第57話:その男の失策

 第11層での漁業が自分たちが抜けても回るようにクトゥルフもどきの迎撃態勢を改めて整え直すと言って去っていった戦士アレックス一行と、それについていったメト、王女一行を見送り、俺は午後の時間の使い方について、魔導書を読みながら考え始めた。

 迷宮国家のことは戦士アレックス一行に任せればいい。

 この国の人口のことは、俺が何かするまでもなく聡明な女王が政策を打つ。


 俺のすべきことは、いつも通りだ。

 良く言えば鍛錬と資源採掘、悪く言えば破壊と殺戮と略奪。

 手段は、皇龍にスパーリングに付き合ってもらうというのが安直な案ではあるが。


「ダンジョン・ディガーはいるか! 第6層に明らかにおかしい魔物が出たんだ!」


 数冊の魔導書を灰にしたあたりで駆け込んできた誰かの声が、俺の益体もない思考を中断させた。


「明らかにおかしいとは」


「強すぎるんだ! 第6層に出ていい強さじゃねえ!」


 それだけ聞けば十分だ。

 俺は第6層につながるポータルに飛び込んだ。



 辿り着いた第6層は、今朝見たのどかな田園風景がまるで嘘のような地獄絵図へと変貌していた。

 一言でいえば、高さにして3メートルほどの巨大なカマキリが大量に闊歩して人の首を刎ねて回っているという状況だ。

 あくまで高さなので、姿勢から逆算すると全長は10メートル程になるだろうか。

 鎌のリーチも、目測だが5メートルはあるとみていいだろう。

 巨大さ故に移動速度も速く、カマキリの目の構造上ほぼ死角もないときては、もはやどうすることもできないほどの強敵と言える。


 皇龍のように、ステータスの暴力で殴ってくるタイプとは別方向の、厄介さを持つ敵だ。

 そして、数も多い。


 近接戦闘は不利だ。


 ならば。


「52連 《エンド・オブ・センチュリー》!」


 爆撃。爆撃あるのみである。

 こちらに気づいたようだが、対処など許さん。

 寄ってくる奴を片っ端から薙ぎ払うのみ。


「52連 《エンド・オブ・センチュリー》!」


 生存者への影響を考えている余裕はない。今は一刻も早く、この危険極まりない魔物を皆殺しにしなければならない。


「52連 《エンド・オブ・センチュリー》!」


 魔剣に吸収させた《妖精王の腕輪》の効果と、魔剣による魔力回復の効力をもってすれば、俺は数分で第6層を更地にできる。

 そして今は、それが必要な時だ。


「52連 《エンド・オブ・センチュリー》!」

「52連 《エンド・オブ・センチュリー》!」

「52連 《エンド・オブ・センチュリー》!」

「52連 《エンド・オブ・センチュリー》!」

「52連 《エンド・オブ・センチュリー》!」


 俺は、何もかもを消し飛ばし続けた。



 作物ごと、何もかもを薙ぎ払った俺は、更地になった第6層を、生存者を探してさまよった。

 砕け散った魔物の残骸と、その魔物に切り裂かれた死体も、以前王都が襲撃されたときほどの衝撃を俺にもたらすことはない。

 殺し合いに慣れてきたという事だろうか。



 結局、生きていたのは、7人ほどしかいなかった。女を第7層または地上に逃がすために決死の囮となった男たちのうち、ごく幸運であった男たちだ。


 犠牲者の数に比べれば、1/10にも満たない数だが、それでも、零よりはましだ。

 

「女王に報告しなければな」


 俺は、原型をとどめていたカマキリの鎌を一つ拾い上げて、迷宮を後にした。



「お、戻ってきたな。第6層に出てきたバケモノの討伐はもう終わったのか?」


 地上に戻った俺を迎え入れたのは、宮廷魔術師ジーナ。

 その言葉から、第6層の異変の報告を受けた王城から、状況の調査のために派遣されてきたというところだと認識できる。


「ああ。調査に行くなら同行するが」


 俺が言うと、宮廷魔術師ジーナはウインクしながら指パッチンしつつ俺を指さす。


「話が早いな」


 あれは宮廷魔術師ジーナの決めポーズか何かだろうか。

 アイドルがステージの上でやればファン歓喜間違いなしだろうが、普通の人が普通の場所でやっても浮くだけだ。

 それを臆面もなくやれる宮廷魔術師ジーナは大物である。


「じゃ、行くぜ。何が魔物を異常進化させたか調べるから、ちゃんと守ってね☆」


 無駄にぶりっ子ポーズしながらウインクされても全く萌えない。

 さらに寒いポーズの重ね打ちに俺の身の毛もよだちまくりである。


「……気持ち悪い」


 つい心の声が漏れてしまった。


「んだとゴラァ!」


「……さっさといくぞ」


 宮廷魔術師ジーナはまともに相手してはいけないタイプだと理解した俺は、踵を返して迷宮に向かった。



 第6層についた宮廷魔術師ジーナは、いくつかの《魔の吹き溜まり》周辺の土を検分しはじめた。


「朝の肥やしの魔力……やっぱりここまでしみてるか。なあ、魔物の残骸とか持ってないか?」


「ああ」


 俺は収納魔術からカマキリの鎌を取り出した。

 宮廷魔術師ジーナはそれをしばらく眺め、考え込んだ。


「やっぱり、あるな……ドラゴンの魔力の搾りかすが土の中で濃縮されて……でも、ドラゴン肉はそんな大量に出回ったって記録はない……いや」


 漏れ聞こえてくる独り言に、俺は嫌な汗が背中を伝うのをはっきりと感じた。


「なあ、最近広場や練兵場でドラゴンの死体を出し入れしてた変な奴についてなんか知らない?」


 そしてこちらを向いた宮廷魔術師ジーナから、俺は目をそらすしかなかった。


「……俺だ……」


 俺の答えに、宮廷魔術師ジーナは声をあげて笑った。


「いやお前かい!」


 だが、そのまま宮廷魔術師ジーナは真顔で俺の顔を覗き込んでくる。


「なあ、もしかして王都の肥溜めが全部埋まったのも、もしかしてお前の仕業? どうやったかは知らないけど、大量のドラゴンを短期間で一気に食ってないか?」


 ここまで聞かれれば、もはや嫌な予感はただの確信に変わるのみ。


「そうだ。察するに、この事態は俺の排泄物が原因か」


 それは確認に過ぎない。

 そして、宮廷魔術師ジーナの返答も、首肯。


「たぶんな。ドラゴン肉の魔力が程よく残留している肥やしが土壌になじんで、《魔の吹き溜まり》に届いて魔物にドラゴンの因子が継承された感じだな。普通の土壌がそれほどの魔力を蓄えるのは無理なんだが、臭い消しの灰の大部分が魔導書の灰だとすれば説明はつく」


 つまりこういう事か。

 俺の排泄物にドラゴンの魔力が残留していて、主に俺が大量にまき散らしている魔導書の灰を肥え汲みの臭い消しとして使用した結果、ドラゴンの魔力が地中に固定され、それが《魔の吹き溜まり》に影響を与えたと。

 言い訳のしようがないくらい、完璧に、完膚なきまでに、俺のせいだった。


「……腹を切るから介錯を頼む」


 《ゾーリンブランド》を差し出す俺の頭を、宮廷魔術師ジーナはどこから取り出したのかもわからないハリセンでぶっ叩いた。


「一度の失敗でそこまで思いつめんな。今回死んだ以上の人数をお前はもう救ってんだ。それに、今朝の時点で魔力に違和感を覚えたのに詳しく調査しなかったのはあたしだぜ。……そんなことより、第10層までの連中を今のうちに避難させとくぞ。同じ肥やしを使ってるからな」


 宮廷魔術師ジーナの言葉は、少なくともその後半は確実に正しい。

 俺が悪行の報いを受けないことが正しいのかという問いは、少なくとも今この場で議論すべきことではない。

 過ちを責める前に他の層の者たちを避難させる。

 それが今取り組むべき、差し迫った目前の問題だ。


「分かった。危ないから、俺のそばを離れるなよ」


 俺は第7層に向かう道に足を向けつつ、宮廷魔術師ジーナを振り返った。のだが。


「急に乙女心刺激してくんのやめろ」


 宮廷魔術師ジーナは何かが不満らしかった。


「どういう意味だ?」


 振り返った姿勢のまま訪ねると、宮廷魔術師ジーナは天を仰いで額に手を当てた。


「天然かよ……」


 よくわからんが、様子を見るにそこまで重要な物でもなさそうだ。

 ならば、俺個人の興味を優先してもいいだろう。


「それより、それはどこから出したんだ」


 俺は宮廷魔術師ジーナの手にあるハリセンを指さした。


「あたしが開発した術式で土から作った。錬金術の応用だ。武器を作ってもさすがに職人の打った業物には及ばないからこんなもんにしてるが、便利だぜ。教えてやろうか?」


 宮廷魔術師ジーナの答えは、なんとも俺の興味をひいてやまないもので。

 教えてやろうかというのも、なんとも魅力的な提案だった。


「是非頼む」


「じゃあ、とっとと第10層までの人を避難させて地上に戻ろう」


「ああ」


 無駄話を交えつつも、俺たちはまっすぐ第7層に向かった。

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