第84話:実戦投入

「誰が国内中の魔物を全部爆殺してからウルベリヒに行けと言ったかしら?」


 アスガルドに戻って女王に一通りの経緯を報告すると、額に青筋を立てた女王が笑顔で尋ねてきた。

 確かにそんな命令は誰からも受けていない。


「強いて言うなら、俺自身の個人的な正義感とでもいうべきか」


 俺の回答に、女王は首を傾げた。


「正義?」


「魔物殺すべし慈悲はない」


 俺の回答に女王はもう一度首を傾げた。


「どの辺が正義なのそれ」


 その疑問はもっともだ。

 この世界に、日本的な価値観を持ち込むべきではないと俺もわかっている。

 それでも。


「魔物を放っておけば、多くの人が死ぬ。魔物を生かしておくことは殺人と同義だ」


 それでも俺は、魔物を生かしておくことを容認できなかった。


「まあ、一理ある、のかな?」


 いちおうは納得してくれたらしいので、俺はこれからのことを話すことにした。


「支援部隊を送ると書状に書いていたらしいが、どの部隊を送るんだ?」


 昨日の会議ではやや迷走しながらも俺にやらせるという事だけ決まっていると記憶しているが、さすがに援軍が俺一人という事はないだろう。


「送るのはフェイト君が育てた100人。練兵場で出撃準備してるわよ」


 昨日迷宮でレベリングしただけの部隊をもう実戦投入するという判断にはやや思うところもあるが、逆に言えば、今一番アスガルドとして失っても痛くない戦力という意味では妥当な判断なのかもしれない。


「まだ十分な体力がついていない娼婦上がりに半年行軍させるのは酷だな。馬車を1台用意してもらえるか。俺が時間を止めて何回か往復すれば数分でウルベリヒに全員送り届けられる」


 なんにせよ、俺は俺にできることをするだけだ。

 行軍訓練の経験がない部隊の者達にとっても、ウルベリヒへの支援を急ぎたい女王にとっても、俺の提案は良い影響を与える自信があった。


「そんなことができるの? 是非お願い。兵站用の馬車を使って構わないわ」


 女王は俺の狙い通り、その提案を承認してくれた。

 行き方が固まったら、あとは行ってからのことを決めるだけだ。


「ヴォータン王は国の全てを明け渡すとまで言って来ているが、返答はどうする」


 行ってからのことと言っても、迷宮制圧にあたることは決定事項なので、やることはヴォータン王からの伝言についての確認くらいなのだが。


「迷宮だけもらえればいいと伝えてちょうだい」


「諒解した」


 俺はそれだけ確認し、謁見の間を後にした。



 馬車を借りてから練兵場に行くと、整列している部隊員に所持品の確認をさせていたメトが駆け寄ってきた。

 俺が不在の間、女王の指示を仰ぎながらここまで準備をしてくれていたようだ。


「おかえりなさい、フェイト」


 迎えてくれたメトの最初の言葉はそれだった。

 メトにとっては一瞬でも、確かにウルベリヒまで旅をしてきたことを理解しているからだろうか。


「ありがとう。すぐにまた出発する」


「行ってらっしゃいですぅ」


 俺とメトの間で交わす必要のある言葉はそう多くない。

 むしろ言葉を費やすべきは、部隊員たちに対してだ。


 俺は《重力制御》で部隊員の前に自らの体を浮かせた。


「諸君、まずは、昨日の奮励努力に感謝する。諸君は既に十分な兵力となったと判断された。これから諸君はウルベリヒに向かい、ウルベリヒの迷宮を、アスガルドの迷宮同様に掘り返す任につくことになった」


 既にメト経由で女王の命が行きわたっているのか、部隊員たちは分かっているとでも言いたげに頷いただけだった。

 やりやすくていい。


「命令は三つだ。絶対に死ぬな。その上で、ウルベリヒの迷宮をアスガルドの迷宮のように、魔物が住まう脅威の源ではなく、ただの資源採掘場に作り替えろ。そして、地上の魔物も容赦なく皆殺しにしろ。君たちならできる。俺もしばらくは、毎朝様子を見に行く」


 軍人、兵士としては正しくない命令かもしれない。

 それでも俺は、彼女たちに死ぬなと命じた。

 それは優しさによるものではない。

 彼女たちが死ねば、彼女たちに与えた装備がゴブリンなどの人型の魔物に使われるかもしれないという危機意識、そして、彼女たちがその体に取り込んだ経験値を惜しんでの、冷徹で残酷な判断に基づくものだ。


 きっとそれは、彼女たちも察していることだろう。

 ※誰一人察していない。


「諸君をウルベリヒに送る方法だが、俺が馬車を引き、時間を止めて往復する。準備ができた者から乗り込んでくれ」


 部隊員たちは、前方からまず20名が馬車に乗り込んだ。

 かなり窮屈だろうが、時間を止めての、一瞬の旅なら快適さを捨ててよいという考えだろうか。

 往復回数を抑えられる俺としては、なんともありがたい判断だった。



 5往復(俺の主観では5年だが、外の時間では一瞬)で部隊員全員をウルベリヒ王都跡地近くまで運び終えた俺は、生き残りがいるキャンプ地まで、部隊員を案内した。


「もう救援部隊が到着したのか」


 大仰な武装をした100人の接近を察知していたのか、出迎えてくれたヴォータン王はやや驚いた様子ながらも喜びの色が混じる声で訊ねてきた。


「半年行軍させるのも面倒でな。女王に予定の前倒しを進言して運んできた」


 俺の答えに、ヴォータン王は唸る。


「すさまじく足が速い男だな、お前は」


 むべなるかな。ヴォータン王からすれば、先程俺と話してからまだ1時間とたっていないはずだ。時間を圧縮して5年の時間を旅してきた俺とは違う。


「俺の数少ない取り柄だ。部隊員はこのまま迷宮制圧に当たらせるが、問題ないか」 


 俺が今後について訊ねると、ヴォータン王は俺に頭を下げた。


「では、現時刻をもってウルベリヒはアスガルドの属国となることを願う」


 俺はその言葉に、首を横に振った。


「その件だが、女王から、迷宮だけ寄越せと伝えろと命を受けている」


 俺は女王の言葉を端的に伝えた。

 その言葉に込められた女王の意図を察するのは、俺ではなくヴォータン王の役目だと考えたからだ。


「伯母上…俺にまだ国を背負えと…」


 そしてヴォータン王は、どうやら女王の考えを理解したらしかった。


「伯母上には、その条件をのむと伝えてくれ。以後、救援部隊が迷宮をどう扱おうが、ウルベリヒは関知しない」


「伝言、確かに受けた」


 俺はヴォータン王の言葉を確かに記憶し、まずは部隊を率いてウルベリヒの迷宮に向かうことにした。



 ウルベリヒの迷宮の第1層から第5層は、ほぼアスガルドの第1層から第5層と同じだった。


「一旦ここで待機。雑魚を蹴散らしながらこの位置を確保してくれ」


 100人の数の暴力であっさりと更地にした薄暗い洞窟の先にあるボス部屋には、一旦俺一人で突入する。


 ボスの性質次第では、100人の部隊にけが人死人が出る恐れがあったためだ。


「……人間が来るなんて何年ぶりだったか?」


 ボス部屋には、人間に豚のパーツを張り付けたような巨大生物が一匹。

 オークという奴だろうか。


「そろそろ夕食に人肉が食べたかったところだぜぇ!」


 人語らしき鳴き声をあげながら襲ってくる知性のかけらもない豚に、俺は《正直草》を投げつけた。こういうことをするのも随分と久しぶりだ。


「お前の固定ドロップと確率と弱点属性を吐け」


「野獣の斧2%に炎属性……何をしやがった!」


「《連鎖魔術》起動! 《ショットガン・ボルト》!」


 跡形もなくボスを焼き尽くし、俺は一度第5層に戻った。

 ドロップ品の斧は常時魔封じを受ける代わりに威力に優れるという、まあ微妙な性能のものだった。正直いらない。


 部隊員に《バーストボルト》の魔導書を配布し、ボスを繰り返し出オチさせる方法について説明すると、部隊員は少し話し合った結果、《虚空斬波》担当を4名と荷物持ち1名の5人チームを各層に配置し、ボス部屋には7名の荷物持ちを配置して出オチに当てると進言してきた。


 十分な戦力配分であり、また第10層までの完全制圧も可能な余力を残す完璧な提案であると判断した俺は、メンバーの選定を部隊員に任せて第6層に向かった。


 第6層から第10層も、アスガルドの迷宮とほぼ同じ森林地形。

 いずれここも、農場として使えるようになるだろうか。


 人数は減ったが、同じように更地にして第10層のボス部屋に突入する。


「キシェエエエエエエエエ!」


 襲ってきたのは石でできた鳥。

 意志疎通はできなさそうだ。


「《虚空斬波》一撃で倒せるか試してみてくれ」


 《正直草》が使えないとなれば実験するしかない。が。

 昨日の鍛錬の成果、装備の効果もあってか、石の鳥はあっさりと粉砕された。


 また部隊員たちに相談させ、各層に《エンド・オブ・センチュリー》担当3名、《虚空斬波》担当4名、荷物持ち4名を配置し、余った人数(《エンド・オブ・センチュリー》担当1、《虚空斬波》担当4、荷物持ち4)をボス部屋での稼ぎに当てることにして、俺は迷宮を出た。


 これで少なくとも、迷宮から魔物が地上に溢れだすことはなくなるだろう。

 迷宮からの資源がどこまで現地の復興に役立つかまでは、関知できないが。

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