第53話:竜の力

 《竜の魂》の効果で得たドラゴンの職は、案の定というべきか、俺の目線から見ても完膚なきまでにぶっ壊れだった。

 まあ、明らかに裏ボス枠の超強いドラゴンである皇龍から、あろうことか100万分の1とかいう気が狂うようなレアドロップでしか手に入らないような職業なので、分からないでもないのだが、それにしてもやりすぎだ。


 まず、能力補正がおかしい。

 HP補正がぶっちぎりに高い騎士でもHP+50%というレベルなのに、ドラゴンはまさかの全能力+100%。

 全ての職業を過去にする、もう何を言っているのか分からない補正率だ。


 さらにスキルだが、こちらもちょっと何を言っているのか分からない。

 スキル数は10。この数は、その性質上多彩な魔術を覚える魔術師、聖術師を除けばぶっちぎりのトップである。

 4つしかスキルがない盗賊や2つしかスキルがない錬金術師に謝ってほしい。

 さらに個々のスキルも、以下に列挙する通りインチキ極まりない性能をしている。


 ・《魔力支配》常時型。魔術攻撃の威力が常に3倍。

 ・《魔力吸収》常時型。魔術攻撃を無効化し、自身の魔力として吸収する。

 ・《魔力放出》常時型。常に魔力を消費するが、筋力が常に3倍。

 ・《魔力障壁》常時型。魔力がある限りダメージを無効化。被撃時に魔力消費。

 ・《魔眼》常時型。常に魔力を消費するが、あらゆる周辺情報の感知が可能。

 ・《邪眼》常時型。常に魔力を消費するが、数秒の未来予知が可能。

 ・《飛翔》常時型。常に魔力を消費するが、速度が3倍になり飛行が可能。

 ・《竜魂解放》強化倍率が恐怖の5倍を誇るがHPが減り続ける自己強化。

 ・《ドラゴンランペイジ》《竜魂解放》中専用の異様に強力な連続攻撃。

 ・《ドラゴンブレス》《竜魂解放》中専用の異様に強力な破壊光線。


 俺は一度、能力を可視化する魔術から目を離し、深呼吸して、もう一度読み返してみた。

 やはり、おかしいことしか書いていない。

 戦闘特化の戦士や剣士でもここまで酷いスキルは持っていない。

 《竜の魂》に、皇龍を倒した本人にしか使用できないという制約がかかっているのが惜しまれる。


 重箱の隅をつつくなら、複数の常時型スキルによる自動での魔力の浪費が激しいことは扱いづらいポイントだが、俺一人が運用する分には、俺の体内に取り込んだことでついに性能を十全に発揮した魔剣の自動回復効果があればそれで問題ない。

 なお、全てのスキルが職業の固有特性扱いであり、ドラゴンを職業にセットしていなければ効果を得られない点は、魔力の浪費を避けたい場合ドラゴンを職業から外せばいいという意味でむしろほめるべき点である。


「とりあえず地上に戻って職業を変えるか……」


 一通りの確認と考察を済ませ、俺はとりあえず、職業構成をドラゴン/盗賊に変えることにした。

 魔剣が魔道具を食えるので、合成能力目当てという側面が強い錬金術師を職業に入れる必要がなくなったのだ。

 ※《マルチユーズ》も《鑑定》も、効果が半減するだけで別職でも使える。

 この前提ならば、ドラゴンの熟練度を稼ぐ方がいいだろう。


「ようやく満足したか」


 くたびれたような皇龍の問いに、首肯を返す。

 死んで生き返っての繰り返しはやはり精神に来るらしい。

 主に死体とドロップ品目当てで今後乱獲しに来たいところではあるのだが、果たして受け入れてくれるかどうか。


「……我も鍛錬を積んでおく。いずれリターンマッチを申し込む」


 俺の心配をよそに、楽しいことを言ってくれる皇龍に背を向けたまま第21層に向かおうとしたところで、部屋の反対側、入口の扉が開いた。


「遅くなりましたフェイト! 王女様は無事ですかぁ!?」


 シャルを伴って第20層までを踏破し、入ってきたメトに、皇龍が興味を示した。


「あれは君の仲間か。君が背中を預けられるほど強いのなら、鍛錬の相手としてしばらく借りたいのだが」


 皇龍の言葉に、メトは首を傾げた。


「ふぇ?」


 変な声が出ているが、さもありなん。

 メトからすれば、困惑するしかない状況だろう。

 王女の救出のために先行した俺が、殺し合いをしているならまだしも、第20層のボスとなんか打ち解けていて、そのボスが駆けつけたばかりの自分を鍛錬の相手として貸せとかいきなり言い出したのだ。

 俺がメトの立場でも己の目と正気を疑う。


「少し待っていろ」


 俺は皇龍を待たせ、メトに事情を説明した。


 このドラゴンは皇龍と名乗っており、戦闘狂であること。

 弱い奴にはあまり興味がなく、頼めば普通に第21層に通してくれること。

 俺はお眼鏡にかなったため戦い、勝利したこと。

 そして、俺の仲間という事でメトも興味を持たれていること。


 説明を聞き終えたメトは、意を決した眦で言った。

 

「……今合成できる限りの最高の装備をください」


「わかった」


 俺はメトに頷きを返しつつ収納魔術に取っておいてある装備を合成し、メトの装備部位全てが埋まるだけの、現状最高の武具を用意する。

 竜の素材を使ったものも大量に使い、合成数からいっても、同じものをもう一つ作ることは当面不可能と断言できるだけのものだ。


「待たせたな」


 皇龍の方を振り返ると、口元をゆがめて見せてきていた。

 その表情はどこか、喜びを含んだ微笑みに見える。


「構わない。1000年退屈していたのだ。数分など我にとっては瞬きの間だよ」


 4万年ほどドラゴンの肉を食いながら筋トレするだけの生活をしていた俺としては、なんともコメントに困る言葉である。


 そして俺は、戦いの余波で負傷しないよう、シャルを含む王女一行4名を第21層に送り出し、ポータルで地上に戻るよう言い含めてボス部屋の隅に下がった。


 それから数分、緊張を飲み込むのに要したのであろう硬直の時間を経て。


「い、行きますっ!」


 メトは床を蹴って、皇龍の足元に踏み込んだ。

 迎撃する皇龍の爪。

 振り下ろされるそれを、体をひねり、突進の勢いを殺さずにかわすメト。


「てやあああああああああああああ!」


 そのまま、地を這うほどに低い位置から打ち上げる、跳躍しながらのアッパーカットが皇龍の顎を打ち据える。

 生半可な屋根ならば一撃で粉砕して余りある、見事なまでのクリーンヒット。

 喰らったのが人間なら、ちょっと夕方のお茶の間には放送できない絵面になること請け合いの会心の一撃。

 しかし、その一撃は皇龍の強固な鱗に阻まれ、一切の痛痒を皇龍に与えない。


「……え? ちょっと待って」


 急に抵抗をやめた皇龍はメトのラッシュを無防備に受けながら、困惑したような表情で俺の方を向いた。


「面白い人間よ。我は、彼女が君に近い強さを持っていると期待していたのだが」


「……言うな」


 俺はそっと目をそらし。


「無茶言わないでほしいですぅ……」


 スン、と冷静になったメトは攻撃をやめ、あきれ果てたかのように肩をすくめた。



 皇龍との邂逅を経て、一度地上に戻った俺は、早速職業をドラゴンに切り替えた。

 サブは盗賊。合成能力は地上で装備を整えるときだけ使えれば問題ないので錬金術師は戦闘時の職業としてはついにリストラだ。


「いやドラゴンてなんやねん! やってられるかこんなクソ職場!」


 錯乱して書類を床に叩きつけるギルド職員をよそに、俺はメトと今後の方針を話そうと思ったのだが。


「……あ」


 メトに声をかけようとしたところで、俺は一度、口をつぐんだ。


「フェイト、どうしたんですか?」


「済まない、普段の言葉遣いができなくなっている」


 俺は、敬語が使えなくなっていた。


 記憶をたどれば、皇龍を倒し、《竜の魂》を取り込んだ直後、魔術師アリサへの応対あたりから、俺は敬語を使っていない。いや、使えていない。

 ドラゴンという暴威の象徴と同等の存在になったという事なら、それにふさわしくない、低い物腰は許されないという事か。


「そうですかぁ。なんだか私が首輪の効果で正式に奴隷だった時よりご主人様らしいですねぇ」


 メトの感想はなんとも独特だった。

 何と言っていいかわからない。敬語が使えない今となっては、なおさらだ。


「優しいのは変わらないみたいですしぃ、今のフェイトはりりしくて素敵ですぅ♪」


 俺がぶっきらぼうな口調でも角の立たないツッコミを探して悶えている間に、メトはそれを封じてきた。

 メトにそういう意図はないのだろうが、俺にとってはそうだった。

 あるいは、言葉を探す俺を気遣い、話す必要を潰してくれたのかもしれない。

 メトならば、そういうレベルで気遣ってくれたとしてもおかしくないのだ。 


「済まない。これから20層突破の報告をしに王城に行くが、発言は君に一任する」


 俺はかろうじてそれだけを伝え、メトに背を向けた。


「あ、そうですねぇ。女王様にまでその言葉遣い固定だと不便ですねぇ」


 メトの言葉に、いよいよメトを手放せなくなったことを自覚する。

 それを不快と思わない自分に驚きながら、俺は冒険者ギルドを後にした。



 頻繁な謁見にもかかわらず、女王はにこやかに俺たちを迎えてくれた。


「もう第20層まで突破したのね。道中のドラゴンの状況はどう?」


 にこやかに訊ねてくる女王に、返答するのはメト。


「全滅です。第20層にいたドラゴンの王が言っていたので、確実だと思います」


 女王は、メトが口を開いたことに驚いた様子だった。


「フェイト君、喉、怪我したの?」


 なるほど、確かにそう解釈されうるか。


「傲岸な物言い失礼する。負傷ではない。一種の呪いと解釈してもらいたい」


 俺はそれだけを返答し、口をつぐんだ。


「え、まさか、ドラゴンになったの? 伝説上の、実在しない職業だと思ってたんだけど……」


 女王の博識さと聡明さが留まるところを知らない。

 ごく断片的な情報から俺の状態を一瞬で言い当てるとは。


 俺は首肯のみを返した。


「そう……第16層から第20層から取れそうな資源は、文献では様々な金属の鉱脈があるらしいけど」


 メトは女王の問いを受け、俺を見上げる。

 その意図を正しく理解できた俺は、メトに耳打ちした。


「専門知識がないため断言しかねる」


 俺の答えを聞き、胸を張って女王に返答するメト。


「詳しくないので分からないみたいですぅ」


 その答えに、女王は納得したように頷いた。


「そう。では明日にでも、金属に詳しい者を向かわせるわ。万一、生き残りのドラゴンが潜伏しているといけないから、同行してちょうだい」


 メトはまた俺を見上げた。

 俺は、今度は首肯のみを返す。


「拝受仕りましたぁ」


 メトの一礼をもって、謁見は終了した。

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