズを誇るため、廊下の端から端までの距離で150メートルほどになる。

 馬鹿か。ここまでクソ広くて最低限ってどれだけ貴族は贅沢やねん。


 廊下の両端から北に曲がることができるが、そこは主に使用人の居住区画だ。

 私兵の詰め所や倉庫も一部あるが、割合で言えば2割に満たない。

 明らかに人を拉致監禁するためのいかがわしい部屋もあったが、きっと前に住んでいた貴族の趣味が悪いだけだろう。貴族の屋敷に一般的に備わっている機能だとは考えたくない。


 玄関ホールからまっすぐ北に進む場合、まず3階まで吹き抜けた異様にでかいパーティ会場にぶつかり、それを突っ切るか迂回して北側のエリアに出ると、1階の東西に食堂と風呂、北にキッチン、家主以外の寝室が2階に5室、そして3階には東に執務室、西に書斎、北に家主の寝室が配置されている無駄に広い家主一家の生活空間がある。


「とりあえず、大きな方向性を共有しよう。住むのはとりあえず俺、メト、戦乙女、ティータ、ターニャの5人。パーティー会場はなくし、物置をなるべく広くとる。兵は雇わず、盗人の対策はゴーレムを使う」


 異論はないか、テーブルについている同居人を見渡すとまずティータが考え込むようなしぐさで漏らした。


「フェイト様って、倹約貴族として名をはせそうですよね」


 倹約は俺にとって美徳だが、この場合おそらく悪名として名をはせることになるのだろう。何故かそう確信できた。


「まあフェイトですから」


「確かにお兄ちゃんらしい」


「ご主人様は質実剛健な方なのですね」


 とりあえず、全員俺の性格についてしか発言していないので、方針に関する反対意見はないという理解でいいだろうか。


「では、現在の図面に重ねるとするとこんな感じか?」


 俺は現在の間取りの図面の複製に、新たな間取りと警備体制を書きこんでみる。

 まず、生活空間は中央棟北側のエリアに限定する。

 家主の寝室を改装して俺の寝室兼書斎兼執務室とし、書斎と執務室は広いので戦乙女とメト、ティータとターニャの二人部屋とする。

 2階の寝室5つは全て物置。

 吹き抜けになっているパーティ会場は物置。

 30の客室も物置。

 東棟、西棟も余さず物置。


 自宅に客など絶対に招くものかという不退転の覚悟である。


 塀の内側には200体のゴーレムに巡回させる。

 私兵などいらぬ。疲れ知らずのゴーレムでいい。


「ねーねーティータお姉ちゃん、お兄ちゃんは馬鹿なの?」


 ターニャの、よく言えば純粋な言葉は、悪く言えば歯に衣着せない物言いであり、俺の提案がどれほど非常識かをド直球で思い知らせてくるが。

 もとより承知のうえだ。


「あとは、全てのゴーレムに行きわたるだけの《竜気砲ドラゴンブレスカノン》を用意して装備させれば、警備も十分だろう」


 改装案を完成させた俺の袖を、横の戦乙女が引く。


「ご主人様、何が襲撃してくる想定なんですかそれ」


「俺か君だな」


 俺は即答した。

 俺自身や戦乙女レベルの脅威が襲ってくることを想定すると、このくらいは最低でも欲しい。


「私やご主人様を止めるには、火力不足がはなはだしいかと」


 そう言われると言葉に詰まるものがある。

 無人で実現可能な火力にはどうしても限界があり、俺より強い戦乙女を止めるには、確かにその火力では無理があるのだ。


「きゃー! 王都最強の要塞になっちゃうー!」


 ティータが楽しそうで何よりである。

 実際、俺や戦乙女に匹敵する存在からしても、ここを攻め落とすより王城に押し入ったほうが楽、というレベルではあるので、防犯としては十分だろう。

 それを突破してでも俺の命を狙うレベルで恨まれたりしなければ。


「こんなところかな。何か要望したいことはあるか」


 一通りの方針が決まったところで全員を見渡すと、メトがそっと手をあげた。


「フェイトと私の寝室は一緒がいいですぅ……」


「俺はできれば一人がいいんだが……まあ、構わん」


 一人でいられる時間を確保しようと思えばほぼ無限に確保できる今、一人部屋に死に物狂いでこだわる理由もない。

 俺はメトの要望に合わせ、寝室配置に書いていた俺と戦乙女の名前を入れ替えた。


「……どうした?」


「いえ、べっつに~?」


 何故か、物凄くティータがにやにやしていた。

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