第79話:一人で過ごす100万年
午後、半分に分けた部隊は引率が張り付いている必要がないレベルで魔物の群れを虐殺し始めたので、俺はメトの許可を得て、皇龍の住処と職人ギルドの往復に没頭することになった。
女王から受けた仕事を放棄するつもりもないが、《ゾーリンブランド》を打った職人への義理立てにも、一定の時間を配分したかったからだ。
日を追うごとに計算するのもばからしくなる倍率で跳ね上がっていく速度に物を言わせ、止まった世界の中で、皇龍に斬首をぶちかまして収納魔術にしまい、職人ギルドまで駆け抜ける。
加速を維持したまま、皇龍の鱗、骨、牙、翼膜などを武具に加工して、Sレア枠と認識できるもののみを職人ギルド倉庫に放置、迷宮内のドロップで見たことがあるものは魔剣に食わせ。
肉と血は適宜摂取し、腹に納めきれない分は片っ端から《収納魔術鞄》に詰めて宿の自室に運び込み、再度皇龍の住処に向かう。
上記の1ループは、体感で10年そこそこ。
なお、これでも1ループごとに、皇龍の復活を少しの間待たねばならなかったので、通常の時間では1秒もたっていないという計算になる。
その高密度な時間の中で、自分にとっての経過した時間を数えることやめてなお遥かな時間、同じことを繰り返した果てに、ついにその瞬間は来た。
迷宮突入用のポータルが起動しなくなったのだ。
迷宮からの帰還が義務付けられている時間だ。この時間になると、救助のためにギルドが侵入を依頼した人物以外は入れないように、ポータルに魔術的な封印が施される。
永遠に来ないかと錯覚すらしていたその時間の訪れを認識した俺は、一度職人ギルドに戻ると、ほぼ止まった時間の中で倉庫の中身を漁った。
いつぞや職人の皆さんにハンマーでフルボッコにされたとき以上に倉庫をミチミチに埋め尽くしている作品の中から、体感で数時間、正常な時間ではきっと1ナノ秒にも満たない時間、最高傑作というべき一振りを探し出す。
その一振りは、俺が思っていたより簡単に見つかった。
なにしろ、修行はすればするほど腕が上がっていくし、無造作に倉庫にぶち込み続ければ、新しいものほど出入り口付近に存在することは自明の理なのだ。
俺が拾い上げたのは、刀身が蒼く透き通る、やや小ぶりなロングソード。
装備者の全ての能力を上げ、HPと魔力を自動で回復させる効果をもち、それらすべての性能が今この瞬間の魔剣の2割にも届く、キチガイじみた性能の剣が、幸運にも、三本。
魔剣が無限に成長する力を持っている理不尽の権化でさえなければ、世界最強の剣を名乗ってもいいレベルの変態武器だ。
なにしろ俺と出会ってからでさえ、魔剣の性能は5倍以上に跳ね上がっているのだ。もし今この瞬間まで魔剣が封印されっぱなしだったなら、俺が作ったこの3本の剣は魔剣をも超えていたことになる。
つまり、この剣は魔剣と同じく、仕手を力に溺れさせる危険があるという事にもなるのだが。
ぜひ、《ゾーリンブランド》を打った職人には、これを量産してもらおう。
人に使わせるのは難しいとしても、魔剣に食わせる対象として、あまりにも優秀なのだから。
なお、俺がその剣を成果物として渡すと、
「生きてる間に追いつけるかなぁこれ……」
そんなことを言いながら、《ゾーリンブランド》を打った職人は、頭を抱えた。
だが俺は心配していない。
俺を大きく突き放す才覚を持つ彼ならば、あんなことを言いながらもすぐにあれを越えてくれるに違いない。
他にも有望な職人を二人紹介してもらい、それぞれに剣を渡しておく。
量産体制の実現が叶うのなら、それができる人材は多い方がいいのだ。
俺は明日も同じことができるといいな、などと考えながら、職人ギルドを去ろうとして……。
「倉庫の掃除をして行けゴラァ!」
横から音速で突っ込んできた職人ギルド長にハンマーでフルスイングされた。
痛くはないがHPがもったいないのでやめてほしい。
さすがに、10万年単位での職人修行を積むとかいうインチキをぶちかました俺の作品がそのまま店に並ぶと職人たちが食いっぱぐれてしまうので、倉庫内の俺の作品は全て俺が引き取ることになった。
大半は魔剣の餌だが、出来がいい方から100人分、全身装備を別に取りおきする。
RPGにおける味方強化の手段、その王道はやはり、レベリングと装備更新だ。
職人ギルドを後にして、待ち合わせたわけでもない王城の練兵場でメト率いる部隊員達と合流した俺はまず、メトと手分けしつつ部隊員に作ったばかりの装備を配布した。
封印区画に置いてあった神話の武具よりよほど性能が高いそれらは、きっと明日からの戦いで彼女たちの命を守り、敵を殺す助けとなってくれるだろう。
「メト、明日は4分割での行動ができるところまで育成できたか?」
装備が全員に行き渡ったところで、メトに確認する。
「さっきまでは少し心配でしたけどぉ、用意してくれた装備があれば余裕ですぅ♪」
メトがそんなことを言って笑う。
まあ確かに、多少の能力不足は補える装備ではあったが、メトの育成方針に瑕疵があったとも思えない。
敵があまり出なかったとかだろうか。
それを確認する前に、誰かが感極まったような声をあげた。
「隊長が別行動してた理由が、私たちの装備を工面する為だったなんて……!」
なんか誤解されていた。
あくまでもこの装備配布は、俺がやりたいことをやったついででしかないのだ。
まあ、喜んでくれているところに水を差す理由もないか。
「どうやってあんな超兵器を用意したんですかぁ?」
「作った」
メトは頭を抱えた。
「絶対時間を止めてますぅぅぅぅ!」
叫ぶメトは俺のことをよくわかっていた。
「ああ。皇龍の肉を大量に食えたし、魔導書の処分もできた。ついでに職人ギルドで修行がてら、全員分の武具も用意できた。魔剣の強化もできたし、今日の成果は申し分ない。君のおかげだ。ありがとう」
メトが部隊を預かってくれなければ、今日の成果はなかった。
そのことに関する、素直な感謝が口をついて出る。
「そ、そういうこと言うと、キスしちゃいますよぉ……?」
何故かメトの性欲に火が付いた。
毎晩のように襲われている俺としては、せめて宿に戻るまで我慢してほしいが。
我慢できないというのなら、それもやむなしだ。
「……もう、部隊員は解散させて問題ないな」
念のためメトに確認したうえで、俺は部隊員全員に解散を命じた。
「各自しっかり食事と睡眠をとり、明日の訓練に備えるように!」
俺たちのセンシティブな会話や行為を、整列して指示を待っている最中に目の前で繰り広げられるというのは、元奴隷娼婦という彼女たちの身の上ではあまりにも苦行過ぎると判断したのだ。
事実、解散を許された部隊員は我先にと食堂に向かって走り去っていった。
「俺たちを避けるためだとしても、露骨過ぎないか」
「お腹が空いてたんじゃないですかぁ?」
メトのいう事にも一理ある。
明日以降は、おやつ休憩の時間をとった方がいいかもしれない。
「で、どうする?」
部隊員全員が走り去った後の練兵場で、俺はメトに目を向ける。
「ふぇ?」
「したいんだろう? キス」
何の話か分からないと言いたげに首をかしげるメトに、俺が質問を続けると、メトは俺に飛び掛かってきた。
よほど欲求不満だったらしい。
「取り込み中失礼いたします、フェイト隊長。女王陛下がお呼びです」
メトが欲望に任せて俺の唇を貪ろうとしたまさにその瞬間、俺を呼びに来た兵士に声を掛けられ、メトは冷や汗をだらだらと流しながら硬直した。
「すぐに行く。メト、食事をとって待っていてくれ」
俺は兵士に先導されて、女王のもとに向かった。
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