第89話:社交嫌いの大魔王

「まず、貴族の屋敷に必要なのは全方向に広い庭と、高い壁です。これは盗賊などの侵入を容易に発見するため。そして、見通しのいい庭を敷地の外から覗かれることを防ぐためですね」


 屋敷の門をくぐってすぐ、ティータは噴水のある前庭や、今くぐった門をぐるっと指差しながら言った。


 なるほど。防犯か。貴族の財力なら盗人を警戒するというのも分かる。

 確かに俺も、宿に預けていた収納魔術鞄が盗まれたらちょっと困るかもしれない。


「当然、警備のため、国家の有事の際に出撃するための私兵を雇うことになりますから、その詰め所や武具の倉庫なんかが必要になりますね」


 まず防犯の話をしたからか、ティータはひとまず、関連するであろう兵力の話をしながら、正面玄関をあけた。


「それに、貴族と言えばパーティー、みたいなところがありますので、貴族の屋敷は玄関ホールからすぐに入れる位置に会場を持つ構造であることが一般的です」


 玄関ホールから見える、最も目立つ正面の扉をティータが開けると、絵にかいたようなパーティ会場がそこにあった。


「パーティーか。そうなると、パーティーを運営できる人数の侍従とか料理人とか、そういう人材を住み込みで雇っていくとこのくらいの規模の居住スペースが必要になると」


 俺が嘆息すると、ティータは俺の肩をぽんと叩いた。


「そういうことです。フェイト様」


「よし、とりあえずパーティー関連の機能は削ろう。改装決定」


 孤独を愛する俺からすれば、それは最も不要というかむしろ排除すべき機能だ。

 信仰上の理由であると説明すれば、周囲の批判を和らげることは可能だろう。


(別に、もう少し社会に迎合してもいいのよ?)


 孤独の女神はパーティーを開くくらいはお許し下さるようだ。

 まあ、俺がやりたくないのでパーティーなんか絶対に開かないが。


「あはは。フェイト様ならそう言うと思いました」


 ティータはからからと笑っていた。


 パーティー用の機能を排除する前提なら、敷地面積が広い理由は防犯のための視野及び兵力の確保ということになる。

 それらも、代替手段さえ用意できればいいわけだ。

 無駄なスペースを省ければ、この敷地面積をより有効に活用できるだろう。


「そうだ、宿から引き揚げた荷物の置き場所を教えてくれ」


 最後に、大量の収納魔術鞄の置き場所について確認しておく。

 収納魔術の中身を除けば俺の全財産といえるそれらの置き場所としての機能は、俺にとっての自宅の重要な機能の一つだ。


「当主執務室に置いてあります」


 ティータの回答に、俺は自分のこめかみがひきつるのを感じた。


「待て、まさか執務室と書斎と寝室が個別に存在してたりするのか」


「もちろんです」


「……明日のうちに、この屋敷の間取りを用意してもらうことは可能か」


 見栄と虚飾で埋め尽くされたこけおどしの塊のような家に住むのは我慢できん。

 見栄も虚飾もこけおどしも、他者の目線を気にしまくる奴のものだ。

 孤独を愛する俺にとって、そんな空間で過ごすのは拷問だった。

 こうなったら職人としての技術と、錬金術師の能力による合成、魔術の知識、手持ちの素材の全てを駆使して、意地でもこの家を俺好みに改装してくれる。

 

「すぐご用意できます! 休憩しながら待っててください!」


 ティータは元気いっぱいに胸を張った。


 そのままティータに案内された寝室で魔法の果物をかじりながら魔導書を読み始めると、いきなりティータにヘッドロックをかけられて食堂に連行された。


「寝室で食事してはだめです! 寝室は特に上等な絨毯を使っているんですから!」


 よし、俺の寝室からは絨毯をなくさせよう。

 ティータの説教を聞き流しながら、改装計画を練る。


 寝室といえば、寝室の数はいくつ用意しておくべきだろうか。


 俺と、ティータ、戦乙女は確定として、やはりメトの分の寝室が必要か。

 賢者エメラを説得して仲間にできるなら、その分も用意すべきだが、そのへんは捕らぬ狸の皮算用というものだろう。

 とりあえず10ほど用意しておくか。あるいは、間取りが同じ部屋を大量に作っておいて、物置として運用しつつ必要に応じて寝室にするといった方針でもいい。


「……って、メトもこの家の場所知らねーじゃねえか!?」


 練兵場で別れたきりのメトは、昨日まで俺と同じ宿に泊まっていた。

 が、その宿には部屋の空きがない。

 メトの今夜の寝床はどうなる、という事に考えが至った俺は、ティータと戦乙女に留守を任せて屋敷を飛び出した。



 宿、冒険者ギルド、職人ギルドをめぐり、王城に向かった俺は、衛兵に連れられて女王の執務室に向かった。


「さっきぶりね、フェイト君」


 迎えてくれた女王の横にメトはいない。

 俺の目的からすれば空振りだが、呼び出されたという事はさっき忘れていた用事があったか、新しく用事ができたというところだろう。


 そして、今回は新しく用事ができたほうだと考えられる。

 女王の隣に、将軍ラルファスがいるからだ。


「迷宮国家の制圧が完了した。すべての住民に《支配の首輪》をはめて地上に連行している。あとは、使えるかどうかを見極めるだけだ」


 将軍ラルファスの端的な説明に、俺はさっそく嫌な予感がしてきた。

 つまり、使えない奴は殺すのだろう。


「まあ、アスガルドとしても周囲まで堕落させかねないような穀潰しを養う義理はないし、その処遇自体はいいんだけど……」


 女王もきれいごとだけの人物ではなく、酸いも甘いも嚙み分ける人物であったらしく、使えない奴を殺すこと自体には特に思うことはないらしい。

 ならば。


「となると、問題は選別方法か」


 使えない奴、をどうやって決めていくか、残る議題はそれだ。


「そうなのよ。特に今回は、能力というより人格、性格で選別することになるから、公正に選別する方法が限られてくるの」


 ない、のではなく、限られる、のか。

 かなり意外だった。


「限られるという事は、あるのか」


「ええ。勇者への適性を測る神器があるの」


「勇者?」


 脈絡もなく出てきたその単語に、俺は首をかしげる羽目になる。

 それはファンタジー物語では定番の単語だが、定番すぎて逆にどういう存在なのか分からない。

 この世界では、どういう意味なのだろうか。


「神々の加護を得て、世界の敵と戦う者よ。能力はもちろん、人格も勇者にふさわしいものでなければ神々からの加護が得られないの」


 つまり、神々から実力、人格共に認められ力を貸してもらえる人物ということか。

 王女アストレアが神降ろしできるのとはまた違うのだろう。

 そして、その神器が今話題に上がった理由も、理解できた。


「なるほど。神の基準なら人が選定するよりは確実だが、どうしようもないクズを弾く、という目的と、勇者にふさわしいものを選ぶ、という目的とのズレの影響が評価できないのか」


「そういうことだ」


 将軍ラルファスが首肯する。

 ならば、解決策は簡単だ。

 実験と検証あるのみである。


「なら、とりあえず何人かに使って、ずれが許容範囲かどうか試せばいい」


 俺の提案に、女王はにっこりと笑って机に置かれていた片眼鏡モノクルを手に取った。

 どうやらそれがくだんの神器らしい。


「そう言ってくれると思ってたわ。ちょっと失礼するわね」


「俺が実験体第一号かよ……」


「ぶっふぇ!?」


 うまいこと誘導尋問された俺がため息をつくのとほぼ同時、片眼鏡モノクルを装着して俺に目を向けた女王が噴いた。


「どうした」


「フェイト君……人格適性マイナス400って……」


 マイナスか。まあ、俺が勇者などにふさわしい人物だとは思っていないが。

 一応、横の将軍ラルファスに確認してみる。


「一応聞いておく。その適性というのは本来どういうものなんだ」


「通常、100に届けば勇者としての適性があるとされる。ゼロなら全く適性がない」


「じゃあマイナス400というのは……」


「もはや大魔王だな」


 悲報:この世界における転生者が大魔王だった件について。


「……フェイト君、実は世界滅ぼそうとかしてないわよね?」


 怯えた目で俺を見る女王に、俺は返せる言葉を一つしか持っていなかった。


「そのつもりならもっと早くやれたと思わないか」


 何故か、女王と将軍ラルファスがさらに険しい表情になった。

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