第80話:恐怖の大王
夕食代わりに能力が上がる果物をかじりながら兵士についていくと、会議室らしい部屋の前で、兵士はドアに手をかけ、開く前に振り返って一言だけ告げた。
「皆様既にお集まりです」
果物なんか食ってないでさっさと入れ、ということらしい。
俺は食いかけの果物を持ったまま、会議室に踏み込んだ。
「済まない、遅くなった」
こういう時、ドラゴンの呪いのせいで下手に出られないのは少し気まずい。
実際、そこに集まっている豪奢な格好の、恐らくは貴族であろう者たちは凄い目で俺を見ていた。
今の俺は、新入社員が大事な会議に遅刻してきた挙句コンビニのパンをかじりながら入ってきたような状況。
それで謝罪の言葉すらまともに言えないとなれば、さぞ怒り心頭だろう。
※状況分析は完璧だが、貴族たちは『
「夕食もまだなのに呼びつけてごめんね。食べながらでいいから聞いてて」
女王はあまりにも寛大だった。普通なら叱責されるべきところだというのに。
※女王がフェイトの行動を全く咎めなかったことで、女王すら既に屈しているという誤解が広がった模様。
恐らくは女王の寛大さに驚く貴族たちの中で、急速に青ざめる男が一人。
将軍ラルファスだ。どうしたのだろうか。
※ラルファスは女王が先のフェイトの無礼をとがめなかったことを、女王とフェイトが繋がっていることのアピールだと思っている。すなわち、謀反が既にバレており、この会議の議題のうち一つは自分の処断であると解釈している。
「将軍ラルファス、顔色が優れないようだが、食あたりでもしたか?」
気遣ったつもりの俺の言葉は、なぜか殺意すらこもった瞳でぎらりと睨まれるだけの結果に終わった。
何がいけなかったのだろう。
※ラルファスには嫌味にしか聞こえていない。
「フェイト君、とりあえずおとなしくしてて」
女王から見ても今の俺の発言は何かまずかったらしい。
俺は女王に首肯を返し、手元の果物をかじりながら話を聞くことにした。
「議題は、3つよ。一つ目は、迷宮内に発見された、国家規模の集落について。大臣、説明を」
女王が後方に控えていた大臣に目を向けると、大臣は一歩前に出て話し始めた。
「冒険者フェイトが迷宮第25層までを踏破した。その過程で、第21層から第25層までの領域に、国家規模の集落が存在することが確認された。冒険者フェイトの報告では、かの集落は優れた技術を持ち、迷宮内でも豊かに暮らしている一方、安全が保障された環境に長く浸りすぎ、著しい堕落の傾向が見られるとのことであった。念の為近衛兵数十人に調査を行わせたところ、確かに堕落と退廃に満たされた場所であるとの報告を受けた」
大臣はそこまで説明すると、一歩後ろに下がった。
「さて、フェイト君はこの集落は滅ぼすべきだと言ってきたんだけど、皆の意見はどうかしら?」
将軍ラルファスが勢いよく挙手した。
「概ね賛成だが。堕落に満ちた場所にも、使いでがある奴が残っている可能性はあるだろう。殺すのは救いようがないクズだけにするべきだ」
将軍ラルファスの意見に、貴族たちの間でどよめきが走る。
どうやら将軍ラルファスは、この手の話題においては皆殺し推進派確定と思われていたようだ。
※なお、ラルファスは少しでも女王好みの意見を出してこの件を任されればすぐの死刑は免れると思っているため必死だったりする。
「静かに! 確かにラルファスらしくないかもしれないけれど、ラルファスの言葉は正論よ」
女王の一喝で静かになった貴族たちは、それ以上何も言わなかった。
静かになった会議室を見渡し、女王がまた口を開く。
「特に意見が無いようなら、この件は、せっかくだしラルファスに一任しちゃおうかしら。異論はない?」
誰からも、異論は出なかった。
俺と同程度に殺戮に抵抗感がなく、その上で、使いでがあれば生かしておくべきだというバランス感覚を持っている将軍ラルファスが適任であることは、誰の目から見ても明らかだったのだろう。
※ラルファスの異常な発言と焦った様子から、これに異論を唱えることは危険だと貴族全員が考えている。
将軍ラルファスもほっと胸をなでおろしている。
皆殺しではなく人材登用すべき、という意見が受け入れられて安心するとは、案外優しいところもあるのだな。
※この場での処刑を回避できてほっとしている。
「ないみたいね。じゃあ、次なんだけど、フェイト君、部隊の育成状況について報告してくれる?」
女王は急に、俺に水を向けてきた。
一応は俺の部隊という事になっている者たちの育成状況が気になるようだが、それに対する答えは、なんというか実にシンプルにならざるを得ない。
俺は一度言葉を整理するために、口の中にある果物をゆっくりと噛んでから飲み込んだ。
※視線が自分に集まったタイミングでクソマズ果物をあえてゆっくり味わうという奇行は、第一議案の異常な進行もあって、どんな裏があるのかと貴族たちを戦々恐々とさせた模様。
「今日の時点で、100人を25人ずつに分割し、第12層から第15層までを1層ずつ担当させても、死人が出る心配はない程度には育ってくれた」
俺の答えに、貴族たちは二度目のどよめきを見せる。
「静かに! フェイト君、その育成手法を皆に共有してもらえる?」
女王の言葉で静まった会議室で、俺は少し嫌な予感がしたが、今日やったことを端的に説明した。
「苦痛耐性に十分な自信がある者に《加護転換》と《エンド・オブ・センチュリー》を、それほどではない者に《虚空斬波》を覚えさせ、自信がない者には回復を担当させて第12層に突撃した。それだけだ」
直後、会議室には凍えた風が吹いた。ような気がした。
寒いギャグとでも思われたのなら、心外極まりないが。
※部下を拷問に耐えなければ死ぬ環境に放り込んだと平然と言ってのけた異常極まる精神性にその場の全員がドン引きしている。
「そういえば、《加護転換》と《エンド・オブ・センチュリー》の魔導書は山ほど余っていてな。苦痛耐性に自信がある者がいれば、是非寄越してくれ」
何人かの貴族が震え出した。
そこまで寒いギャグだっただろうか。
※さらに多くの者に拷問したいなどと悪魔のようなことを言い出すフェイトの姿に、女王がフェイトに屈した理由はこれだと確信している。
俺は大真面目なのだが。
「娼婦のままでいさせた方がまだ幸せだったんじゃ……」
誰かのつぶやきに、貴族たちは同意するように首を縦に振っている。
HPが減ることへの忌避感があるという文化を理解はしたつもりでいたが、こういう反応を見るとまだまだ実感できていないことを思い知るばかりだ。
「希望者にしかやらせていないのだが……それでもまずかったか?」
念のため聞いてみる。
本人の同意があってもなおアウトだというのなら、明日以降自粛するしかない。
「無理強いしていないなら問題ないわ。大臣、娼館の摘発ペースを上げてちょうだい。育成をフェイト君に任せれば兵力の増強も兼ねられるから」
ひとまず女王がOKと言ったことで貴族たちも納得してくれたようで、ざわつきかけていた空気が落ち着きを取り戻す。
※女王がフェイトに対して全肯定過ぎることもあり、この場の絶対権力者はフェイトだと認識した貴族たちはもはや触らぬ神に祟りなしという態度になっている。
「さて、最後の議題だけど、フェイト君に娼婦たちを任せて兵力を補填する前提で、大陸内の各国への支援派兵を行おうと考えています。ほんの先月、ラルファスからそれどころではないと怒られたばかりだけど」
そこまで語った女王の目配せを受けて、俺は挙手した。
「我が国が魔物に対抗する戦力を整えつつあり、他国はまだ魔物に押されていると思われる今がチャンスだ。今なら、支援の見返りに迷宮の支配権を要求し、大陸中の迷宮の資源を独占することも夢ではない」
昼間女王に言われた通り、思いつく限りの、将軍ラルファスが好みそうな意見を出したのだが、何故か女王はドン引きしていた。
※あまりにもラルファス好み過ぎるうえ、国益の意味で非の打ち所がない提案であったため『実はコイツ裏でラルファスと繋がってるんじゃね?』と思われている。
見渡せば、貴族たちの顔にも凄まじい困惑が浮かんでいる。
※さっきまで女王と肩組んでラルファスをいじめていたはずの男が今度は女王を追い詰めている様子から、『コイツは女王もラルファスも蹴落としてこの国の全てを支配するつもりなんだ』と恐怖におののいている。
「オーケー! フェイト君、この件は任せるから、自分の部隊を好きに使って遠征してちょうだい!」
何故か女王は、娼婦の育成をやらせると言っていた俺に遠征を指示した。
まさか、俺の速度が常人の10億倍以上に跳ね上がっていることを察しているのか。
なんと聡明な君主であろうか。
きっと俺が提案した魔術部隊での遠征ではないのも、もっと優先すべきことがあるからに違いない。
※女王は混乱状態に陥っているだけ。
「諒解した。保護された娼婦の育成ともども、死力を尽くそう」
俺の回答に、また会議室が凍り付いた。
確かに俺の速度を知らない貴族たちからすれば悪趣味な冗談か。
「心配無用。俺には、それらを両立するくらいは造作もないことだ」
貴族たちを安心させるため、俺は努めて穏やかな笑顔で告げた。
※途方もない邪悪な笑顔にしか見えない模様。
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