第88話:復活の戦乙女

「フェイト君、そろそろ来ると思ったわ。なにか相談したいことがあるんだって?」


 部隊をメトに任せ、衛兵に話を通して執務室に向かうと、女王はそう言って俺を迎え入れてくれた。


「明日、新たな部隊員を300人手配してほしい。メトには話してある」


「派兵スケジュールの前倒しね。いいわよ」


 そう言った女王が苦笑しながら小声で「この程度の事ではもう驚かなくなっちゃったわね」とか言っていたのを、俺の耳ははっきりと捉えてしまった。

 感覚の能力値の高さが、今だけは少し憎い。


「それで、経験則上、すごく嫌な予感がしてるんだけど」


 女王は苦虫を噛み潰したような顔で、俺の隣にいる戦乙女に目を向けた。


「まるでうちのひいおばあさまの若い頃の肖像画がそのまま出てきたみたいなそちらの女性は、どちらさま?」


 女王の嫌な予感は大当たりだろう。

 これから俺がする話はきっと、女王にとって非常識極まりない話だ。


 俺は、深く、深く息を吸い込んだ。


「第30層の門番だ」


 俺の言葉を受け、女王は想像通り頭を抱えた。


「……ごめんフェイト君、どこから突っ込んでいいか分からない」


 気持ちはわかる。

 俺自身、どう説明すべきかに悩んでいるのだ。


「説明を要する要素が多すぎてな。質疑応答の形をとりたい」


 俺の希望に応え、女王は一つずつ質問してくれた。


「何故門番が戦乙女なの?」


 やはりまずはそこからか。

 当然の順序というべきだろうな。


「恐らくコピーだろう」


「コピーって?」


「本人の認識は戦乙女そのものだったが、彼女のレベルは129万ある。本人であるはずがない。ゆえに、邪神の手によるコピーだと考えられる」


「彼女の首元、《支配の首輪》よね。門番にも有効なんて知らなかったわ」


 実にもっともな指摘である。

 俺も、まさか門番を支配できるとは思っていなかったのだ。

 ダメもとという奴である。


「邪神の支配から解き放つには俺が支配するしかなかった。分の悪い賭けだったが」


「よく同意してくれたわね」


「説得には苦労した」


「ところで、第30層に到達したってことよね」


「ああ。といっても、第25層から第30層はほぼ完全に異界化していたうえ、第30層から先に進む道はなかった」


 質疑応答はそこで終わりなのか、女王は椅子に深く腰かけ直して、天井を見上げて深く、深く息を吐いた。


「迷宮の探査はここまでで終わり。そして、邪神の再封印に関する有効な手立ては見つからず、という事ね……」


 俺の答えについて、重要な事実を取り出せば確かにその通りだ。

 俺は邪神が復活する前提で、戦う準備を整えることに注力しているが。

 それは、邪神との全面戦争、恐らくは文明の再崩壊を意味する。


 為政者である女王の立場からすれば、邪神の復活自体を阻止したいに違いない。


「まだあと5つ迷宮はある。俺も死力を尽くす。他の手も探す。だから、諦めるな」


 そんな女王に俺が何か言えるとしたら、その程度のことでしかない。

 正直、こんなものは何も言っていないに等しい。

 具体的な対策を示すこともなく、ただ頑張りますと言っているだけの、何の意味も価値もないお飾りの根性論。

 そんなものに、何の価値があるというのか。


 それでも、諦めるよりはましだと思った。


「ありがとうフェイト君。確かに、流れ者の君がここまでしてくれているのに、国王が諦めるわけにはいかないわね」


 幸い、女王も諦めるよりはいいと思ってくれたらしく、疲れの残る顔で、それでも力強く微笑んで見せてくれた。

 そのまま女王は、俺の隣にいる戦乙女に目を向ける。


「ひいおばあさま、あなたがコピーに過ぎなかったとしても、あなたは私たちにとって、歴史上の、救国の英雄であり、希望の象徴です」


 そして女王は一度、俺に目を向け、また戦乙女の目をまっすぐに見た。


「こちらのフェイトは、流れ者でありながら国のため、邪神復活阻止のために精力的に活動してくれている、当代の英雄です。運命がひいおばあさまとフェイトを引き合わせたことに、意味があると私は信じたい。どうか、この国を、世界を救ってください」


 そう言って、女王は椅子を立つと、戦乙女に深々と頭を下げた。


「子孫の存在が、地上に戻った記憶がない私が偽物であることを何より証明していますね……それでも、私は戦乙女を名乗りましょう。ご主人様のお言葉の通り、邪神を利用して現代によみがえった戦乙女として、本物に代わって、子孫のために働きましょう」


 戦乙女は少し悲しげに目を伏せ、しかし、確かに戦う意志を見せ、曾祖母の役目としてか、女王の頭をそっと撫でた。


「ありがとうございます。ひいおばあさま」


 女王は戦乙女に礼を言うと、頭をあげて俺の方に目を向けた。

 笑顔だが、なんか目が怖い。


「ところでフェイト君、聞き間違いじゃなければひいおばあさまは今、ご主人様って言ってた気がするんだけど、どういう事かなぁ?」


「彼女に聞いてくれ。俺は呼び方を指定していない」


 俺はそっと目をそらした。



 女王にこってり絞られた後、俺は戦乙女を伴い、まずは世話になっている宿に向かった。

 今日から新しい家に住むことになるので、荷物の引き取りと、今日まで世話になった挨拶を済ませなければならないのだ。


「やあ、フェイト君。悪いけど今日はもう部屋が空いて無くてね。君の荷物は王城の人たちが運び出していったよ。屋敷をもらったんだってね」


 ……先回りされていた。


「そうか。世話になった。今日までの礼だ。少ないがとっておいてほしい」


 俺は中身が詰まった金貨袋を一つ宿の主人に押し付けると、そのまま踵を返した。


 出ていく間際、一つだけ言っておくべきことを思い出した俺はドアに手をかけた姿勢のまま肩越しに振り返り、口を開く。


「ターニャを頼む」


 何故か苦笑する宿の主人を置いて、俺は宿を後にした。



 さて。


「……俺の家はどこだ」


 宿を後にした俺は、今の今まで棚上げしていた問題に直面することになった。


「ご主人様、記憶喪失ですか?」


 事情を知らない戦乙女がそう言うのも無理はない。

 普通、人は自分の家の場所が分からなくなることはない。

 家に帰れなくなるとしたら、家に行く手段がないか、自分の現在地点が分からなくなる場合だ。


「今日、女王に家をもらったのだ。そしてもらった家の場所を聞き損ねた」


 現状を戦乙女に説明するために言葉にしてみると、自分の間抜けさを改めて思い知らされる。


「では、王城に戻って場所を聞くほかないのでしょうか」


「そうだろうな。他に手もないし、行ってみるか」


「フェイト様ー!」


 そんなことを言いながらとりあえず王城に足を向けると、後ろから女性が俺を呼ぶ声が聞こえた。


「ティータか……渡りに舟だな」


 駆け寄って来たのは、王城から身請けすることになった侍従だった。

 彼女は女王から俺の家を任された人物だ。俺の家の場所を知っているに違いない。


「探しましたよ! 王城にも冒険者ギルドにも職人ギルドにもいらっしゃらないんですから」


 どうやら王都のあちこちを駆け回らせてしまったようだ。


「すまん、苦労をかけたな」


 謝罪する俺に軽くうなずき、ティータは概ね王城の方向を指さした。


「じゃあ、お屋敷にご案内しますね!」


 駆け出したティータを追って、俺と戦乙女も駆け出した。



 案内された屋敷は、なんというか、無駄に広かった。外周約1キロほど。

 日本人的感覚でいうと、小規模なショッピングモールくらいだろうか。

 もちろん、そもそも外周が10キロくらいありそうな巨大建造物である王城と比べれば小さいのだが、明らかに住居としては無駄に広い。


「貴族の屋敷って、だいたいこんなもんなのか?」


「貴族の屋敷として必要最低限の要素を最小限の大きさに詰め込むとだいたいこんなもんですね。ただ、財力を誇示するとか、最低限では足りないとか、いろんな理由でこれよりずっと大きなお屋敷を立てる貴族の方が多いかなと思います」


 ティータの回答に、俺は両手両膝をついた。


 この国の貴族はそろいもそろってヴァカしかいないのか。

 時代というものが分からんのか。

 こんな物に金をかける余裕があるなら戦う力に金をかけろ。


 ……いや、それは転生者特有の価値観のずれというものだろう。

 この大きさが必要な何らかの理由があるかもしれない。


「ではティータ、屋敷の機能について解説してくれるか。恐らく知っていると思うが、俺は貴族ではないので、そう言ったことが全く分からんのだ」


 とりあえず、そういう事に今この場で最も詳しいと思われるティータに解説を頼んでみることにする。


「いいですよぉ」


 快諾すると、ティータは屋敷の門をくぐった。

 どうやら、一つ一つ見せながら説明してくれるという事らしい。

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