第58話:背負う責務、新たな力

 第10層までの農作業従事者の避難を全て終えると、宮廷魔術師ジーナは俺を連れたまま城に戻り、状況を女王に報告した。

 普段ならば謁見の間を使うところだが、今回は執務室。


「……以上が、第6層から第10層の現状です」


 話し終えた宮廷魔術師ジーナから目を離した女王は、俺に目を向けた。


「今回の件は私の責任よ。変に思い詰めないでね」


 女王の言葉は、本件に関する一切から俺を免責するというものだった。


 ふざけるな、と叫びかける衝動を意志の力で抑え込む。

 俺がドラゴン肉を大量に食い、魔導書の灰を大量にまき散らしたことが、灰と排泄物を畑に使うこの国の文化とあいまって今回の事態を招いたのだ。

 さらに言えば、第6層から第10層を農業プラントとして活用する案さえも、俺の進言によるものなのだ。

 信賞必罰の観点からは、俺は罰されてしかるべきだと、俺の魂が叫んでいる。


 それでも。


「……それが女王の決定ならば」


 それでも、俺は臣民であり女王は君主である。

 その決定を不服とするならば、俺は国を出るほかない。


 煩悶する俺に思うところがあったのか、女王は一度ため息をついて続けた。


「……どうしても自分のせいだと思ってしまうなら、こう考えなさい。私はフェイト君に汚名返上の機会を与えたの。これからも頑張りなさい」


 要するに、俺を罰するより自由にさせたほうが利益になると判断したという事か。


「配慮に感謝する」


 こういう時、当たり前の敬語すら使えないドラゴンの呪いは少しばかり恨めしい。


 歯噛みする俺をよそに、女王は宮廷魔術師ジーナに目を向けた。


「ジーナ、例の件はもう話してる?」


 女王に水を向けられた宮廷魔術師ジーナは、静かに首を横に振る。


「申し訳ございません」


「いいわ。明らかにそれどころではなかったようだから」


 宮廷魔術師ジーナにそう言うと、女王は俺に顔を向けた。


「フェイト君、100人ほどの部隊を率いるつもりはないかしら」


 なんとも唐突な話であった。


「説明を求める」


 女王が何のつもりでそう口にしたのかをまずは知らねばならない。


「食糧事情がある程度落ち着いてきたから、積極的に子供を産むように国策としても推し進める予定なの。そうなると、別の問題が発生する」


 俺の問いに応え、女王はゆっくりと話し始めた。


「娼館に《淫紋》を刻まれた、子供を産めない女性はどうなるのか。……摘発できた範囲でも、100人はそういう女性が保護されている。これからも増えるでしょうね」


 だいたいの事情は分かった。

 国策として出産を推し進めるのであれば、《淫紋》を刻まれた者達はそういう行為の対象から外されていくことになる。

 メトのように幼い頃に身売りし、手に職をつけられないまま娼婦として生きてきた者達が娼婦として稼ぐことすらできなくなるのなら、社会復帰の支援は並行して行われるべきだろう。


「そのような者達を預かれと?」


「ええ。フェイト君は既に、淫紋を刻まれた元娼婦を二人育てた実績がある。それを見込んで、フェイト君に託したい」


 女王の言う事は分かった。

 確かにメトもシャルも、冒険者としての駆け出しの時期は俺が育てたと言っていいだろう。

 だが、100人も育てろと言われれば話は変わってくる。

 100人に細かく目配りしてきめ細かな指導ができるようなガラではないのだ。


「一晩考えさせてほしい。それを背負う責任が軽くないことだけは俺にもわかる」


 俺の回答に、女王は微笑んだ。


「責任の重さを分かっているならきっと大丈夫。いい返事を期待しているわね」


 女王の言葉を受けた後、俺は執務室を後にした。



 女王の執務室を出た俺は、そのまま宮廷魔術師ジーナの私室に招かれた。

 目的は宮廷魔術師ジーナが使った、錬金術の応用だという武器生成の魔術。


「ほれ、これ読んでみ」


 差し出されたのは宮廷魔術師ジーナ直筆の《インスタンス・ウェポン》の魔導書。

 俺はそれを受け取り、目を通した。

 魔術としての理論は比較的シンプルであり、習得はすぐにできたのか短時間で灰になった魔導書から目を離し、能力を可視化する魔術に目を通す。


 魔導書でしか習得できないスキルなら《加護転換》や《エンド・オブ・センチュリー》のような奥義スキル扱いかと思ったがそこには記載がない。

 では錬金術師のスキルかとおもったが、そこにもない。


「……奥義スキルや錬金術師のスキルには追加されていないようだが……」


 俺が訊ねると、宮廷魔術師ジーナは失笑しながら言った。


「なんでか職人のスキル扱いなんだよなぁ」


 職人。職人ギルドが冒険者ギルドから切り離されていることからもわかる通り、戦闘スキルを一切持たず、戦闘で熟練度をあげることもできない職業だ。

 他にも、商人や料理人、学者など、戦闘と無関係な職業はいくつもある。


 何故、魔導書を読んで習得できるスキルがここに記載されるのか。

 思い当たるふしは一つ。


「もしかして、職人の熟練度を上げれば強力な武器を錬成できるようになるとか」


 スキルの性能が特定の職業の熟練度を参照する場合、だ。


「あるかもなあ。あたしは錬金術師/学者の構成で通してるからわからんけど」


 宮廷魔術師ジーナの答えは未検証というもの。


「ふむ。試してみるか……」


 ならば、検証するしかない。俺は知的好奇心には勝てないのだ。


「やるんか? マジで?」


 何故か若干引かれた。


「なにか問題があるのか」


 このスキルを作り出した人物からの忠告ならば、無視するわけにはいかない。


「いや、戦闘職なら強いメイン職のサブに据えて鍛えられるけどさ、職人はゼロからの再出発だし、手間と苦労がすごいことになるぞ? まして、職人の熟練度が関連するってのも推測でしかない。無駄になる可能性だってある」


 だが、宮廷魔術師ジーナの言葉は、俺にとっては最初から織り込み済みのものに過ぎなかった。


「その価値はある。少なくとも、無駄かどうかはっきりさせることができる」


 時間なら事実上無限に用意できる。

 その時間で、皇龍の肉を食って能力を上げることもできる。

 むしろ皇龍の肉を大量に食うための時間、その時間の暇つぶしとして最適だ。

 そのうえで、職人のスキルを身に着け、うまくいけば《インスタンス・ウェポン》の効果を強力なものにできるかもしれない。

 やらない理由はなかった。


「あたしの自作スキルにそこまで価値を見いだしてくれるのは嬉しいけどさ……」


「ひとまず職人ギルドにいってくる」


 複雑な表情を浮かべる宮廷魔術師ジーナをその場に残し、俺は窓から飛び降りた。


「いやドアから出ていけ!?」


 後ろから怒鳴る声は無視。

 階段をちんたら降りるよりこちらの方が早いのだ。

 飛び降りて骨折する心配がなければだれだってこうするだろう。



 普段なら迷宮にこもっているはずの、午後の早い時間に職人ギルドを訪れた俺に、職人たちは少々驚いた様子だったが。


「職人になりたいだぁ?」


 俺の用件に対して職人ギルド長が漏らした声にはさらに驚いたらしく、酷く動揺した様子のざわめきが広がった。


「そうだ。職人の技術を身につけたい。自分の修行用の素材は自分で工面するので、ひとまず設備の使用許可が欲しい」


 俺の言葉に、職人ギルド長は少しの間頭を抱え。


「勝手にしろい。ただし、1週間以内に俺を納得させられるだけの作品を一つ作るこった。それができなきゃ来週からは来るな」


 とだけ吐き捨てて腕を組んで背中を向けた。

※冒険者として十分にその名を轟かせたフェイトが職人になりたいと言い出したことで、隠居して道楽で職人をやるつもりだと勘違いしている。


「感謝する」


 俺は時間を止め、今朝回収した皇龍の死体から鱗をはぎ取り加工を開始した。

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