第46話:魔剣の仕手

 女王の命を受けて城の地下の入り組んだ通路を1時間ほど案内してくれた、老いた宮廷魔術師は、一つの大きな扉の前で立ち止まると俺達を振り返った。


「ここが封印区画じゃ」


 やけに入り組んだ通路は、お約束通りハズレの道に入ると即死トラップがあったりするのだろうか。だとするとこの扉も正しい手順で開けないと電撃で即死したりするのがお約束なのだろうが。


「メトさん、《蘇生薬》を構えておいてください」


 俺は後ろのメトに指示し、そのまま扉を蹴り開けた。

 特に即死級の魔術が飛んでくるということもなく粉砕される扉。

 拍子抜けもいいところである。


「何故じゃァっ!?」


 トラップはなかったが、代わりに老いた宮廷魔術師が激昂した。


「トラップがあるかと思って」


「だったとして! それを解除するためにいるのがわしじゃろ常識的に考えて!」


 ごもっともである。


「まあええわい。その代わり中身は全部おぬしが責任もって引き取れ。そうすりゃ封印の扉を作り直す必要もないしの」


 呆れたような様子で許してくれた老魔術師に一礼し、俺とメトは封印区画の中に踏み込んだ。


 最初に感じたのは、数百年閉ざされていた空間のよどんだ黴臭さ。

 次に、何者かの意志。


『だれ……?』


 そして聞こえてくる、少女の声。

 無論、こんな場所に封印されているのが普通の少女であるはずはない。

 そして、さほど広くない部屋の中に少女の姿は見えない。


 あるのは、部屋の壁に鎖で固定された複数の武具のみ。

 つまり、声の主もまた、これらの武具のどれかと推定される。


「これから君の所有者となる者だ、と、答えておこう」


 俺はその声に応え、声の主である武具を探して視線を巡らせる。


『私を、助け出してくれるんですか……?』


 希望を見出したような少女の声。

 残念ながら、助けようにもその声がどの武具の発したものなのかが分からない。

 だが、それはすぐにわかった。


『震えている剣を、探してください……』


 そう訴えてくる声の通り、真新しい複数の鎖に絡みつかれたまま、必死にそれを振りほどこうとするかのように振動している剣が、部屋の中央、俺の正面にあった。


 それはどこまでもシンプルな、あまりにも無特徴なロングソードであった。

 わずかに先に向かって細くなる刃には血溝さえもなく。

 鍔すらも大ぶりなはばきと表現したほうがしっくりくる。


 一切の装飾がないその両刃の直剣は、某鑑定番組に出したら鑑定士が『若いころさんざん装飾に凝った挙句一周回ってミニマリズム的な美学に目覚めた刀匠の晩年の作ですね』とか言いそうなほどに、無個性で没個性。


 その飾り気のなさが、どこまでも純粋に戦闘性能のみを突き詰めた機能美を逆説的に感じさせる、そんな、片手半剣バスタード


 真新しい鎖が、封印のために頻繁に鎖を交換しなければならない剣の力を物語る。


「君のは」


 尋ねながら、俺はその柄に手をかけ、《ハーケンカリバー》で全ての鎖を叩き切り、封印から解放した。


『ありません。つけてくれる人が、いなかったから』


 引き抜くと同時に、魔剣の持つ情報が俺の脳に流れ込んでくる。


 1000年前、若くして天才の名をほしいままにした錬金術師である娘を生贄にして、当代随一と謳われた鍛冶師がただ、邪神を殺すためだけに打った剣。

 一族を奪われた親娘の、報仇雪恨の一念で打たれた魔剣。


 この剣は全てを喰らう。

 敵を食い殺し、魂すら噛み砕いて自らの力にする。

 錬金術師の職業特性である合成能力をさらに先鋭化させたような無差別にして無慈悲な吸収能力。


 その能力で、どれほどの敵を食ったのだろう。


 数多の敵を喰らったこの魔剣は、仕手のあらゆる能力、あらゆる職業の熟練度を大幅に跳ね上げるほどの力を得ている。

 5000年鍛え続けた俺が装備しても、概ね1割程度は能力が上がる、というのはいっそ驚異的ですらあると言えるだろう。単純計算で500年分なのだから。


 のみならず、俺の手持ちの《紅蓮の剣》や《風刃の杖》を遥かに凌駕する回数発動可能な各種魔術効果に、《慈愛の杖》や《デモンズカプセル》を多重使用するレベルに至った

 この魔剣は魔道具までも無差別に、貪欲に食い散らかしてきたようだ。


 ……とりあえず手元の魔道具は全部食わせておこう。


「急に何しだすんですかフェイトぉ!?」


 いきなり魔剣に魔道具を食わせはじめた俺の奇行にメトが声を上げるが、一切気にせず食わせ続ける。

 既に俺に従う気満々の魔剣に魔道具を食わせておくだけで収納魔術に空きが作れて戦力も上がるのだから、やらない理由はない。


 しかし、これほどシンプルで強力な武具を何故封印してしまうのか。

 特段、呪われて俺の腕が腐るとか手にした瞬間これで敵を殺すことしか考えられなくなるとか、そういう危険は感じないのだが。


「フェイト、平気なんですかぁ?」


 メトが心配そうに見上げてくるが、その意図はよくわからない。

 俺はメトに問い返そうとして、魔剣の、止めるような気配に口をつぐんだ。


『私の力を意にも介していない仕手は、あなたが初めてです』


 なるほど、そういうことか。


 確かに、500年分の鍛錬とドラゴン肉三昧と同等の力を常人がぽんと渡されれば、力に溺れてハイになり自滅する、というのはまあお約束の末路だろう。

 5000年分の鍛錬を積んだ後でなければ、俺も危なかったかもしれない。


 たったそれっぽっちの理由で封印された魔剣がいっそ哀れですらあるが。


「平気です」


 いずれにせよ、今の俺はこの程度で狂いはしない。


 俺は魔剣を収納魔術に納めた。


『えっ、私また封印されちゃうんですか!? やだー!』


 魔剣の抗議は無視。抜き身の武器を持ったまま街を歩けるはずもない。


「…………」


 何故か不服そうに見上げてくるメト。

 もしかして、魔剣が欲しかったのだろうか。


「いや、そうじゃなくてですね……」


 メトは首を横に振った。どうやら口に出ていたようだ。


「せめて街に戻るまでは手に持ってやっててもよかったじゃろ」


 メトの言葉を引き継いだのは老いた宮廷魔術師。

 魔剣の声は俺以外にも聞こえていたらしい。


 確かに、封印されるのを拒む魔剣の声は多少の同情を誘う声音ではあったが。

 俺は、武器を抜いたまま歩き回るのはどうにも性に合わないのだ。


「武器はみだりに抜くべきではありません」


「変なところで常識人じゃなおぬし!?」


 宮廷魔術師の反応は、俺がどういう目で見られているのかを如実に物語っていた。


 興味がないので別段訂正する気もないが、酷い誤解であると辟易する感情を完全に抑制できるわけでもない。

 確かに、この世界に来てすぐの頃は常識なにそれおいしいの? とでも言わんばかりの行動を繰り返していたが、それはあくまで知識の不足によるものであって、知識を得た今の俺は……同時に圧倒的な殲滅力を得ているので結局非常識な行動を繰り返していると認めざるを得ない……。


(今更気づいたの?)


 孤独の女神までも、辛辣だった。


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 俺は両手両膝を地面についた。


「あ、反論を考えようとしてセルフ論破されましたねぇ?」


 メトは何もかもお見通しだった。


「ところで、とっとと他の封印されし武具を回収してくれんかの」


 欠伸を交えながら言う宮廷魔術師の言葉に、俺は部屋を再度見渡した。

 鎖で厳重に封印されていた魔剣の他にも、槍や鎧、盾、外套などがいくつか、整然と飾るようにして置いてある。

 魔剣の封印が厳重過ぎて、他のものはもはや封印されているように見えない。


 気を取り直して、俺はそれらの武具も収納魔術に叩き込んだ。


「じゃあ、地上に戻るぞい」


 宮廷魔術師はそう言って俺とメトを呼び寄せると、《携帯非常口》を使った。


 ……城の地下なのに迷宮判定なのかよ。

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