第77話:才覚の違い

 第2層から第5層まで、同じことを繰り返してボス部屋に向かうと、部隊員の後ろから、同じくらいの人数の冒険者がついてきていた。


 どうやら、《魔の吹き溜まり》での稼ぎからあぶれた人数がこれらしい。

 闘技場化の、短絡的には弊害であると同時に、少なくともギルドマスターにとってはメリットである狩場の縮小(濃縮と言った方がいいかもしれない)は、予定通りの影響を与えていると見ていいだろう。


 そんなことを考えながら辿り着いた第5層のボス部屋は、通るのにやや長めの時間を要した。

 部屋の入り口で数人が高速で反復横跳びをしているせいで、一列にならなければ通れなかったのだ。

 およそ200人(ついてきた冒険者含む)が一列になって移動するための行列の長さは、行進訓練を普段からやっている軍隊でもなければ相当に長いものになる。


 相変わらず《風刃の杖》で出オチし続けている漆黒の剣士に若干同情しながらボス部屋を抜けてすぐ、はぐれたものがいないことの確認のために一度点呼を取り、さらに進もうとすると巨大カマキリが襲ってきたため、ここで一度戦闘訓練を行うことにした。


 どうやら、このエリアは現在巨大カマキリの危険性から冒険者が寄り付かない状態になっているらしい。


「《虚空斬波》と《エンド・オブ・センチュリー》を撃って下さい!」


 俺がぼんやりと考えている間にメトが指示を飛ばし、反応できた20人ほどが、与えた攻撃手段で巨大カマキリに集中攻撃を加えた。

 それは十分に、巨大カマキリを粉砕して余りある火力。


「全員は指示に反応できんか」


 俺は苦笑した。

 全員が攻撃できれば、64人による集中砲火となる。はっきり言ってオーバーキルにもほどがあるわけだが、実際の火力はその三分の一。

 殺しきれるギリギリを狙って、《虚空斬波》だけ撃て、などと命令していたら一人二人の首がカマキリの鎌によって飛んでいたかもしれない。

 メトに任せて正解だった。

 効率厨の俺は、他人が思い通りに動かないことを計算に入れるのが苦手なのだ。


「《エンド・オブ・センチュリー》を使用した人は《加護転換》を発動、聖術師はHPが減っている人に回復魔術を使用して体勢を立て直してください」


 部隊員は苦しそうな表情を浮かべながら《加護転換》を使ったり、近くの者に回復魔術を使ったりして、少しの間足を止める。


 それが一通り終わったあたりで、メトは部隊員を振り返って告げた。


「これが私たちの基本戦術です。あと、経験値量からいくと、今の戦闘で盗賊の《敵感知》スキルを習得しているはずです。敵が来たら指示を待たずに攻撃して構いません。100人も後ろにいたら、後ろの敵は分からないかもしれないので」


 経験値量の計算ができて、後ろから敵が来た場合を想定して攻撃許可をあらかじめ出しておくところまで気配りができるメトに、俺は指揮官としての才覚の違いを思い知った。


 俺は単独で強くなっていくことはできるが、メトのように、集団を強くしていくことはできない。

 せいぜい、俺のやり方を誰かに共有するのが限界だ。


 いずれは、この部隊を完全にメトに任せて、俺はソロプレイヤーに戻ったほうがいいのだろう。

 それが適材適所というものだ。



 第6層から第10層の《魔の吹き溜まり》を全て闘技場化し、第10層のボス部屋に行くと、そこは第5層のボス部屋と同じ、むしろもっとひどい状況になっていた。


 入口で数人が高速で反復横跳びしていることは変わらない。

 違うのは、ボスの撃破手段だ。


 第5層では、数人が《風刃の杖》をかざすことで《ハーケンカリバー》を発動し、ボスの首を刎ねていたが、ここでは、簡素な固定台で召喚陣を捉えるように下向きに固定された《バスターランス》のパイルバンカー機能のスイッチを入れ、リロード動作をする作業の担当者が一名張り付いているのみ。


 そのうち全自動化されるのではないか、という不安すらある光景だ。


 なんにせよ、もはやここのボスは人類の脅威足りえない。

 とっとと先に行こう。


 俺は部隊を一列に整列させてボス部屋を抜けた。



 第11層についた俺は、メトに部隊を任せて、狩りにいそしんでいる冒険者達のもとに走った。

 第1層から第5層の狩場からあぶれた冒険者だけで巨大カマキリの対処は難しい。

 多重合成された《紅蓮の剣》をもってしても、殲滅力が足りないだろう。

 それならば、第11層で狩場を奪い合っている者達をいくらか連れてきた方がいいだろうと考えたのだ。


 幸い、場所の奪い合いに辟易していたらしく、《水中呼吸の指輪》を持たない冒険者が100人以上、元からついてきた数と合わせれば200人以上の冒険者が第6層から第10層に向かってくれたので、俺の用件はすぐに済んだ。


 ついでに、安全性を高めるため、ここでも《魔の吹き溜まり》を一か所に集めて闘技場化しておく。

 狩場の奪い合いは激化するだろうが、まあとっとと《水中呼吸の指輪》を手に入れて第12層以降に突入してもらうことに期待しよう。


「おかえりなさい。何してたんですかぁ?」


 わずか数分で戻った俺に、メトが尋ねてくる。


「冒険者に、第6層から第10層までの狩場を整理して効率を上げたことを喧伝してきた。ここは狩場の奪い合いが激しいからな」


 答えると、メトは少し目を見開き。


「かなわないですねぇ」


 そう言って苦笑した。

 メトは俺の何かが自分より優れていると思っているらしい。

 だが、その項目が何なのかは分からない。

 なんとなく過大評価のような気もするが、あまり気にしないことにしよう。


「これを配ってくれ」


 無駄な思考を打ち切った俺はメトに《水中呼吸の指輪》を100個渡した。

 何度も同じ過ちを繰り返すほど、俺はおろかではないのだ。


「さて、あらかじめ宣言しておく。第12層は水中だ。上からも魔物が襲ってくる。全方位からくる敵と戦い続ける死地というわけだ。しかし、君たちが絶え間なく攻撃を続ければ、近付くことすら許さずに殲滅し、経験値とドロップ品を荒稼ぎすることが可能となる。君たちの奮戦に期待する」


 俺はそれだけ言って、第12層に飛べるポータルに飛び込んだ。



 すぐに俺を追ってきたメトを含む部隊員は、第12層のコミケ会場っぷりに圧倒されているようだった。

 だが、呆けている暇はない。


「メト、攻撃命令を」


 戦闘指揮を任せると宣言した手前、俺が攻撃命令を出すわけにもいかないのでメトに指示を出す。


「皆さん! 攻撃を開始してください! 魔物はあらゆる方向から襲ってきます! 常に《敵感知》スキルと自分の視界の両方を気にかけてください!」


 メトの指示は、端的な動作の命令と注意事項、その対処法の指示がまとまっていて、少なくとも俺の目線からは被の打ちどころがないものだった。が。


「そ、そんないっぺんに言われても……」


 数人の部隊員は状況についていくのが精いっぱいだったようだ。


「余裕がない者はとにかく近くの敵に攻撃しろ! もし余裕がある者は、撃ち漏らしを警戒しろ!」


 そういう者向けに、指示を少し修正し、そのまま、魔物の圧が最も高い位置まで移動する。


 直前まで魔術部隊が爆撃しまくっていたこのエリアだが、俺たちと入れ替わりになるように撤退していった。

 おそらく、俺の行動を先読みした女王が、俺たちのために場所をあけるよう指示しておいてくれたのだろう。

 感謝せねば。


 数分の間は、時折、危険な距離まで迫った敵を俺が殺す必要もあったが、慣れてきたのか、そのうち俺の補助も必要なくなっていった。

 レベルアップによる能力上昇による精神的な余裕もあるのかもしれない。


「聖術師は回復魔術のほか、アイテムの使用も絶え間なく行ってください!」


 適宜、受け手に余裕があると判断したタイミングでメトが追加の助言もしているので、いよいよ俺がやれることはなくなっている。


 午後は、皇龍に会いに行っても問題ないだろうか。

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