第56話:産めよ増やせよ
地上に戻った俺は、姉御肌のギルドマスターにメトの居場所を聞いた。
まだ戻っていないようなら、《あんきも》でも食べながら時間を潰そうと思っていたのだが。
「そこで王女様と一緒に昼飯を食ってるよ」
ギルドマスターは呆れた声で、聞くまでもないほど近くにいたメトを指さす。
「フッ……」
俺の口から洩れた憫笑は、誤解のしようもなく、俺自身を嘲ってのもの。
「感謝する」
俺は目礼し、そちらに向かった。
「あ、フェイト」
王女一行と食事をしていたメトは、近付く俺にすぐ気づいて、にぱー、と子供のような笑顔を浮かべた。
これからこの笑顔を曇らせるような話をしなければならないというのが、どうにも俺の気を重くさせてやまない。
「困ったことになった」
メトが手で勧めてくる隣の席に座ることなく、立ったまま俺は切り出した。
「第21層のことですかぁ? 私達も困ってるんですぅ」
またも、メトに先手を打たれた。
こう何度も続けば、さすがに偶然で済ませることはできない。
間違いなく、メトは、俺を気遣って、俺が言いたくないことを言わずに済むようにしている。
それを理解すれば、もう、黙っているわけにはいかなかった。
そこまで、甘え尽くすわけにはいかないのだ。
「悪いが、俺自身が話す。俺にはその義務があると考える」
俺の言葉に、メトは目を見開き、そして、うなだれるように頷いた。
「わかり、ましたぁ……」
俺はメトの頭を軽く撫で、その隣に座った。
「第21層の、湖の中央にある建造物には行ったか?」
俺の問いに答えたのは、今のところパーティのリーダーであるらしい、顔に傷痕の刻まれた王女レイア。
「はい。神話時代の生き残りが打ち立てた国家と聞きました。迷宮において、女の胎を繁殖に使わせないため、決死の囮は男であるべし、というのは、アスガルドと変わらない価値観のようですが、そのせいで今は女しかいないそうで」
王女レイアが付け加えた情報は、俺の聞いた話とも矛盾はない。
これで、彼女らが嘘をついている可能性は少し下がったと言える。
もちろん、全ての通行人に同じ嘘をついている可能性もあるが。
「彼女らは通行の見返りに何を要求した?」
それを確かめるために、俺は王女に質問を重ねる。
「自分たちを孕ませるに足る強い男を連れてこいと」
要求内容も同じか。
言葉の真偽はともかく、子供を産むために男が欲しい、という事自体は確定と考えてよさそうだ。
しかし、この期に及んで強い男を寄越せなどと選り好みするとは、何とも贅沢な連中と言わざるを得ない。
「それで、フェイト様はどうするおつもりでしょうか」
王女レイアの問いに、俺は目をそらした。
どうすべきかはわかっている。そのうえで、そうしたくないのだ。
「向こうには、俺が地上最強候補の男だという事が割れている。向こうからすれば、俺は垂涎の種馬だろう」
苦し紛れの俺の言葉に、シャルが嘲るように鼻を鳴らす
「フン、語るに落ちたわね。王女様は『フェイトはどうするつもりか』って訊ねたのよ。なんで相手の都合の話しかしないの?」
その問いは正鵠を得ていた。
俺は、自分の行動方針を決めかねている。
「シャルの指摘通りだ。俺は迷っている」
興味を示したかのように俺の顔を覗き込んでくるのは、魔術師アリサ。
「何と、何を、天秤に、かけている、の?」
その問いは、俺自身にとっても改めて問題を整理し直す機会となった。
「自分の苦痛と、迷宮探索の効率」
俺は今、自分の快不快と実利を天秤にかけている。
それができる程度には、余裕が出ているという事でもあるが。
「フェイトきゅんは、女の子とそういう事をするのは嫌い?」
聖術師カノンのいう事もわからんではない。
普通なら、悩むまでもなく、快楽と実利の両方が得られる、男ならもろ手を挙げて大喜びする場面なのだ。
だが。
「子供を産ませるという行為の重さが、どうにもな……」
俺が漏らした声に、王女レイアは心底軽蔑したかのような目を俺に向けた。
「フェイト様ほどの方でさえそう考えるのですね……少し幻滅しました」
どういう意味だろうか。
「知らないみたいだから一応教えてあげるけど、それ、女に淫紋刻む外道の考え方だからね?」
シャルの補足に、俺は頭を抱えた。
なるほど確かに、子供に関する責任を負いたくないからそういう外道行為に走るというのは、一面合理的ではある。
人権とかそういう概念を全く考慮しなければ、の話だが。
ともあれ、そういうクソ技術が存在するこの世界では、そういう価値観らしい。
「むしろ、子供は、積極的に、産むべき、よ」
魔術師アリサが続けた言葉の意味を、俺はうまく理解できなかった。
俺の顔に浮かんだ疑問を察してか、王女レイアが続ける。
「実は、魔物による人口減が著しいことから、今回迷宮国家が要求したようなことを、アスガルドでも実行することになりそうなのです」
その話は、俺にとっては衝撃的であった。
「詳しく教えてくれ」
俺が王女に続きを促すと、王女レイアはよそ者の俺に分かるように、少しばかりこの国の歴史を交えて話し出した。
「アスガルドの男女の人口比は3年前の時点ですでに1:7に達しています。魔物が女性を使って繁殖することが知られて以降、犠牲になるなら男性であるべき、という教育が徹底しすぎるほどに徹底されてきました。その結果、婚姻という制度自体をなくす、という決断をお母様が迫られるほどには、人口比が崩れたのです」
なんとも世知辛い話だ。
「そして、フェイト様のおかげで食糧問題にも一定の解決が見られた今、産める体の女性には積極的に子を産むことを、男性にはそれに協力することを、勅令で義務付けることにしたと聞きました。おそらく、数日のうちには城下にお触れが出るかと」
そんなことやって大丈夫なのか、と本気で心配になる話である。
絶対にその勅令を曲解して、胸を張って強姦に手を染める外道とか出てくるぞ。
……まあ、聡明な女王のことだ、それにはすでに対策を打っているのだろう。
聡明なる女王が導き出した、社会をより良いステージに導くための次の一手。
迎合しておくのが、賢いやり方なのだろう。
だが、それでは何も変わらない。
杓子定規な社会正義で割を食わされる、という構図は、かつて俺が、こんなにも孤独を愛するほどに憎んだ、生前の世界と、あまりにも同じだった。
「それでも俺は、人の親になどなりたくない」
力なく漏れ出たうめき声は、しかし純度100%の本音。
「困りましたね……」
王女レイアは、駄々をこねる俺に呆れたようにため息をついた。
そのあとに残るのは、重い沈黙。
「おいおい、あんまりそういう卑猥な話を人の出入りがある場所でするなよな」
からからと磊落に笑う男の声が、重苦しい空気を吹き消す。
「アレックス……ごめん、ね?」
魔術師アリサがその名を呼んだのは、隻腕の戦士。
かつて勇者級冒険者と呼ばれ、迷宮を踏破することを最も嘱望されていた男。
「で、よくわからんが、迷宮の奥に進むのに女の子とそういうことしなきゃいけないけどダンジョン・ディガーが嫌がってるって話でいいのか?」
戦士アレックスはそう確認すると、頷く俺たちに続けて告げた。
「それなら俺たちにやらせてくれよ。さすがに有名になりすぎて、おちおち娼館にも行けないんだよ。元勇者の沽券にかかわるって奴さ」
ものすごく下世話な話を物凄く爽やかにできるこの男の才能には嫉妬すら覚える。
「願ったりかなったりだ。恩に着る」
俺は戦士アレックスと握手を交わし、後ろの二人、剣士ヴェインと狩人ジョセフにも目を向けた。
「ん? 俺も生涯禁欲の剣聖とかではないぞ」
盲目の剣士は、俺の視線に気づいてそう返してくる。
心眼の技術が極まりすぎていて少し怖い。
「俺も、勇者級だのともてはやされる前はむっつり助平で通ってた」
隻腕の狩人も、少しばかり気まずそうに肩をすくめて見せてくる。
ともあれ、厄介事を3人で請け負ってくれるというのは、心強い限りである。
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