第75話:賢者の叡智
メトとともに王城に向かうと、既に周知されていたのか、すぐに俺たちは練兵場に案内された。
「部隊員をすぐに招集いたします。しばらくお待ちください」
「いや、少し待ってくれ」
立ち去ろうとする兵士を、俺は呼び止めた。
「はっ!」
兵士は何とも折り目正しい応答をしながら足を止め、こちらを振り返る。
「今の時間帯、部隊員は何をしている?」
普段より早く目が覚めて、本来なら非常識な時間に訪問しているのは俺のほうだ。
これで、寝ているところを叩き起こすようなことをされれば、部隊員の心象は最悪になるに違いない。
配慮の必要性について、さんざん、と表現すべきレベルで宮廷魔術師ジーナに説教された後では、さすがの俺も多少は気にするというものだ。
「ちょうど朝食の時間です」
危ないところだった。
知らんやつがある日急に上司になって、顔合わせ如きのために食事を邪魔されたら、俺ならブチギレる。
「そうか。なら、通常通り、ゆっくり食事をとらせてやってくれ。食事と睡眠は大切だ。こちらを気遣う必要はない」
幸い、俺には暇つぶしの手段が無限に近いほどにある。
「はっ! それでは食事時間の終了後、招集をかけます!」
敬礼して去っていく兵士を見送り、俺は収納魔術に手を突っ込んだ。
「メト、少し手伝ってほしい」
「はい~!」
何を頼むかを言う前に既に了承してくれるメト。
少しは疑ってくれてもいいのだが。
「迷宮国家で集めた魔導書の仕分けをする。よく見るものと見慣れないものを分けてくれ。細かい分類はこちらでやる」
俺は大量の収納魔術鞄を一つずつ開け始めた。
「任されましたぁ~!」
メトも鞄から多くの書物を取り出して、1冊ずつ仕分け始める。
雑に家5軒を埋め尽くすほどの量の書物だ。
朝食の時間がよほど長くなければ、これだけでも暇つぶしには十分だろう。
そう言えば、と、俺たちも朝食をとっていなかったことを思いだした俺は、収納魔術から能力が上がる果物を取り出した。
「HPが上がる果物をまとめてある。作業中につまむといい」
無論メトには、味が最もよく、俺にとっては不要かつ俺以外にとっては最重要能力であるHPが上がるいつもの果物を取り分けて渡す。
収納魔術内の整理時にHPが上がる果物だけ別に取っておくのが当たり前になる程度には、俺も誰かが隣にいることが当たり前になってしまったらしい。
(人は適応する生き物だものね。疲れたら私のところに帰ってきなさい)
孤独の女神の微笑みは、いつも俺に気力をくれる。
魔導書の仕分けが終わり、俺もメトも満腹になるまで能力が上がる果物を腹に詰め込んだところで、次はそれぞれの魔導書の用途の検討に入ることになるわけだが。
「とりあえず、普通の魔術やスキルは俺が暇つぶしに使うとしても……」
いかんせん、量が多すぎる。
無論、数千年の暇つぶしが可能な俺が使う分にはいいのだが、俺以外に使わせた方が有用なスキルというのもこの世界には存在するわけで。
「メト、HPに補正がかかるスキルの魔導書を全部読めと言ったら、何か月かかる?」
ごく一部の魔導書(それでも俺の身長以上の高さに積みあがっている)を指さし、メトに確認してみる。
「結構ありますけど……迷宮に行かないなら3日で読んで見せます」
一日の間で起きている時間が16時間あるとして、その全てを読書に当てたとしても、だいたい48時間で読破可能ということか。
一日に2時間くらいは魔導書を読むのに使える、いわゆる隙間時間がある俺たちの生活を前提とするならば、24日かければ消化可能な量ということになる。
「分かった。その時間配分なら、1か月くらいかけて構わないので読んでおいてくれ。迷宮にはこれからも行く。支障になるような雑多な用事が多ければ俺を使ってくれても構わない」
とりあえず、HPが上がるスキルの魔導書は全部メトの収納魔術に流し込む。
なんかそろそろメトはそこらの術師が放つ程度の《エンド・オブ・センチュリー》一発くらいなら耐えられそうな気がするが、やはり向上心を忘れてはいけない。
※なお、実際には通常の術師ごときが使用する《エンド・オブ・センチュリー》なら確定で10発耐えられる模様。ただしフェイトはメトのHP以上に魔力量が上がりすぎているのでやっぱりオーバーキル。
《エンド・オブ・センチュリー》のことを考えたことで思い出したが、《加護転換》と《エンド・オブ・センチュリー》の魔導書の処分の問題もあった。
「《加護転換》と《エンド・オブ・センチュリー》の魔導書は……苦痛耐性がある人物を探して読ませるしかないな……」
などといつも思っているのだが、結局、その『苦痛耐性がある人物』が全く見つからずに魔導書だけが溜まり続けているのが現状だ。
しかも、これらのスキルには熟練度の概念がないので俺が読んでも意味がないし、売ろうにもどっちも自殺用スキル扱いされていて買取拒否される始末。
『こういうクズスキルもあるよ』という資料として王立図書館に数冊が保管されているのみで、普通は焚火の火付けに使われるそうだ。
《エンド・オブ・センチュリー》だけならまだ、《デモンズカプセル》をもう一度量産できればなんとかなるのだが、王都襲撃の一件以来魔族に会えたためしがないので諦めるしかない。
「収納魔術はどうします?」
メトが指さしている、同じく熟練度の概念がない収納魔術の魔導書については、出口問題はまだましだ。
「とりあえず今日会う部隊員に読ませる。余った分は商人ギルドに納入で」
なにしろ、軍用を想定すれば補給の頻度を大幅に下げ、兵站の難易度を大幅に下げることができ、民間でも食料などの保存に有用で、冒険者についても戦利品の回収量を大幅に増やせる、誰が使っても必ず絶大な利益がある、この世界きってのチートスキルなのだ。
商人ギルドでの買取価格もこれが一番高い。
とりあえずは見たことのある魔導書の取り扱いについては決まったところで、最後に残った少しの魔導書、まだ見たことがないスキルの魔導書に目をやる。
どうやら全部、賢者エメラの直筆の魔導書らしいが。
「見たことがないスキルはこのあたりか……《連鎖魔術》に《重力制御》、《支配》、《加速》、《召喚》それに……《エメラちゃん謹製☆闘技場の作り方♡》……」
俺は頭を抱えた。
最後のは明らかに黒歴史過ぎる。
闘技場を作ったころの賢者エメラは魔法少女かなんかだったのだろうか。
それはさておき、各スキルの効果は以下の通り。
《連鎖魔術》は、《ライトニングブラスト》のような射撃めいた魔術を発動することで、着弾した際、周辺の敵に魔術が《連鎖魔術》の熟練度ぶん再射撃されるというもの。
これで魔剣に食わせまくった魔術発動武器を《マルチユーズ》すればどうなるか、実に楽しみである。
《重力制御》は文字通り。熟練度はない。
賢者エメラが作成した、魔術の原点たる神の権能にかなり近いものらしく、重力制御でどのようなことをやるかを術者自身が定義し、術式を組み立てなければ《飛翔》スキルの下位互換になりかねない点は厄介だが、逆に言えば拡張性に優れる。
《支配》は、相手の魔力による抵抗を抜ければ、一時的に相手の行動を制御できるという悪辣極まるもの。熟練度は魔力抵抗突破性能の向上。
これは外には出せない。
例えば将軍ラルファスの魔力が女王を凌駕していたら、この国はたぶん終わる。
《加速》も文字通り。
使用すれば熟練度に応じた倍率での速度上昇があるようだ。
《流星の腕輪》の起動と併せて使用すれば、さらに作業効率を上げられるだろう。
《召喚》は、術者の戦力と熟練度に応じた魔物を召喚できるらしいが。
魔物は言う事を聞かないらしい。
レベリング用スキルだな、これは。
最後のは、あえて言うまい。
とりあえず第6層から第10層の農場を救う手立てにはなりそうだ、とだけ。
「フェイト、フェイト」
魔導書を読み終えた俺の肩を、メトがぺちぺちと叩いていた。
「どうした」
「もう皆さん集まってますよぉ」
俺は顔を上げ、座り込んで魔導書を読んでいる俺の前に、ビシィ!みたいな効果音が似合う統制の取れた隊列を保って直立している100人の女性を認識し。
内心、冷や汗をかきながら、余裕ぶった態度で立ち上がった。
さて、頼りになる上司を演じることが、俺にできるだろうか。
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