第73話:気遣いの才能ゼロ
俺を神霊憑依教に勧誘することに失敗し、さながら推し作品の布教に失敗した腐女子のように残念がる王女アストレアを王城に置いてギルドに戻った俺は、まだまだにぎわっている酒場の片隅にメト達の姿を認めて合流した。
「おかえりなさい、フェイト。叙勲式はどうでした?」
膝枕の状態で眠っている迷宮国家の少女の頭を撫でながら聞いてくるメト。
「問題なく終わった。明日は朝から部隊との顔合わせがあるらしい」
俺は明日の予定を加えて回答する。
こうして話していると、本当にただ一人の冒険者ではなく、100人を預かる責任ある立場になってしまったのだと実感する。
「そういえば、部隊を預かるとかでしたね。何人くらいの部隊なんですかぁ?」
俺の胃痛を知ってか知らずか、メトは部隊の人数を確認してくる。
副官にすると言っていた手前、今の今まで人数を伝え損ねていたのは明らかに俺のミスであると認めざるを得ない。
「100人ほどだと聞いている」
俺は《あんきも》の料理と、果物の盛り合わせをハンドサインでウェイトレスに注文しつつ一言で答えた。
いつも不人気メニューであるそれらしか頼まないので、ウェイトレスも俺の顔は覚えているようだ。
※顔を覚えられている理由はそれだけではない。
「ぶっふぇ!?」
なぜかシャルがすすっていた麺類を噴く。
そんなに驚くことだろうか。
「ひゃくにんってことは……ひゃくにんってことですね!」
メトもたいがい錯乱していた。
おめめぐるぐる状態で支離滅裂なことを言い出すメトには、軽くデコピンを叩きこんでおく。
「えぅぅ……」
メトは涙目になって額を押さえた。
とりあえずこれで冷静さを取り戻してくれることを祈るばかりだ。
なお、どんなに手加減してもメト以外にやるとたぶん頭がフレッシュトマトになる威力であるため、こんなことができるのはメトだけである。
「荷が勝ちすぎるとは、俺も思っている」
早速届けられた果物の盛り合わせを頬張りながら、俺は天井を見上げた。
本日二度目の夕食だが、合間に軽い運動を挟んでいるし、何より一度目の夕食は、同席する相手が悪すぎて全く楽しめなかった。
今も決して気分がいいわけではないが、胸糞悪い相手との食事よりはいくばくかましである。
「大丈夫、フェイトきゅんならきっとできますよ!」
聖術師カノンが励ましてくるが、なんとも無根拠でいまいち信用できない。
というか、俺はどうやら聖術師カノンのことが苦手らしい。
「手伝える、ことが、あったら、言って、ね?」
まだ、こういうことを言ってくれる魔術師アリサの方が好感が持てる。
「恩に着る」
とりあえず、HPが上がる果物を渡しておく。
《加護転換》を連射することはなくなったので別にこだわる必要はないのだが、何となく今でもこれだけは食べる気になれないのだ。
幸い、HPが上がる果物はとても美味らしいので、渡すと喜ばれることが多い。
俺にとっては便利なわいろ用アイテムである。
「フェイト様、このタイミングでの100人ほどの新設部隊というと、まさか」
「ああ。保護された元奴隷娼婦だそうだ」
訊ねてきた王女アストレアは、俺の答えに頭を抱えた。
「何と何をどう結び付けて乾坤一擲の理論転換をぶちかましたらフェイト様が100人のトラウマ持ち女性を任せるのに適任な男になるんですかお母様……ッ!」
散々な言われようだが、まあ、言わんとすることはわかるしなんなら同意する。
「一応確認しておきますが、部隊運用方針は」
方針などと言われても、なんの戦闘技能もない女性に即戦力たることを期待するのはあまりに無理がありすぎる。
それを押して考えるなら、娼婦という職業柄、苦痛への耐性があることを期待して《加護転換》の使用を軸にするくらいか。
「《エンド・オブ・センチュリー》と《加護転換》を覚えさせて第12層に投入」
結局、方針も何もあったものではないのが現実だ。
「安易に《加護転換》を人に使わすなぁ!」
急に、後ろからハリセンが飛んできた。
「あ、姉上……」
聖術師カノンがどこか怯えた声で言った通り、そこにいたのは聖術師カノンの姉、宮廷魔術師ジーナであった。
「そうか。君ならどうする?」
ジーナは少し言動が愉快ではあるが、聡明な人物であることは確かだ。
彼女の意見を仰ぐのは、利益になるだろう。
「まず、100人ひとりひとりの話をじっくり聞いてだな」
「却下する」
「何故ぇっ!?」
「対話は俺が最も苦手とする分野だ。確実に失敗する」
一瞬でも宮廷魔術師ジーナに期待した俺が馬鹿だった。
宮廷魔術師をやれるようなコミュ強に俺のようなコミュ障の苦しみが分かるなどと、なぜ俺は期待したのだろう。
なんとも度し難いミスである。
「じゃあ、これだけ。今回お前んとこに配属される100人は、種類は問わず武器の扱いで合格点出したやつだけだから、いきなり魔術で戦えって言われたら反発するぞ」
なるほど。
元娼婦にしては、というレベルに過ぎないにしても、武器の扱いに長けている者を選りすぐっている以上、確かに今から魔術戦闘でいけとは言いづらいか。
そういう事情に配慮するのは、苦手分野である。
「メト、君ならどうする」
困ったときは人に頼るに限る。
孤独に生きることを許されないのなら、このくらいはしなければ割が合わない。
「全員剣士/聖術師にして《虚空斬波》連射はどうです?」
最高の案だった。
「それで行こう」
「なんでお姉ちゃんまでそっち側に染まりきってるのだわ!?」
シャルが錯乱しだした。
「落ち着けシャル。変な口癖が出てるぞ」
なだめることを試みるが。
「落ち着いていられるわけがないのだわ!」
どうやら、宥めた程度で落ち着ける状態でもないらしい。
「君たちも同意見か?」
俺はメト以外の面々に視線を巡らせる。
王女レイアは無表情で目をそらし。
魔術師アリサは手でバッテンを作り。
聖術師カノンはあわあわと視線を泳がせ。
宮廷魔術師ジーナはハリセンを振りかぶった。
どうやら、欠点を指摘することにも一定程度気を遣うレベルらしい。
俺は宮廷魔術師ジーナのハリセンクラッシュを甘んじて受けた。
「さーてここで問題です! 同意してない人間を奴隷にするにはどうすればいいでしょうか? 10秒以内に答えてね!」
唐突なクイズコーナーが始まったので、とりあえず乗っておく。
「HPをゼロにして《支配の首輪》をはめる」
俺は挙手して小学生のように答えた。
「正解!」
ウインクしながら指パッチンしつつ俺を指さした宮廷魔術師ジーナは、そのまま咳払い一つして、額が接触するレベルの至近距離で俺の顔を覗き込み、説明した。
「HPがなくなったらどうなるかを思い知ってるのが奴隷で、その中でも、本来女にとって一番幸せであるべき経験を不幸な形で塗りつぶされてるのが奴隷娼婦だ。そんな子たちに、自らHPを減らせと命じることがどれだけ残虐非道なことかは、分かってもらえると期待していいよな?」
俺はその説明を確かに理解した。
そして、将軍ラルファスに騎兵隊をもらいに行きたくなった。
そこまで面倒な話なら引き受けるんじゃなかった、と、今更過ぎる、激烈な後悔が俺を襲う。
「どうせ俺は情け無用の残虐ファイトしかできない男だ」
「それもそうだな。そりゃ仕方ない……って、んなわけあるかぁ!」
スパーン! と、ハリセンのいい音が響いた。
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