第45話:取り戻す青春

 王城に向かい、《エンド・オブ・センチュリー》の魔導書を献上したいと衛兵に伝えると、1時間程で執務に区切りがつくとのことで、その後の謁見を許された。

 もとより急な訪問。待ち時間が1時間で済むことを感謝こそすれ、待たされることを恨む道理は一片たりとてない。

 ないのだが。


「1時間か……」


 俺はその時間をどう潰そうか少しばかり考え込んだ。

 なにしろ、暇つぶしならついさっき、思いつくものを片っ端から5000年ほどやりつくしてきたばかりだ。


 メトが買ってきてくれている魔導書を読むというのも手だが、もともと汚い冒険者ギルドの床を汚すのはともかく、完膚なきまでに埃ひとつなく清掃された王城で灰をまき散らすというのも気が引ける。

 ※腰の高さほどの灰の山を作り上げる読書量であり、多少床が汚くとも普通に迷惑である。肥溜めの臭いを抑える目的で貧民街の肥え汲みたちが余すことなく回収しているから問題が顕在化していないだけ。


 ここはひとつ、謁見後の予定だったが、ドラゴン対策会議をやっておこう。

 そう思った矢先、メトが俺を見上げて口を開いた。


「ドラゴンのことなんですけどぉ」


 メトも同意見であるようだ。

 そう思った矢先、メトは俺の目論見を粉砕する一言を発した。


「問題が私の寿命だけなら、気にしなくていいですよぉ」


 どういう意味だろうか。

 俺はメトの言葉を解釈しきれなかった。


「実は……」


 メトは、自らに刻まれた《淫紋》の性質を改めて説明した。

 女性を性奴隷に作り替えるという端的に言って非人道的極まる魔術的刻印である《淫紋》が持つ危険な性質のうち一つ、避妊の効果は《房中術》と呼ばれる別の魔術が自動で発動するものらしく、その内容は、『受胎した命ひとつ分の生命力を吸いつくし、母体の生命力と魔力に変換する』というもの。

 その生命力の充溢によって、若返りの効果が得られるらしい。


 俺 の 知 っ て る 房 中 術 と 違 う。


 メトが娼婦であったころ、同じ娼館には、発育促進の効果が除かれた《淫紋》を刻まれた、幼女にしか見えない152歳の娼婦もいたそうだ。

 メトもまた、5年間の娼婦生活で何度も房中術の発動による若返りを繰り返し、並の人間をはるかに超える寿命を得ている。

 発育促進の効果がなければメトも幼女になっていたのだろうか。

 ちなみにシャルも、かなりの割合でメトが身代わりになったため、メトに比べれば元のままの体に近いが、それでも数回の若返りを経験しているようだ。


 以上をまとめると、メトが言わんとすることはつまり。

 定期的に俺を襲えばメトも事実上の不老不死になるということだ。

 あまりにも危険極まりない技術過ぎないか、《淫紋》。


 まさかとは思うが、そんな危険極まりない技術を生み出してまで、いつまでも若い性奴隷を欲した変態にして天才魔術師がかつてこの世界にはいたという事なのではないか。

 そして、この世界の女衒たちはその危険性に気づかず、便利な避妊処理として娼婦に《淫紋》をポンポン刻んでいるのではないか。


 この世界の闇に、俺は一人、震えるのだった。


「そう、ですか……」


 こういう話題になると、俺は沈黙せざるを得ない。

 この手の非人道的な話題に適切な応答を返せるような経験を平和な日本で積むには、俺はあまりにも人との関係を拒みすぎていた。


「だから、ドラゴンを殺して血を飲むのは、フェイトにしておく方がいいですぅ」


 メトの出した結論に、今は首肯するしかない。

 そして、俺は現実逃避がちに別のことに思考を飛ばした。


 ものの数分で会議が終わってしまった。

 一人なら昼寝でもするところだが、二人連れだとそうもいかない。


「フェイト、お昼寝しませんか?」


 メトは読心術でも勉強しているのだろうか。

 それとも、たまたま気が合っただけだろうか。


「前庭の木陰でフェイトに膝枕したいですぅ!」


 どうやらメトが昼寝したかっただけらしい。

 しかも膝枕をご所望とは、なかなかに図太い奴隷である。


 しかし、いい傾向だ。

 どのみち俺は主人らしく振舞えないのだから、メトだけが奴隷らしく振舞ってもちぐはぐになるだけである。


 俺はメトに手を引かれ、王城の前庭に向かった。



 前庭に出ると、すぐにメトは一本の木の前まで駆け出した。


「ここですぅ」


 俺は、うきうきと落ち着かない様子のメトが指差した木陰に腰かけ、自分の太ももを軽く払ってメトの頭を受け入れる準備を整えた。


「どうぞ」


 何故か、メトは目を見開き、そして頭を抱えた。


「逆……でも、そっちも魅力的……うごご……」


 何故かメトが極度にオモロイ顔で数秒の間悶え、やがて俺の太ももにおずおずと頭を乗せてきた。


「し、失礼しますぅ」


 俺はメトの頭にかからない位置で魔導書を開いた。

 屋外なら、灰について気兼ねすることもない。

 ※ちゃんと気兼ねしろ。


 本人がそこまで思い至っていたかは不明ながら、メト自身の欲望を叶えつつ俺の楽しみも確保できる、Win-Winの結果と言える。


 その礼、というほどたいしたものでもないが、俺はそっとメトの頭を撫でた。


「ふにゃぁ……」


 メトは奇妙な鳴き声を上げつつ、すぐに眠りに落ちた。



 メトが目を覚ました時、ちょうど女王の執務も片が付いたとのことで呼びに来た衛兵に案内され、俺たちは謁見の間に踏み入った。


「ご苦労様、フェイト君。今日も魔導書を持ってきてくれたんだって?」


「はっ。ここに」


 既に待っていた女王に促され、俺は27冊あった《エンド・オブ・センチュリー》の魔導書を差し出した。

 差し出された魔導書を近衛兵が受け取り、下がる。

 ひとまず、これで俺の用件は終わったわけだが。


「ところで、第15層はそろそろ突破できたかしら?」


 女王に問われて、俺はぽん、と手を打った。

 そういえば5層ごとに褒美をもらえる話になっていたのだったか。

 ドラゴンの肉自体が俺の物欲を刺激しすぎていて忘れていた。


「はっ。先程第16層を偵察し帰還したところです」


 女王は何か、疑問が晴れたかのように何度もうなずいた。


「そっかそっか。道理で」


「道理で?」


 つい、興味を引かれて訪ねてしまう。


「噴水広場でドラゴンの死体を出し入れしてた黒髪の冒険者の報告書を読んだの」


 それだけで、もう十分だった。


 黒髪の冒険者は俺しかいない。ドラゴンは第16層以降にしか生息していない。

 賢明なる女王にとって、その報告書と俺の第15層突破を結びつけるのがどれほど容易であることか。


「というわけで、褒美を取らせるわ。なんなりと言いなさい」


 女王に促され、しかし俺は即答できなかった。

 望むものが、ない。


 メトに目線をやってみたが、指で小さくバツを作られるだけ。

 メトも特に思い浮かばないらしい。


「参ったな……」


 俺が頭を抱えていると、女王はふふっと小さく笑った。


「封印された魔剣とか、興味ない?」


「是非お願いします!」(0.2秒)


 封印された魔剣。

 それはつまり、強力だが何らかの扱いづらさがある武器という事だ。

 5000年分の鍛錬を積んだ俺なら、あるいは力づくで従えられるかもしれない。

 そうなれば、女王は頭痛の種である危険物を一つ手放すことができ、人類は新たな戦力を手に入れることができる。

 それによる戦果はこれまで以上に国を潤わせ、魔物によって滅びかけたこの世界に一つの光明をもたらすことになるだろう。


 断じて、絶対に、《封印されし兵器もの》という少年の心をくすぐる物品の実在に忘れていた青春を思い出したりしたわけではない。

 ……信じれ。

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