第87話:すぐ女こさえるよね

 第30層から先に向かう扉が存在しないことを確認し、戦乙女を連れて地上に戻った俺は、ひとまず、《召喚》の魔導書を戦乙女に読ませた。

 《召喚》はスキル熟練度の他、使用者のレベルを参照してそれに見合った敵を召喚する魔術なので、レベル129万もある戦乙女なら、俺のレベリングにも使える強敵が召喚できるかもしれないのだ。


 すっかり迷宮が訓練施設として定着し、基本的に無人になってしまった練兵場で、俺は戦乙女に《召喚》の使用を命じた。

 召喚されたのは、第30層で襲ってきたものよりもさらに大きい、もはや巨大変身ヒーローが戦うべきレベルのドラゴン。


 俺は即座に速度を限界まで引き上げ、止まった時間の中でドラゴンをネギトロ並に刻んで撃破、そのまま素材を抱えて職人ギルドに突入する。


 第30層で稼いだ分も全て使いきるまで加工するには、主観時間で150年を要した。

 戦乙女が召喚したドラゴン単体なら50年ほどだろうか。皇龍の5倍に相当する。

 素材としても皇龍以上の品質であったため、素材集めの対象はこちらに置き換えてしまっていいだろう。


 皇龍が説得に応じてくれるなら、戦乙女のように仲間に加えるのも一興だ。


 ドラゴンの皮で作った収納魔術鞄の量産も、急務と言っていい。

 何故かドラゴンの皮で作るとサイズはそのままに容量が10倍以上になるので、物の置き場にも運搬にも日常的に困りまくっている俺としては、一つでも多くの竜皮の収納魔術鞄を確保しておきたいのだ。


 これらをふまえると、今後の方針もおのずと見えてくる。

 皇龍の乱獲と基本的には一緒だ。狩りの対象が変わることくらいか。


 一度練兵場に戻り、刀身が蒼く透き通る剣(以前も作った、初期の魔剣並の能力強化や自動回復性能を持つ、現状の最高傑作のひとつ)を渡したうえで、俺が止めるまで連続で《召喚》を使用するよう戦乙女に指示した俺は、もう一度速度を最大解放した。



 《流星の腕輪速度が2倍になる装飾品》を優先的に生産していたこともあって、50年の作業時間をとっても召喚のインターバルには十二分に余裕があった。

 途中から迷宮に寄って皇龍もついでに狩り、作業時間を60年に延長してみたが、それでも召喚のインターバルに合わせ、練兵場で一度速度を通常の時間に揃える一瞬が必要だった。


 これはまずい傾向だ。

 1ループの時間が変わらないとすると、戦乙女を得たことによって昨日の6倍の時間効率を達成しているわけだが、逆に言えばそれが今の俺の限界だ。

 王女アストレアの昨日の言葉を信じるなら、王女アストレアの領域に至るまでに通常の時間計算で2年弱かかることになる。

 邪神がレベル129万とかいう規格外のBA☆KE☆MO☆NO(現戦乙女)を生み出せるレベルで力を蓄えている今、もはや一刻の猶予もないと考えるべきだ。

 ※その戦乙女を支配したフェイトは邪神の費やした膨大な召喚コストをネコババしているということでもある。


 思いつく手は、一つある。


「試してみるか……」


 俺は《召喚》を使用した。

 出てきたのは、87体の皇龍。

 いや、皇龍そのものではないのだろうが、ともあれ。

 《召喚》にも《妖精王の腕輪》の効果があるらしいことは実に喜ばしいことだ。


 これなら、一気に時間を圧縮できる。

 召喚のインターバルも、待つ必要はない。

 皇龍から取れる素材で、《妖精王の腕輪魔術が追加発動する装飾品》と《流星の腕輪》も作ることができる。

 戦乙女が召喚する巨大なドラゴンはたまのボーナスタイムと理解して、基本的にはこちらで進めることにしよう。



 午後一杯、ひたすらに乱獲と素材加工を繰り返し、戦力を蓄えた俺は、練兵場に近づく女たちの行列を認識し、戦乙女に召喚をやめさせた。

 メトや部隊員たちのいる場所で巨大なドラゴンを呼び出してしまっては、踏みつぶしてしまう恐れがあるからだ。


「お疲れ様、メト」


 すぐに行列を率いて入ってきたメトを迎え入れると、メトは目を点にしていた。


「ふぇ、フェイトが……」


 何か、メトの様子がおかしい。


「どうしt……」


 訊ねようとした俺の言葉を遮り、メトが叫ぶ。


「また女こさえてますぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」


「風評被害にもほどがある!」


 俺がいつ『女をこさえた』というのだ。しかも『また』ってなんだ。


「しかも《支配の首輪》をつけてもらってるなんて! うらやましいですぅ!」


 いかん。メトはいつぞや、望んで俺の奴隷になり、《支配の首輪》の喪失を悲しんだ過去がある。

 もしかして、今でも第一奴隷の立場は自分のものだとか思っているかもしれない。


 俺はメトのことを唯一の仲間だと思っているが、思い返せば、そのあたりを明言した覚えが全くない。


「ご主人様、こちらの方は」


 そして戦乙女がいらんことを言ってきた。

 ご主人様ってなんやねん。

 案の定、メトが悲鳴を上げるが、ピンチはチャンスだ。


「俺の相棒のメト。俺にとって、信仰する神の次に優先する人物だ。覚えておけ」


 戦乙女は静かに頷き、一歩後ろに下がった。

 同時に、メトのヒステリーも目論見通り、おさまった。


 だが。

 何故か、メトの後ろに続いている、部隊員と思われる女たちの視線の温度がすごい勢いで下がっていった。

 ※メトの機嫌の取り方がスムーズ過ぎて女の敵だと思われている。


「ところでメト、後ろの者達は今日配属された部隊員と理解していいか」


 この話題が続くのも嫌なので、仕事の話を振ってみる。


「はい~。昨日のメンバーより武術は苦手な人が多いですけどぉ、《エンド・オブ・センチュリー》が使える人が多いんですよぉ」


 メトの回答は、俺にとって実に喜ばしいものだった。

 最初の100人が選び抜かれた100人であったため、それより劣る者しかいないという覚悟もしていたのだが、俺の戦術の再現という意味ではむしろ優れているらしい。


「では今日の育成成果は」


「もちろん昨日以上ですぅ♪」


 やはりか。


「皆を整列させてくれ。今日作った装備を配布する」


 メトの指示で並んだ100人の女たちに、俺は今日取りおいておいた100人分の武具を配る。数百万年の職人修行の成果と、素材の質の向上もあって、昨日の100人に配ったものより性能は各段に上がっている。


 明日、様子を見に行くついでにウルベリヒに100人分の武具を届けるとしよう。


「ところで、この100人は明日以降どう運用するか女王から指示を受けているか?」


 メトに確認すると、予想通りというべきか、首肯が返ってくる。

 女王ならば、そのくらいの先回りは当たり前にできる。

 そう信用できるくらいには、俺は女王の聡明さを知っているのだ。


「ミルガルズに送って欲しいそうですぅ」


 ウルベリヒへの増援ではなく、次の国、か。

 やはり女王は聡明だ。

 このまま数日で大陸内のすべての国に支援部隊を送るつもりだろう。

 ならば、俺はその目論見に従い、予定を早める努力をするだけだ。


「メト、明日300人いけるか」


 といっても、俺の努力というよりは、メトに丸投げするだけだが。


「一気にアルフヴァナとニーサヴェルとムスペヘルに送るんですね」


「そう女王に進言するつもりだ」


「任せてください~!」


 メトから返ってきたのは、何とも頼もしい返答。


 となれば、明後日には最低限の支援は各国に送れる。

 単純に採掘箇所が6倍になるのもそうだが、地上の生存者の保護による人材確保、各国の王に話を通して地上の魔物を皆殺しにすることで安全な生活領域の確保もできる。


 ひとまず、対魔物という観点での地上の平定は完成すると言っていいだろう。

 疑似的にとはいえ時間を止められる俺の目線では悠長に過ぎるが、安全確保による人口増は将来的な人材確保につながる。

 邪神の復活を20年以上先送りにできるなら、人口増による人材の確保は大きな力になってくれるだろう。

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