第43話:ドラゴンイーター

 十数分で襲い来るドラゴンを殺戮しつくした俺は、後方のメトを振り返った。

 メトは無言で首を横に振る。

 以心伝心、というべきか、メトが抱えている鞄はパンパンに膨れていた。

 第17層で同じことができるだけの容量は鞄に残っていないらしい。


「一度地上に戻りましょう」


 俺は第16層入り口の、地上に直結しているポータルに戻ることにした。

 途中で4人組の女性冒険者とすれ違ったので、多重合成した《耐火マント》を4枚、メトに頼んで渡しておく。


「フェイト様……」


 二つ名ではなく、俺がこの世界で最初に名乗った名前で俺を呼ぶ銀髪の女性、王女レイア・アスガルド。

 どうやって第15層までの、上からもコミケ会場のような密度で魚介類が襲ってくる水中戦を突破したのか非常に疑問が残る力量だが、力不足を押して剣士/聖術師の構成を貫くその在り方はいっそ美しくすらある。

 ドラゴンが相手でも《虚空斬波》ならあるいは通用するかもしれないという意味では、戦乙女の選択は正しかったのかもしれない。

 彼女が、戦乙女を継ぐ者であることを祈るばかりだ。


(嫌いでも、知人には甘いのね。その矛盾があなたの魅力でもあるけれど)


 孤独の女神の指摘が耳に痛い。

 嫌いな相手の不幸を願えないのは、俺自身も自覚している俺の矛盾だ。


「ご武運を」


 俺はそれだけを告げて地上に戻った。



 地上に戻り、一度広場に移動してドラゴンの死体を解体することにした。

 錬金術師の《鑑定》スキルで検分して分かったことだが、ドラゴンの死体には捨てるところがない。


 肉や内臓は食べればあらゆる能力が上がるため、血抜きして食用に。

 血も、ドラゴンを殺した本人のみに効果を持つ若返りの霊薬らしいので、必要な時に飲む前提で瓶詰に。

 骨や牙、爪、鱗のような固い部分は、すべて装備の素材用に。


 ドラゴンとはなんと素晴らしい生物資源であることか。

 いずれはドラゴンを支配して繁殖させ、家畜化できないだろうかなどと考えつつ百に届くドラゴンの死体をすべてさばき終えたとき、周囲を100人以上の衛兵が包囲していることを認識した俺は天を仰いだ。


 何か、逮捕されるようなことをやらかしたのかもしれない。

 俺はこの国の法律を暗記していない。

 生まれ育った環境との文化や常識の差もあるので、十分ありうる話だ。


 これから火を起こしてドラゴンの肉でバーベキューを楽しむ予定だったが、その予定は少しばかり後回しになるかもしれない。


「ああ、ようやく気付いてくれたようだね……何やってたの?」


 俺が周囲の様子に気づいたのを見てから、気まずそうに声をかけてくる衛兵に、俺は即答する。


「迷宮で殺したドラゴンをさばいていました」


「そうだね、ドロップ品だけじゃなくて死体も持って帰ればドラゴンの素材がいっぱい手に入るもんね。もし迷宮の外でドラゴンを倒したら俺だってそうする」


 衛兵は一度は俺に同意してくれたが。


「迷宮で、死体が消える前に収納魔術に詰めたの? 他に魔物はいなかったの?」


 努めて優しく、しかしこめかみをひくつかせながら聞いてきた。


「ドラゴンの群れと戦いながら、一匹殺すごとに詰めました」


「そっかぁ……。戦いながら収納魔術に……。女王陛下から規格外の強さの冒険者だって聞いてたけど、そのレベルかぁ……」


 衛兵は頭を抱えた。

 やはり戦闘中に死体の回収を最優先でやる、などというのは非常識か。

 俺とて、100倍以上の速度差がなければ100体ものドラゴンの群れを相手にそんなことをやる気にはならない。


「一応聞くけど、これからの予定は?」


「火を起こして、ドラゴンの肉を焼いて食べようと考えています。鱗や骨、牙などの素材類は職人ギルドに納品予定です」


 衛兵は何故か、遠い目をして微笑んだ。


「そっかぁ……。たしかに、ここは焚火してもいい広場だもんね……。うん、ゆっくり楽しんでいってね」


 力なく手を振る衛兵のそのしぐさが退却の合図だったのか、一糸乱れぬ揃った動作で踵を返して去っていく衛兵たち。

 100人以上で包囲しておいて、何故そんな世間話だけして帰っていくのか。

 全く分からない。


「……なんだったのだろう」


 考え込む俺に、メトがやれやれと肩をすくめて見せてきた。


「ドラゴンの死体を何度も出し入れしてたら普通に怖いですよぉ。確かに罪にはなりませんけど」


 そういうものらしい。

 死体とはいえやはりドラゴンという脅威を目の当たりにするのは怖いか。



 《バーストボルト》で火を起こし、大量の肉を串に刺して火の回りに並べたところで、メトが俺の袖を引いた。


「ところで、100体のドラゴンの肉なんてどうやって食べるんですかぁ?」


 メトの質問の意図は、その圧倒的な食材の量に関するものだ。


「普通に食べるには、確かに量が多すぎますね」


 だいたい15メートルくらいの大きさであったドラゴンは、可食部だけを切り取っても、まあ雑に10トンほどの重量があることになる。

 それが100体。1000トンもの肉をどうやって食えというのか、という話である。

 500グラムの特大ステーキを毎日食ったとしても、だいたい5500年くらいかかる量、それが1000トンという量なのだ。


 が、能力アップのチャンスを寿命の百倍近い時間のんびり待つような気長さは、当然俺も持ち合わせてはいない。

 そこで。


「これを使います」


 取り出したのは、15個多重合成した《流星の腕輪速度が2倍になる装飾品》。


 要するに、速度を爆上げして力押しで喰らいつくす算段だ。


 15個多重合成した《流星の腕輪》を重ねれば、俺の速度は32768倍になる。

 のみならず、今の俺の戦闘時の速度は一般人のおよそ150倍。

 腕輪と重ねれば、最高速度の俺は6秒で約1年分の時間経過が得られる計算だ。

 ここまでくれば疑似的な時間停止能力と言ってもいいだろう。


 《流星の腕輪》を大量に入手できればさらなる暴虐も可能だろうが、量産には至っていないのが実に残念だ。


 もちろん、そんなことをすればわずか1時間で600歳の仙人になってしまうわけだが、ここで登場するのが《ドラゴンの血》による若返りである。

 一滴で1年若返ることができるらしい《ドラゴンの血》を適宜摂取しながらであれば、俺は老衰で死なずに済む。


 食いながら速度を含む能力がさらに上がっていくことも加味すれば、5時間ほどでドラゴンの肉を食いつくすことができるだろう。


 惜しむらくはドラゴンを打ち負かした本人にしか効果がないということだ。

 この方法は俺にしか使えない。


 戦力面だけでいうなら、数十年ごとに新しい仲間をパーティに入れて育て直すことを繰り返すのは非効率なので、人格的にも一緒にいる苦痛が比較的小さいメトにドラゴンを殺させるのは十分選択肢に入ってくるが。


「……もう、フェイトはしょうがない人ですねぇ」


 俺の説明に、メトは苦笑してみせただけだった。


「では、5000年後にまた。まあ、メトさんにとっては5時間程度でしょうが」


 俺は《流星の腕輪》を装備した。


「行ってらっしゃいですぅ。素材を職人ギルドに納品したり、能力が上がる果物や魔導書の買い出ししながら待ってますねぇ」


 まるで今生の別れかなにかのように、泣きそうな顔で俺を送り出すメトに見送られ、俺は速度を最大解放した。


(神の領域へようこそ。愛しい人)


 孤独の女神の言祝ぐような囁きが、世界と俺の断絶を証明する。

 俺は、少しでも早く腹を減らすために筋トレを開始した。

 どのみち、5000年という時間は退屈を持て余すには十分すぎる時間なのだ。

 とっととドラゴンを食いつくして通常の時間に戻ろう。


 ……ところで、食えば当然、出るものも出るわけだが。

 5000年分のトイレはどうすべきだろうか。

 城壁の外、街道の邪魔にならないように広がっている貧民街の農場にある肥溜めを使わせてもらうことにするか。

 どういう事情でか王都の城壁の外側で暮らしている貧民街の住人のバイタリティは見上げたもので、今日も今日とて王都の周辺に畑を増やし続けているのだ。

 それに必要な肥料は、王都中のトイレから数十万人分の排泄物を汲み取り、大容量の肥溜めにためておくことで用立てている。 

 貧民街の住人たちの実力なら、魔物の襲撃でちゃぶ台返しを喰らわない限りこの世界の復興はきっとすぐだろう。

 いやむしろ、魔物の襲撃でちゃぶ台返しを喰らい続けたからこその、現在のバイタリティなのかもしれないが。

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