第78話:勘違いの始まり

 昼食の時間に一度帰還し、王城まで部隊を送り届けて食事休憩を取らせたところで、俺とメトは荷物の整理に入った。

 といっても、膨大な数の《収納魔術鞄》をあけて中身をひっくり返し、それを仕分けるのは速度を跳ね上げた俺の仕事だ。

 メトはそれらを帳簿に記録し、王城の倉庫への納入を数人の番兵に指示している。


 どこでそういう知識を身に着けたのか、少しばかり気になるが。

 ……おおかた、俺のためにギルドからいろいろまとめ買いしていた時なのだろう。


「お疲れ様」


 しばらくして、納品事務を終えたメトに、俺はHPが上がる果物をいくつか差し出す。

 今取れる食事はこの程度の軽食だろう。


 俺も、《あんきも》の燻製を一つ二つ、口に押し込んだだけで食事を終わらせる。


「お疲れ様ですぅ」


 普段より疲れた様子で果物にかぶりつくメト。

 疲れているところ、少し気が引ける話題ではあるが、俺は今後の方針を今のうちに相談しておくことにした。


「彼女たちを、4分割してより広い範囲での制圧が行えるように育てるには、どのくらいかかる?」


「うーん、今日の午後、半分に分けて試して、うまくいけば……明日の朝には4分割して投入して問題ないと思いますぅ」


 メトは頭の中で何かの計算をしながら、俺が思っていたよりはるかに短い日程を答えた。


 それは、願ってもない答えだった。


 もし、それがうまくいけば、移動速度にもよるが、1層あたり1チームを置く形で、現在第12層から第15層に配備されている魔術部隊を迷宮制圧という任務から解放できる。

 そうすれば、女王は予定を3年前倒しにして、魔術部隊を含む連隊で各国の魔物被害に対して武力支援を行えるかもしれないのだ。


 この世界について調べていたときに女王の心痛を垣間見た身として、できればそうしたいという思いはあった。


「そうか。ありがとう。では午後の目標はそこに置く」


 そう伝えて、俺は近くの木陰に腰かけ、メトを招き寄せた。


「少しでも休んでおくといい」


 太ももを軽く叩くと、メトは一瞬、何を言われているのか分からないというような表情で俺を見て、次の瞬間には俺の太ももに頭を預けて横になっていた。


 すさまじい踏み込みの速さだ。目で追えなかった。

 実はメトは、俺より強いのではないだろうか。

 ※愛の力である。


 それにしても、他人の休憩に気を遣い、その手段に自らの膝で休むことを提案するとは、俺も随分と、変わったものだ。


 他人に気を遣う事を厭い、好かれることなど想像もしていなかったというのに、好かれていなければ成立しない形で相手を気遣うなどとは。


(成長か適応か、どっちかしらね)


 からかうような孤独の女神の声。

 きっと、孤独の女神はご存じなのだ。

 いつか、メトもまた、かつて俺を裏切った者たちのように、いつか俺のもとを去ることを。


 俺にとっての唯一の真実は孤独。

 それこそが唯一の安らぎ。唯一の救い。

 だから。


 安らげない、救われていない時間をうまくやり過ごせるようになった程度で、俺の信仰は揺らがない。


 だが。


 その確信とは裏腹に、なぜか俺は、自分がこの時間を失う事を恐れているような気がしていた。


「あら、フェイト君、休憩中?」


 魔が差した、というべきだろう。

 その思考を断ち切ってくれた声に感謝しながら顔を挙げると、どうやら食後の散歩でもしているらしい女王と、護衛と思われる数人の付き人が視界に入った。


「わひゃぁっ! じょ、女王様!?」


 メトが奇声をあげて立ち上がった。

 まあ、昼寝をしようとしていたら国家元首が声をかけてきたという状況を考えれば、その気持ちもわからなくはない。


 俺も立ち上がって一礼する。


「寝ててよかったのに。随分な強行軍してるみたいだし」


 寛大な女王はそう言うが、さすがにその言葉に甘えるわけにもいかない。


「いえっ、そんな恐れ多い……」


 メトの反応にもうなずける。

 いくらなんでも王族を相手に寝たまま応対するというのは、重病で体を起こすことができない場合でもなければ、自分が自分に対して許せないだろう。

 少なくとも、この寛大な女王が相手でなければ不敬罪で斬首確定だ。

 いや、何故か切腹の文化があるこの国なら切腹かもしれない。


「それで、成果はどう?」


 女王の質問に、俺は自然と口角が持ち上がるのを感じた。

 こちらが話したい話題を向こうから振ってくれると、楽でいい。


「明日には、第12層から第15層はうちの部隊を置いておけばいい状態にできる見込みだ。ついては、魔術部隊に関して、今後の運用方針を提案したい」


「言ってみて」


 女王の許しを得て、ついさっき思いついた、魔術部隊の運用構想を説明する。

 といっても、細かな準備や移動ルートなどの具体的なプランは全くない。

 さっき思いついてそこまで完璧に組み上げられたらそれは天才の所業だ。


「魔術部隊を5つに分け、その五倍の歩兵隊とともに各国へ派遣、魔物被害に関する武力支援を行う。主な手段は迷宮の制圧だ」


 結果、俺の発言は、一切の具体性を欠いた、極めてお粗末な方針のみの提示で終わることになる。

 だが。


「フェイト君……あなた……ヴォータンのことをずっと考えてくれていたの?」


 何故か女王は目に涙を浮かべて感激していた。

 俺は、それをチャンスだと思った。


「いや、俺は目の前のことを死に物狂いでやっていただけだ。役に立てたのなら、臣民として至上の誉れだな」


 俺はらしくもない気障な言動をしながら、ハンカチを差し出す。


 一つのメモ用紙と重ねて。


 書いているのは「将軍ラルファスは王位簒奪を目論んでいる。昨晩、俺を神輿にするべく勧誘してきた」という手短な内容。

 女王はその場ですぐに、しかし後方からは見えないように体に寄せた位置でメモ用紙を開いた。


「そう。ありがとう。そこまでの忠義を見せてくれて」


 覗いているかもしれない誰かの目を意識してか、ハンカチで目元をぬぐい、メモ用紙を挟んでハンカチを返してくる女王。


 俺はハンカチを受け取り、ポケットにねじ込む。


「もう一つ提案したいことがある。許可をもらえれば、俺が単独で実施するが」


 ついでに、迷宮に存在するもう一つの問題を女王の耳に入れておくことにする。


「何かしら」


「第21層から第25層に存在する、人間の国家を滅ぼしたい」


 あえて、邪悪な言い方を選んだ。

 救う余地とか、国交での努力とか、そういうことを考えるには、俺はあまりにも、国家という巨大組織を知らなすぎる。


「理由を聞かせて」


 俺の言い回しに対してさえ、そうして確認する女王は、やはり、最初の一言で全てを決めつけるのではなく、その背景を丁寧に確認する理知的な人物だ。


「自らを迷宮国家と名乗るかの国は、1000年前の賢者が、安全に繫栄できるよう工夫を凝らした結果、今や堕落しきった者達の堕落しきった国に成り下がっている。堕落がこの国に伝染することを、俺は恐れている」


 だから、国交上のメリットがないと思われる、とか、きっとあの連中はアスガルドに対し支援を要求する以外何もしないだろう、とか、そういう、俺個人の勝手な決めつけをできるだけ排除して、事実と、俺自身の危惧だけを選んで告げる。


「……この件は私が預かるわ。救えるなら、それに越したことはないもの」


 俺の狙い通り、女王はこの件を引き取ってくれた。


 滅ぼすにせよ、啓蒙するにせよ、少なくとも俺よりはずっとうまくやってくれる。

 そう確信できる程度には、俺は女王の能力を信用していた。


 未だに人格を信頼することは、誰に対してもできないが。

 ※なお、女王は密告による味方アピールの直後に将軍ラルファスが言いそうな過激な進言をされたので実はラルファスの策略なのではと疑い始めている模様。


「分かった。この件についてはこれ以上感知しない」


 俺は女王に全てを託し、また、自分がやるべき目の前のことに向かうことにした。


「ところで、さっきの、各国への支援の話だけど」


 女王は俺に、もう一言だけ言って踵を返した。


「ラルファスを頷かせられる言い訳を考えておいて。私が言ったんじゃ、きっと聞かないから」


 女王のその言葉を、俺は二重スパイを演じきれというものだと理解した。

 ※女王は、どの程度ラルファス好みの提案をしてくるかでラルファスの差し金かどうかを推し量ろうとしている。


「大任だな、これは……」


 俺は空を見上げて嘆息した。

 腹芸だの駆け引きだのというのは、実に苦手だ。

 それをやりきれというのだから、はっきり言って無茶ぶりである。


「……やるしかないか」


「そうですね、まずは午後の稼ぎから、ですよ、フェイト! 部隊を分けたら、片方の引率はお願いしますね。部隊を置き去りにして一人で行動しちゃいやですよ?」


 メトの言葉は、話題がずれていたものの、確かな事実であった。

 早速部隊を二つに分けるからには、片方は俺が指揮しなければならない。


 それを先回りして伝えてくるメトはいよいよ、俺以上に部隊長をやれていると言っていいのではないだろうか。

 むしろ最初の挨拶以外なんにもやってないし。

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