第54話:その男の成果

 翌朝、メトを王女たちに任せ、ギルドで朝飯代わりに《あんきも》をほおばっていると、髪の赤い宮廷魔術師(鉱石に詳しいことから、高名な錬金術師と思われる)が数人の兵士を伴ってギルドに入ってきた。


「お待たせ。待ったかい?」


 初対面で、最初に発する台詞がこれ。

 ずいぶんと愉快な宮廷魔術師のようだ。


「《あんきも》を73個ほど食える時間は待った」


 俺は席を立ち、迷宮への進入手続きの受付窓口に向かおうとしたが。


「あっはっは! 待たせて悪いね。あと、妹がいろいろ世話になってるみたいだし、そのお礼も兼ねて、ここの支払いは任せな」


 どうやら、宮廷魔術師は少しばかりの世間話をご希望のようで、俺の対面にドカッと座った。


「誰の兄だ?」


 俺の知人は少ないが、見ただけで兄弟姉妹の関係を即座に特定できるほど人の顔を子細に見ない俺はその宮廷魔術師が誰の兄なのかは特定できない。


「カノンの姉じゃぁ!」


 女だったらしい。

 髪の色は確かに聖術師カノンと同じであり、姉妹と言われればまあわかる。

 問題は、いろいろ世話になっている、というほど俺は聖術師カノンと親密ではないということだ。


「彼女と俺の接点は世話になるというほど多くないが」


 訊ねてみると、宮廷魔術師は肩をすくめて見せた。


「ああ、あいつの性癖の問題だからあんま気にすんな。ありていに言えば毎晩おかずにされてるってとこだな。いよっ、この色男」


 ウインクしながら指パッチンしつつ俺を指さすという、気障にもほどがあるしぐさでごまかそうとしているのだろうが、その口から語られた内容はその程度では到底相殺できないほどに、あまりにもエグイものであった。


「物凄く嫌なことを聞いてしまったのだが……」


 俺は現実から目をそらすために《あんきも》をほおばった。


「悪い悪い。《あんきも》奢るから許して。……ん、うまい」


 言いながら《あんきも》をほおばる宮廷魔術師。

 どうやらいける口らしい。

 この世界では《あんきも》はゲテモノ判定らしいので、ここにきて同好の士を得たというのは、少しばかり気分がいい。


「つーかお前も《あんきも》いけるんだな。あたしはジーナだ、お前は?」


 握手を求めてくるその手に応じる。


「フェイト」


 俺の手を軽く握り、宮廷魔術師ジーナはガキ大将のように無邪気に笑った。


「そうか。よろしくな。迷宮産のも悪くないが、本物の海の《あんきも》はこんなもんじゃないぜ。漁村が再建できるくらいこの国が豊かになったら、あたしが取り寄せてやるから一緒に食おうぜ」


 ジーナの申し出は、じつに魅力的であった。


「楽しみにしている」


「じゃ、そろそろ行こうぜ。ちなみに陛下からは、全層視察の上第16層を調査してこいって言われてんだ。手間とらせるが、よろしく頼むぜ」


 もう一度ウインクしてくるジーナに続いて、俺は迷宮に向かった。



 久々に入った第1層は、以前とは違った意味で地獄絵図と化していた。

 そこかしこにある《魔の吹き溜まり》の前に冒険者が待機して、ゴブリンがそこから這い出てくる都度、《紅蓮の剣》で焼き殺しているその様は、虐殺を通り越して屠殺というべきだった。


「本当に訓練所になってるんだな……夜も兵士が交代制で同じことしてるんだろ? ゴブリンがかわいそうに見えるわ」


 ジーナは苦笑しながら、第5層に向かい、そして。


「《風刃の杖》!」「《風刃の杖》!」「《風刃の杖》!」「《風刃の杖》!」


「ゴブリンよりはるかに虐殺レベル高いなこの部屋……」


 第5層ボス部屋の作業的殺戮っぷりにドン引きした。


「これを全部お前がやったって聞いてるんだけど、マジ?」


 冷や汗が浮かぶ顔で俺の袖を引くジーナに、俺は首肯を返すしかない。


「成り行きで」


「お前成り行きで迷宮全部掘り返してボス部屋レベリングとか思いついたんか! 変態すぎるわ! そもそもできること自体おかしいからな!?」


 ジーナの言いたいこともまあ、分からんではない。

 分からんではないのだが。

 できてしまったのだからしょうがない。


「まあいいや。第6層を見ようぜ」


 そのままジーナは第6層に歩を進めた。



「……ここはここでイカレてんな。ちょっとうんこくせえ」


 更地になった第6層はすっかり農場化され、ところどころの《魔の吹き溜まり》から這い出てくる魔物が時折、《吹雪の弓》で粉砕されていることを除けば、実にのどかな田園風景がそこにあった。

 ……農場に撒かれている肥やしは、恐らくその大半が俺の尻から出たものだろう。


「ずいぶん含有魔力量が多い肥やしなんだな。作物の生育速度が速すぎる」


 作物を眺めるジーナの言葉に、俺はようやく一つのことに気づかされた。

 第6層から第10層を農場にする計画がついこの間動き出したわりに、もう小麦のような作物が実りを迎えている。

 確かに、この生育速度は速すぎると評されるべきものだろう。


「似てるのはドラゴンか? いや、よくわからんな」


 今ジーナが素手で触れないように気を付けながら検分している肥やしが、俺の尻から出たものだという事は言わないでおこう。


「まあいいや。第11層に行こう」


 調べられる範囲のことをだいたい調べ終えてから、ジーナは奥に進んだ。



 第10層ボス部屋での《バスターランス》による殺戮劇をあまり気にした様子もなく、すぐに第11層への扉をくぐったジーナは、しかし第11層での漁業のイカレっぷりに頭を抱えた。


「いや、雷撃でとんでもない量の魚介類取られとるんだが。道理で最近メニューが魚一辺倒だと思った。これのせいか」


 あちこちで《爆雷針》を海に投げ込み魚介類を乱獲する冒険者を見ればそう思うのも分かる。分かるのだが。


「第12層で王宮の魔術部隊がもっとひどいことをしていたと記憶している」


 俺はそれだけ言ってジーナを第12層に誘導した。


「は? 怖いんだが?」


 ジーナはぶつくさ言いながらも第12層へのポータルをくぐり……。


「がぼがぼがぼ……!」


 なんで俺は、毎回忘れるのだろうか。

 ジーナに《水中呼吸の指輪》を無理やり装備させながら、ひそかに自己嫌悪に陥る俺をよそに、ジーナは自分の指にはめられた指輪をしばらく眺めていた。


「……他意はないんよな?」


 そして発された問いに、俺は何も言えなかった。

 質問の意図が分からなかったのだ。


「分かってないならええわ。で、ここで魔術部隊が何してるって?」


 そう訊ねてくるジーナに、しかし俺は何も言う必要はなかった。


「《エンド・オブ・センチュリー》!」「《エンド・オブ・センチュリー》!」


「……もうわかった」


 そこかしこで響く爆音に何が行われているかを理解したジーナはがっくりとうなだれ、先へ進み始めた。



 ここまではさほど気にかけていなかった俺だが、第15層ボス部屋の状態を見せるのは少し気が引けた。


「うっひょー! きんもちいいいいいいいいいいい!」


 なにしろ、そこで展開されているのはモヒカンの加虐性癖持ち小児性愛者による、外見は幼女にしか見えない魔物の惨殺劇。


「あの変態絶対逮捕したほうがいいよね!?」


「あの姿で油断を誘う魔物だ。彼のような変質者でなければ安全に対処できない」


 一応のフォローはしつつ、俺は第16層に向かった。



「さて、ようやく第16層か。鉱物は……うん。ありすぎて困るわ。溶岩さえ何とかできれば炭鉱夫を1000人単位でぶち込みたいレベル」


 第16層に入るなり、さっと周りを見渡したジーナはそれだけ言って、周囲の景色をスケッチし始めた。


「結局、俺の護衛は不要だったな」


 一度も敵に襲われない、散歩感覚の視察を振り返ると、そんな感想が出てくるが。


「そうかもな。でも、迷宮を一人で開拓した男の生の言葉が聞けたのはよかった」


 ジーナは俺との会話に価値があると認めているようだった。

 だが。


「俺が一人でやったわけじゃない」


 ジーナの言葉にあった誤りを、俺は訂正せずにはいられなかった。


「確かにずっとソロだったわけじゃないもんな。悪い悪い」


 ずいぶんと軽く流されてしまったが、まあ確かにその程度で済む話ではある。


「後は戻って報告するだけか?」


 報告用のスケッチを終えたらしくノートをしまうジーナに訊ねると、彼女は頷き、《携帯非常口》を取り出した。


「ああ。ありがとな」


 俺は地上に戻るジーナを送り出し、奥に進んだ。

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