第83話:日帰り旅行100年プラン

 ウルベリヒ方面に街道を進んでいくと、主観的に数日も進まないうちに、街道は打ち捨てられた廃墟の様相を呈してきた。

 今俺から見て左方向に見える分岐は、地図が正しければヨツン平原という穀倉地帯に向かう街道だ。

 そちらはまだ使われているため、踏み固められた土が街道の面目を保っているが、ここから俺が進む方向に分岐すると、道らしいものの名残がろくにない。


 ヨツン方面への分岐の先、少し遠くに、野営の片づけをしているらしい行商人と護衛らしき者たちが見えたが、よく見れば、彼らが野営していた場所の周囲には、焼け残った建造物の名残らしき物がいくつか見えた。

 想像するに、あの辺りにはかつて宿場町があったが、魔物に滅ぼされたのだろう。


 比較的ましに見えるヨツン方面への街道も、決して恵まれた環境ではないという事だ。


 今、行商人たちを襲撃しようと森の中で息をひそめているゴブリンの群れのように、地上に居ついて地上で繁殖している魔物も、聞く限りでは珍しくない。

 宿場町を滅ぼしたのもそういうたぐいの魔物だろうし、放っておけばあのゴブリンたちが行商人を脅かすことも、自明の理と言っていい。


 俺は行商人たちが巻き込まれないように射角を調整しつつ、《ショットガン・ボルト》で森ごとゴブリンを焼き払っておいた。

 これで行商人たちも安心して旅を続けられるだろう。

 ※出所不明の火炎魔術がいきなり近くの森を焼き尽くしたことで行商人たちが恐怖のズンドコに叩き落されることは想像できなかった模様。


 果てしない期間、ドラゴン肉と果物で繰り返してきたドーピングの結果桁数を数えることすら億劫になってきた《感覚》の能力値の影響か、《敵感知》スキルは半径10キロほどの範囲の魔物の位置を俺に教えてくれる。


 まっすぐ行けば半年だが、こうして寄り道を繰り返してみるのも一興だろう。

 今の俺の速度なら、半年も100年も、正常な時間の流れにおいては1秒にも満たない時間であることには変わりない。ウルベリヒのヴォータンとの会談が長引くかどうかのほうが、時間についてはよほど影響がある要素だと言える。


「せっかくだ。地上の魔物も殲滅しておくか」


 俺は地図で自分の位置を確認しながら、とりあえずアスガルドじゅうを走り回ってみることにした。



 主観で80年ほど走り回って、アスガルド国内で《敵感知》に反応した魔物は残さず爆殺しつくしたところで、俺は改めてウルベリヒへの国境に向かった。

 ※時間停止を解除した瞬間に国内のそこかしこで大爆発が同時多発することになり、貴族、民衆問わずあらゆる人物が魔物の大規模侵攻が始まったのではと恐怖に震えることになることは想像できていない。


 といっても、ウルベリヒとの国境関所も魔物の巣窟になっており、とりあえず関所の建造物ごと《エンド・オブ・センチュリー》で爆砕して先に進んだだけだが。


 さて、ここからは他国だ。好き勝手に歩き回るわけにもいかないし、破壊活動などもってのほかだ。

 ※自国でもダメに決まってんだろ。


 気を取り直して街道沿いに走ると、体感で3か月ほどで王都だと思える巨大な城塞、少なくとも大きさだけならアスガルドの王都にも匹敵するそれが視界に入る。


 その門前まで来たところで、遠目にはよくわからなかった城壁の損傷が、あまりにも深刻であることを俺は実感した。


 門の扉は砕け、城壁のあちこちが裂けたかのように大きく割れていて、その周辺に瓦礫の山を形成しているさまは、いっそここはもはや廃墟だと断言してしまいたくなるほどに痛々しい。


 それでも、俺は門をくぐり、生存者がいることを期待して、その中に踏み込んだ。


「何者だ!」


 一歩踏み込んだ瞬間、一人の男が俺の前に躍り出た。

 よく見れば足が震えている。決死の覚悟というやつだろう。

 そして、《敵感知》スキルが周辺の瓦礫の影の敵意を俺に教えてくれた。


「アスガルド国からの使者だ、と言ったら、信じるか?」


 彼らとの対話がうまくいくとは思えなかったが、それでも精一杯誠実に、顔面の筋肉を総動員して穏やかな笑顔を作りながら答えた。

 ※小馬鹿にしたような皮肉な笑みで嘲るように答えたようにしか見えない模様。


「信じられると思うか?」


 案の定、俺の目の前にいた男は恐怖に震えながら、それでも精一杯の虚勢を張って、俺に敵対の意志を示してきた。


「なら、この書状を俺に代わってヴォータン王子に届けてもらおうか」


 俺はアスガルドの女王から託された書状を取り出し、男に差し出した。


「い、今だみんな! 俺ごとやつを!」


 男は恐怖に満ちた声で、それでも、そんな声をあげ。

 直後、周囲に隠れていた者達が一斉に身を起こして、魔術をこちらに放ってきた。


 レベル2桁の魔術師たちによる、《バーストボルト》の集中砲火。


 俺は速度を上げ、俺とその男に迫る《バーストボルト》を全て切り払った。


「命を無駄にするのはよせ。魔物のせいでただでさえ人が死にまくっている世界だ……と、アスガルドで俺は学んだ」


 直後、男と魔術師たちはその場にへたり込んだ。


 俺が味方だと知って安心したのだろう。

 ※人一人の命と引き換えに魔物を何とか撃退可能な最後の手段過ぎる戦術が空振りに終わったことによる絶望である。


「分かってくれたのなら、ヴォータン王子に取り次いで貰えないか」


 俺が改めて頼むと、魔術師たちは何度も首を縦に振った。

 アスガルドが無事であると知って喜んでくれているのだろうか。

 ※反抗したら殺されると思っているだけ。



 数時間、魔術師たちに案内されて歩くと、もはや朽ち果てたと表現すべき城の前、多くのテントが張られている大きな広場にたどり着いた。

 直後、俺を案内している連中よりはましな、一応のレベルの武装(《あなあきよろい》や《なまくらソード》)に身を包んだ、かろうじて兵士と分かる者達がこちらに駆け寄ってくる。


「避難民か?」


「いや、アスガルドからの使者を名乗っている」


「そうか。ヴォータン様をお呼びしてくる」


 兵士は魔術師たちと手短に言葉を交わすと、一つのテントに入っていった。


 たいした時間もせず、兵士たちより質のいい武装(迷宮の第5層前後で手に入る程度のもの)に身を包んだ男が一人、俺の前まで歩いてくる。


「アスガルドからの使者とは貴様か」


「そうだ」


「それを証明できるものは」


「書状を一つ預かっている」


 手短な会話。

 人と関わるのがそもそも好きでない俺にとっては、なんとも心地よい、無駄のないやり取りだ。


 俺が差し出した書状にざっと目を通し、男は言った。


「すぐに戻り、伯母上に、感謝すると伝えてくれ。あとは、この書状の通りに民を救ってもらえるなら、既に滅んだウルベリヒの全てをアスガルドに明け渡すと」


 話が見えない。

 無駄がないのはいいが、必要なものがないのもそれはそれで困る。


「何と書いてあったんだ」


「数か月のうちに、救援のために軍を派遣すると」


 俺が問うと、実に心地よい、端的な回答がかえってくる。

 こういう男は、人嫌いの俺にしては珍しく、嫌いじゃない。


「そうか。伝言は確かに受け取った」


「よろしく頼む。冒険者フェイト」


 踵を返した俺の背中に、男は確かに俺の、この世界での名を呼んだ。


「そう言うあんたは、ヴォータン王子なのか?」


 背中越しに振り返り、確認する。


「今は王だ。ここまで滅んだ国で、今更意味は持たないがな」


 最後まで端的なやり取りができたこの男となら、あるいは俺は、友人という奴になれるのではないか。

 そんなことを思いながら、俺は自身の速度を解放した。

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