第76話:初陣

 集まった部隊員の前で立ち上がった俺は、しかし列の後方までは顔が見えないことを認識し、早速、《重力制御》で自分の体を浮かせた。

 俺の身長はあまり高くない、というか、男としては少し低い。

 数十センチ体を浮かせ、学校であれば屋外の全校集会で校長先生が朝礼台に登ったときのような立ち位置で部隊員を見下ろした。


「朝食の時間を邪魔した挙句、急いで集まってもらったにも拘らず、失礼した。全員が見えるよう高い位置に移動しておいて言う台詞でもないが、まずは詫びる」


 俺は全員が見える高さを維持したまま一礼した。


「さて、俺は今後、君たちの一応の上官となるフェイトだ。君たちの育成について、女王に一任されている。この点について、認識が違うものは挙手してくれ」


 誰も挙手しないことを確認し、俺は続ける。


「認識にずれがないことが確認できた。君たちの育成方針について説明する。なお、100人同時に発言されても聞き取れないので、質問がある場合はまず無言で右手を挙げてくれ。その後、俺の指名を受けたもののみ発言を許可する」


 上官らしい偉ぶった態度なんざやったことはないが、これでいいのだろうか。

 うまく行っていることを祈るばかりだ。


「まず、君たちの中で、苦痛耐性に自信がある者、具体的にはHPが一瞬で3割消し飛ぶくらいならなんとか耐えられる者は左手を挙げてくれ」


 女たちにどよめきが走った。


「静かに! 苦痛耐性に自身がある者は左手、質問がある者は右手を挙げてくれ! 発言は指名後のみ許可する!」


 一喝し、少し待つと、全員が右手を挙げた。


「全員か。では、最前列の、俺から見て右端の君、質問を許可する」


「HP3割が一瞬って、私達に何をさせるつもりなんですか?」


 他の女たちも同じことが聞きたかったのか、首を縦に振っている。


「見せたほうが早いな。……魔剣、自動回復を一時的に止めろ」


『はい、マスター』


 魔剣によるHPと魔力の回復が止まったのを確認し、俺は空に手をかざした。


「《エンド・オブ・センチュリー》!」


 雲を引き裂く魔力の大爆発と同時に、俺の魔力がすっからかんになる。


「《加護転換》!」


 即座に俺は、《加護転換》で魔力を完全回復させた。

 無論、代償にHPは3割消し飛んだわけだが。


 目的を達したと判断した魔剣により、自動回復が再起動する。


「君たちにも同じことができる。無論、これが苦痛だという事は理解している。無理強いはしない。そのための苦痛耐性の確認だ。納得いかない者は右手を挙げてくれ。追加の質問のためにまた指名する」


 今度は、一人だけ右手を上げた。


「今、唯一挙手している、俺から見て左後方の君、質問を許可する」


「同じことがやれたら、うちらもダンナみたいに強くなれるのさ?」


 向上心旺盛な質問に、俺はこみ上げる歓喜を押さえつけて返答する。

 ※何かを企んでいる邪悪な笑顔にしか見えない模様。


「そうだな、俺はこれ以外にもいろいろと努力しているので、これだけで俺に並ぶのは難しいだろう。だが、別の方法で《エンド・オブ・センチュリー》を連射する方法を手に入れている王宮の魔術部隊と並ぶことができる。俺がしている他の努力をするための足掛かりにもできるだろう」


 俺の答えを受けて、その女は左手を挙げた。

 耐性はともかく、苦痛を受け入れてでも強くなりたい、といったところか。


「他に質問がある者は……いないようだな」


 10人ほどが左手を挙げているだけの状態を見て、俺は左手を真横に伸ばした。


「今左手を挙げている者は列から外れて、俺から見て左に再整列してくれ。後で魔導書を支給する」


 再整列した者を数えると、総勢16名。


 さて、思ったより《エンド・オブ・センチュリー》を連射できそうな者が多かったのは僥倖だが、後の約90人はどうしたものか。


「残る者のうち、HP3割は無理でも《虚空斬波》なら我慢できる者は何名いる? やれる自信がある者は左手を挙げてくれ」


 今度は、50人ほどが挙手した。

 やはり、男に乱暴される仕事に比べれば《虚空斬波》程度はかわいいものなのか。


「今挙手している者は右に再整列してくれ。別途指示を出す」


 再整列した者を数えると、総勢48名。

 残る36名をどう運用するかだが、ひとまずは、主戦力64名の荷物持ちでもやってもらおう。


「方針は決まった。メト、全員に魔導書の配布を頼む」


 俺が浮遊を解いて着地すると、メトはすぐに俺の意を汲んで収納魔術の魔導書を全ての部隊員に配り始めた。収納魔術の魔導書、と言い忘れていたのに。

 俺は《エンド・オブ・センチュリー》と《加護転換》の魔導書を16冊ずつ持って、左の16名に配る。

 配り終えたところで、俺はもう一度浮遊した。


「当面、第12層で稼ぐ。《エンド・オブ・センチュリー》と《虚空斬波》のどちらも使用できない者は、これから配布する《収納魔術鞄》を全身にくくりつけて、他の者の収納魔術が埋まり切らないように全力を尽くせ。現状、これが君たち全員を最も手っ取り早く育成する方法となる。現地までは俺が引率する。全員、遅れずについてくるように」


 俺は広げていた魔導書を全て収納魔術に格納し直し、練兵場を後にした。



 100人の女性兵士を伴って冒険者ギルドを訪れた俺は、《エンド・オブ・センチュリー》使用者の職業を盗賊/錬金術師、《虚空斬波》使用者の職業を盗賊/剣士、どちらも使用しない者の職業を盗賊/聖術師に変更する手続きを窓口の職員に依頼し、そのままギルドマスターのもとに向かった。


「やあ、ダンジョン・ディガー。今は騎士様って呼んだ方がいいかな?」


 通された部屋で、ギルドマスターは煙管をくゆらせながら開口一番、そんなことを聞いてきた。

 アイスブレイクという奴だろう。この世界でそういう呼び方をするかは不明だが。


「なんでもいい。それより、相談したいことがある」


 あいにく、俺はアイスブレイクは苦手なので、そこはすっ飛ばして本題に入る。


「何かしら」


「《魔の吹き溜まり》を、各層1か所に集めたい。その方法は手元にある」


 俺は《エメラちゃん謹製☆闘技場の作り方♡》の魔導書を取り出した。

 タイトルをマジでなんとかしてほしいが、仕方ない。


 ギルドマスターは少し思案する様子を見せ、煙管を口から離して訊ねてきた。


「狩りの効率が上がる代わりに、狩場が減る感じ?」


 俺は首肯した。

 それを見たギルドマスターはまた少し思案し、やがてぽんと手を打った。


「都合がいいからって狩場にとどまってる奴らにはいい薬になるか。好きにしな」


「感謝する」


 俺は一礼して、ギルドマスターの部屋を出た。


「流れ者の冒険者にここまでいろいろしてもらってるのに、こっちがしてやれることはろくにない……情けないねぇ……」


 ギルドマスターの悔しそうな言葉は聞こえなかったことにしておこう。

 向こうも、聞かれているとは思っていないだろうから。



 全員の職業変更が終わったところで、俺たちは第1層に突入した。

 久々に見る第1層だが、相変わらず、そこにあるのは、ゴブリンのような下級の魔物を、《紅蓮の剣》を持った新米冒険者が虐殺してレベルを稼いでいる光景。


「あの、フェイト、この職業構成は、やっぱりそういう事ですよね」


「ああ。最大の攻撃力と無制限の回復力を持たせる」


 メトと雑談をしながら、そういえば、この部隊のことはメトに一任するつもりだったことを思いだした。


「早速、戦闘指揮を任せていいか」


「任されましたぁ!」


 快諾してくれたメトに頷き返し、俺は《エメラちゃん謹製☆闘技場の作り方♡》の魔導書の魔導書を開いて内容を頭に叩き込んだ。

 灰になった魔導書を踏みつぶしながら、俺は《エメラちゃん謹製☆闘技場の作り方♡》の魔術を発動する。


 魔術名称が本当にこれなのはちょっとどうにかならないだろうか。


 それは第1層の《魔の吹き溜まり》全てを俺の足元に集め、地形を一部変化させて、闘技場のようなすり鉢状の空間を作り出した。


「よし、次に行こう」


 《魔の吹き溜まり》の移動を追って集まってきた冒険者に移動を阻害される前に、俺は部隊員を連れて第2層に向かった。

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