第85話:上級騎士が家なしだったらしい

 空の馬車を引いてアスガルドに戻った俺は、馬車置き場の番兵から女王の執務室に行くよう指示され、その足で城内に立ち入った。

 無駄にでかいうえに複雑な構造の王城内では迷うことが確定しているので、手近な侍従に声をかけて案内してもらう。


「フェイト様は、冒険者なのにお城の中で迷子になっちゃうんですね」


 少し幼さを残す、快活な印象を与える侍従はそう言うと楽しそうに笑った。


「迷宮の壁を粉砕しながら直進しかしてこなかったからなぁ」


 俺も笑う。実際、本来ならマッピングしながら周囲の敵を警戒する前提条件が付くのが迷宮探索だ。俺はそういう意味では冒険者らしくない。

 ゲーム的な要素での能力は爆上がりしている俺だが、人間的な部分は全く成長していないと認めざるを得ない。

 止まった時間に引きこもって趣味に没頭しているような男が人間的にガンガン成熟しているわけがないのだが。


「つ、強すぎる理由だった……!」


 楽しそうで何よりである。

 こういうタイプは、一緒にいて楽しいとかそういう評価を得て、いわゆるムードメーカーとして重宝されるとみたが。


「君は、よく侍従長に怒られたりしていないか」


 俺には、彼女は侍従という、むしろ存在感を消すことを求められるような仕事には向いていないタイプであるようにも思えた。


「な、なんでわかったんですか」


 案の定、よく怒られているらしい。


「初対面の人間の懐にするりと入り込む君の魅力は、明らかに侍従向きではない」


「み、魅力って……」


 何故か頬に手を当てて悶え始める侍従は、しかしすぐに表情を凍り憑かせた。

 理由は明白だ。

 侍従長が俺たちの前に立ちはだかっているから。それだけ。


 当然、一応の来客である俺と気安く話しているというのは、侍従として正しい姿ではない。先程よく侍従長に怒られているのでは、と俺が質問した通りに。


「フェイト様、ティータの無礼をお許しください」


 そして、侍従長は客の目の前で部下を叱責するなどという無礼は当然せず、ただ俺に頭を下げて見せた。

 侍従という役回りからすれば、確かにティータというらしい彼女の言動は適切ではないのだろうが。


「許すも何も、俺は多少の好感を持っている」


 こういう格式ばった場所での、いわば黒子としての侍従ではなく、もう少し気安い場所で受付嬢でもやらせたらいいのではないか、とか考える程度の好感を、俺は確かにこの短時間でティータに対して抱いている。


「それは、心からのお言葉でしょうか」


 探るように言う侍従長の意図が読めない。


「だとしたら、何を俺にさせたいんだ?」


 表情から、何かを頼みたいらしいという事だけはかろうじて予測できた俺は、侍従長に続きを促した。


「もし、本当にティータをお気に召していただけているのなら、身請けしていただくわけにはいきませんでしょうか。お察しのことと存じますが、ティータの性格は王城の侍従には向いておりません」


 実にもっともな頼みだった。

 問題は、俺が今メイドを一人雇ったところで何の得にもならないということだ。


「俺が家を建てることがあればな」


そんな雑談に興じている間に女王の執務室についたので、俺は部屋の戸をノックした。



 女王の用件は、ウルベリヒでの部隊運用状況の確認と、メトにはまた元娼婦100人を任せたという連絡だけだった。


 メトに任せておけば、確かに育成は問題ないだろう。俺はまた、100人分の装備を調達するために迷宮と地上を高速で往復していればいい。


 そう考えた俺はそのまま帰って迷宮に向かおうと思っていたのだが。


「それで、どうして侍従長がここにいるの?」


 女王が俺の後ろにいる侍従長に目を向けた。

 どうやら、もう少し足止めを喰らいそうだ


「フェイト様は上級騎士に叙勲され、一代貴族の地位を得ながら、今もなお場末の安宿にお住まいと伺いましたので、屋敷の手配の許可を頂きたく」


 俺は音速で振り返った。


 こ、この侍従長、俺の生返事をガチで現実のものにしようとしてやがる……!


「ああ、それなら、この間追放した貴族の屋敷を使っていいわよ」


 女王の返答は恐るべきものだった。

 この間追放された貴族がいるらしい。


「ごめんねフェイト君、仕事の前に屋敷や褒賞をちゃんと出すのが順序なのに」


 女王の謝罪は本当のことだろう。

 本来なら屋敷や褒賞の話をしてから仕事の話が下りてくるはずの叙勲式を俺がすっぽかしたりしたのが原因とはいえ、ただ働きに近い状態だったというのは信賞必罰の観点からは正しいことではない。

 そういう部分が将軍ラルファスのつけ入る隙になりうるならなおのことだ。


 とはいえ、現状副官のメトに丸投げしている俺が何か偉そうなことを言える立場であるわけもなし


「構わない。俺も、必ずしも部隊長の責務を全うできているわけではない」


 ところで、この話が出るという事は、やはり。


「陛下、フェイト様の屋敷の管理にあたり、こちらのティータを解雇していただきたく存じます」


 侍従長は俺の予想通り、ティータの解雇までこの場で済ますつもりだったようだ。

 どれだけティータが邪魔だったのだろうか。


「フェイト君が雇ってくれるのね?」


 確認するかのように俺に水を向ける女王に首肯を返すと、女王は頷いた。


「ではティータ、今日までお疲れ様。今月分のお給金はあとでフェイト君の家に届けさせるから、早速そっちに移ってちょうだい」


 女王の話はそれで終わり、俺は城を後にして迷宮に向かった。


「……で、俺の家って結局どこにあるんだよ」


 最も重要なことを確認し損ねていたことに気づくまでに、俺は皇龍を8954回斬首した。



 昼食を冒険者ギルドで済ませつつ、第26層以降の探索で午後を過ごそうと考えていた俺の隣の席に、派手にモテそうな金髪碧眼のイケメンが座ってきた。

 言わずと知れた、アスガルド軍最高幹部、将軍ラルファスだ。


「俺に用か」


 《あんきも》を頬張りながら、あえて見向きもせずに訊ねる。


「迷宮国家の制圧にあたって、迷宮国家を直接見たお前の意見を聞きたい」


 俺があまり話したくないと考えていることを汲んでか、将軍ラルファスは端的に言ってきた。


 迷宮国家に関する意見か。


「そうだな……働かないことに疑問を持たない者が多すぎる。使い道もないだろうし、皆殺しでいいんじゃないか」


 あの国の堕落具合について、この国に伝染する前に殲滅しておくべきレベルに至っていると考えている俺から言えることはそれくらいだ。

 はっきり言って、字面だけで言えばかなり悪辣である。


「使い道ならあるだろうさ。少なくとも人口減少の問題には使える」


 が、将軍ラルファスの回答はそれに輪をかけて悪辣だった。

 そういうのはゴブリンあたりの専売特許だろうに。


「魔物と同レベルかよ」


 俺が漏らした感想に、将軍ラルファスは苦笑した。


「そう言うな。これから各国に支援部隊を送るなら、死んでも構わない人間の数はいくらあっても足りないのだ」


 まあ、きれいごとだけで国が回ると思うほど俺も若くはない。

 正確に言えば肉体は若いのだが、前の世界での教養を加味すれば、そのくらいの割り切りができる程度には成熟していると自負している。


「そういうものか。俺もあの国を隅々まで見たわけではないから、どこかの片隅には職人とか学者が残っているかもしれないとは言えるのだが……ほぼ期待できないし、あの国は丸ごと焼いても構わないというのが俺の意見だ」


 とにかく、生かしておく努力をする価値を感じないことには変わりない。


「迷宮国家に恨みでもあるのか」


 まだ迷宮国家を見ていない将軍ラルファスは俺を嘲笑するが、将軍ラルファスならば、一度見れば俺と同じか、それ以上の感想を抱くことは容易に想像できる。


「実際に見てみればわかる。で、こんな意見が何かの役に立つのか?」


「立つとも」


 将軍ラルファスは自信満々にそう言うと、席を立った。


「今日のうちには決着がつけられるだろう。お前は娼婦の育成なり、個人的なレベリングなりに精を出すといい。正規の軍人の格の違いを見せてやる」


「楽しみにしておく」


 俺は生返事を返しつつ最後の《あんきも》をほおばった。


 格の違いなど、わざわざ見せてもらうまでもない。

 気遣いがうまいだけの元娼婦(メトのことである)に部隊指揮で劣るほどに、俺はそもそも組織を率いて何かをすることに向いていない。


 結局俺は、俺の体一つでできることしかできないのだ。

 だから、俺の体一つでできることを最大限やる。

 それだけだ。

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