第81話:王族たらし

 つつがなく終わった会議の後、貴族たちはそそくさと帰っていった。

 こういう時、女王に少しでも話しかけて顔を売ろうとかは考えないのだろうか。

 それとも、女王ほど聡明な君主相手には逆効果なのだろうか。

 ※フェイトのいる場所から一刻も早く逃げ出したかっただけ。


 俺も帰ろう。


「フェイト君」


 だが女王は、険しい表情で俺を呼び留めた。


「どうした」


 会議で何か言い忘れたことでもあったのだろうか。


「育成と遠征を同時にこなすって、どういうつもり?」


 女王は俺の速度を察していると思っていたが、どうやらそうではなかったらしい。


「俺の速度なら、1日で大陸中の国家を回るくらいは造作もない」


 改めて説明するとなんとも嘘くさい話だが、実際そうとしか言えない。


「……速度の数値見せてくれる?」


 女王の頼みに応じ、俺は能力を可視化する魔術を久々に使った。


「……なにこの桁……」


 女王はそれだけ言うと、天を仰いだ。


「じゃあ、まさか支援にはフェイト君自身が一人で行くつもりだったの?」


 その問いに、俺はただ首肯を返す。


「……迷宮の支配権とか言ってたのは」


 会議中の俺の発言に何か違う意図がないかを確認したいのだろうか。

 妙に慎重に質問を重ねる女王に、俺はただ即答する。


「将軍ラルファスが頷くような理由というのがよくわからなかったので、俺の視点からでもわかりやすい国益に言及した」


 女王はなぜか、全身から気が抜けたように深く嘆息した。


「疲れているのか」


 決して若いとは言えない年齢で国を背負う重責、さぞ負担もあることだろう。

 まして、他国への支援や迷宮国家の処遇など、重大な問題が舞い込みすぎた。


 ……問題を持ち込んだ俺の言う事でもないが。


「大丈夫よ」


 しかし、その疲労の様相にも拘らず、女王は気丈だった。

 そうでもなければ、君主など務まらないという事か。


 これ以上は、何も言うまい。


「フェイト君、一つ、わがままを言ってもいいかしら」


 立ち去ろうとした俺は、どこか縋るような様子の女王に呼び止められた。

 この女王が口にするわがまま、となると、俺は二つしか思い浮かばない。

 娘のことか、甥のことだ。


「最初に行くのはウルベリヒにしろと言うつもりか」


「察しがいいのね」


 このタイミングならヴォータン王子のいるウルベリヒの救援を優先しろとでもいうだろうと思ってはいたが、予想通りだとそれはそれで気まずい。


「ヴォータン王子あての手紙があるなら預かっておこうか?」


 俺が尋ねると、女王はにこりと微笑んだ。


「今夜書いておくから、明日の朝受け取りに来てくれる?」


 魔物によって使者の行き来すら途絶え、15年ぶりに書くことになる書状にうきうきしている様子の女王に、俺は一応釘を刺しておくことにした。


「分かった。だが早く寝ろ。俺の目から見ても疲労が明らかだ」


「そうするわ」


 そのまま執務室に戻る女王と大臣を見送り、俺はまた途方に暮れた。


「出口、どっちだっけ……」


「お困りですか、お兄さん」


 突如天井から聞こえてきた声は、宮廷魔術師ジーナのもの。


「何やってるんだ?」


 天井に張り付く怪奇蜘蛛女宮廷魔術師ジーナに尋ねると、彼女はパンモロを見せつけながら俺の上に飛び降りてきた。

 俺は身をひねりその足首を掴んで地面に叩きつけた。


「人間棍棒とか普通に死ぬからあたし以外にはやるなよ!」


 原理不明の耐久力により、全くの無傷で済んでいる宮廷魔術師ジーナは起き上がると、廊下の一方を親指で示しながら言った。


「昨日アストレア様と遊んでくれた超強い男ってお前だろ。アストレア様がうっきうきであたしに話してくれてさ。会議が終わったら連れてきてくれって頼まれてるんだよ。あれは恋する乙女の顔だったね、キャーこの色男」


 それなら会議室の前で立っていればよかっただろうに、何故この恐怖蝙蝠女は天井からぶら下がっていたのだろうか。


 俺が尋ねてみると、宮廷魔術師ジーナは苦笑しながら手をひらひらと振った。


「いやほら、貴族連中ってスケベオヤジばっかじゃん。あたしみたいな超絶美少女がいたら横を抜けざまに尻を撫でるくらいは普通にやってくるしなんなら今夜部屋に来いとか言い出す奴もいるんだよ。あたしも妹と同じでショタコンだからそういうのはごめんこうむりたいっていうか」


 いろいろ苦労しているらしい。


「事情は分かった。王女アストレアの部屋まで案内してくれ」


「華麗にスルーしたな、お姉さんが一世一代の性癖告白したの、スルーしやがったなお前ぇ!」


 何故か宮廷魔術師ジーナは怒り狂って俺をヘッドロックしながら王女の部屋に向かい始めた。

 別に痛くはないしHPも減っている様子はないが、シンプルに歩きにくいのでやめてもらえないだろうか。



「アストレア様、フェイトを連れて……「フェイト様ー!」わひゃぁっ!?」


 宮廷魔術師ジーナが王女アストレアの部屋まで俺を案内し、中に声をかけると、聞き終わらないうちに中から王女アストレアが飛び出してきた。


「フェイト様、フェイト様!」


 物凄い勢いで飛びついてきて胸元に頬ずりしてくる小柄な少女は、しかしその途中で、宮廷魔術師ジーナを木の葉のように撥ね飛ばす程の膂力を誇っている。

 今日、100万年分ほど修行(と言っても職人修行のついでにドラゴン肉食べ放題していただけだが)を重ねた俺でも、まるで勝てる気がしない存在だ。


 後ろで「ズシャァ!」みたいな音を立てて廊下に着地する宮廷魔術師ジーナの安否が気になるが、俺も俺で猛獣にじゃれつかれている子供のような気分なのでちょっと助けに行ける状況ではない。


「一日でこんなに強くなる人を見たのは初めてです! これならあと10年のうちには私より強くなれますね!」


 王女アストレアの言葉は、俺にとってあまりにもショックだった。

 今日と同じことを繰り返しても10年かかるくらいこの幼女は強いのだ。


 そして、邪神もきっとそのくらい強い。

 つまり、寿命を考慮すると、常人が戦力になることはあり得ない。


 あてにできるとしたら、王女アストレアのみ。

 

 ……泣いてもいいだろうか。


「どうしたんですかフェイト様。おなかいたいんですか?」


 心配そうに俺を見上げる王女アストレアに、つい俺は愚痴ってしまう。


「君の領域まで10年かかるとすると、それまで邪神復活を先延ばしにしながら、今日と同じ訓練を続けなければならない。そう思うと気が重くてな」


 それを聞いた王女アストレアは、俺の顔をまっすぐに覗き込んだ。


「かがんでください、フェイト様」


 言われるままに、膝を曲げる。

 王女アストレアは、精一杯に手を伸ばして、俺の頭を撫でた。

 母親である女王に似て、どこか慈愛を感じさせる手つき。


「フェイト様、きっとフェイト様は、今のお言葉で私がどれだけ救われたかなんてわからないと思います。私が一人で、孤独に戦わなければならないと思っていた邪神に、一緒に挑んでくれる人が現れるなんて、思ってもみませんでした」


 王女アストレアの言葉は、その行為の意味を俺に理解させるには十分だった。


 小さな体で、すでに世界を背負って戦う覚悟を決めていた王女アストレアにとって、いるはずがないと諦めていた、横で戦う仲間になりうる人間の存在は確かに救いになりえるだろう。


「そうか。なら、弱気になっているわけにはいかないな」


 俺は膝を伸ばした。


「それで、俺を呼んだ理由は何だったんだ」


 ここまで、本題らしい話題が出ていなかったことを思いだした俺は、王女アストレアを見下ろして訊ねてみる。


「えっと、今まさにフェイト様がおっしゃったことを、お願いしようと……」


 王女アストレアの回答は、言う側も言われる側も若干気まずい内容だった。


「そうか。話題を潰して悪かったな」


 用件が終わったのなら、長居する意味もない。

 俺は踵を返した。

 現在位置が相変わらず把握できないが、そこで寝ている宮廷魔術師ジーナを蹴り起こして城の出口まで案内してもらうとしよう。


「あの、もう少し待ってください。お話ししたいことがもう一つできてしまって」


 だが、王女アストレアにはもう一つ用件があったらしい。

 その言葉通りなら、「できた」ようだが。


「どんな話だ」


 俺は足を止めて訊ねた。


「私が王位を継ぐとき、王配になっていただけませんか?」


 王女アストレアの頼みは、手紙を運ぶような気軽な用件ではなかった。


「だめ、ですか……?」


 怯えるように効いてくる小さな少女にNOを突き付けるのも気が引けるが。

 メトの顔が脳裏に浮かぶのは、つまりそういう事なのだろう。


「少なくとも今受け入れることはできない。俺にも通すべき筋がある」


 男の人口が減って、婚姻という制度自体の破綻を女王が認めたことを知ってなお、こればかりはすぐに順応はできそうになかった。


「その方に、ぜひよろしくお伝えください」


 俺の言わんとすることを察してくれた王女アストレアは、ただそれだけ言って部屋に戻っていった。

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