第41話:欲しい人材は極めて特殊な変態

 第15層を突破した俺たちが第16層に挑むにあたり、避けては通れない障害としてボス部屋がある。

 当然の流れとして、今日はそこに挑むことになった俺たちだが。


「どうしたものか……」


 門番に1237回目の斬首をぶちかましながら、俺は内心頭を抱えていた。


「これを躊躇なく殺せるのはフェイトくらいですぅ……」


 メトが目の前の光景から目をそらしつつ言う事の意味は、分かる。

 分かるが、共感できない。

 そのギャップこそが、今の俺にとって悩みだった。


 俺は嬉々として、こちらを涙目で見上げてくる幼女の首を刎ね飛ばせる。


 そう。こちらを涙目で見上げてくる幼女だ。

 それが、第15層の門番だ。

 正確には、幼女の皮を被ったバケモノ。


 俺には最初から、小さくて儚い者のふりをした詐欺師、つまりは、数えるのも億劫なほど俺を裏切ってきた者たちのうちの一種にしか見えなかったのだが。


 俺が10回ほど斬り殺したあたりでメトがもうやめてあげてくださいとか言いつつ幼女をかばおうとして不意打ちを食らい、幼女の中から大量に生えてきた触手に衣服を引き裂かれ危うく全裸になりかけたにも拘らず、なおもメトがそんな目に遭ったことを忘れてさっきのようなことを言う程度には、庇護欲を誘うデザインらしい。


 メトの感覚に、毛の先ほども共感できない。

 一方で、メトの感覚の方がこの世界では一般的なのだろうとも理解できる。

 その意味するところは、ここを通ろうとした善良な冒険者が普通に食い殺されたり連れ去られて卵を産みつけられたりする可能性がかなり高いということ。


 そして、今後冒険者が第16層に安全に進めるようにするためには、善良な冒険者がこの幼女の皮を被ったバケモノに食い殺されないよう、こいつを出オチさせ続ける人材が必要だという事をも意味する。


「俺たち以外で、誰かがここに一日中張り付いてこれを殺しまくるって可能だと思いますか?」


 幼女の皮を被ったバケモノの首を刎ねながらメトに問う。


「幼女をいたぶる趣味がある変態でもないとまず無理だと思いますぅぅぅ!」


 本当に幼女を殺したのかと思うような悲痛な断末魔に耳をふさぎながら、メトはこの場をレベリングに使うのに必要な素質を答えてくれた。


「俺にも幼女をいたぶる趣味はないんですが……」


 一応、自分の名誉を守るための弁解くらいはしておくが、幼女の皮を被ったバケモノをそういうものと認識として作業的に殺戮できる素質と、幼女の外見をしているものをいたぶって楽しもうという変態性なら、何となく後者の方がまだ有している人物は多そうに思えるという意味では、メトに同意だ。


 そして、それは、必要とする人材がそういう変態だという事で。


「どうしたものか……」


 そんなインモラルな変態を名指しで人材募集しようものならたぶんギルドマスターに怒られる。人さらいでも始める気か、みたいな勢いで衛兵に突き出されてそのままギロチン行きという可能性も十分にある。


「それはそれとしてあと何回殺すんですかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 何百回か殺していたらもう出てこなくなったりしないかと思ったが、やはりどのボスも次の層に行ったことがない者が部屋にいれば何度でも出てくるらしい。


「固有ドロップの《あんきも》があまりにも熟練度上昇量のいい食材なので、出来ればもう少し殺したいのですが」


 幼女の見た目で庇護欲を誘い不意打ちする性質を持ち、ドロップ品が《あんきも》となると、深海魚の疑似餌にしか見えなくなってくる。


「えうぅぅ~」


 メトは直視するのも辛くなったのか、頭を抱えてかがみこんだ。



 昼食を取りに地上に戻った俺たちは、午前の戦利品の納品やら、果物や魔導書の消費といったいつものルーチンをこなしてから、《あんきも》の料理を口にした。


「……これは……美味い……」


「おぅえっ」


 俺とメトの感想が全く一致していないが、少なくとも俺好みの味ではある。

 調理されても全ての職業の熟練度がシャレにならないレベルで稼げる性質は変わっていないし、当面俺の食事はこれで固定したい。


「フェイト……ごめんなさい……別の席で食事してきてもいいですか……」


 においだけでも辛いのか、メトは青い顔でそう告げた。

 俺からしてみれば渡りに船である。


「ごゆっくりどうぞ」


 俺は1人で《あんきも》を満喫した。

 やはり飯は、1人で食うに限る。

 それが、美味な料理ならなおのことだ。


(渡りに舟、というところかしら。よかったわね)


 孤独の女神の幻影は、俺を心の底から幸せにしてくれた。


 ※直視するのもはばかられるゲテモノを実に幸せそうに頬張る気狂いの少年の姿は、食事時の冒険者ギルドにおいて新たな悪評の嵐を巻き起こすことになった。



「さて、どうするか……」


 午後、迷宮に戻る前に、俺は棚上げしていた課題に改めて真正面から取り組まなければならなくなった。


「お、珍しく考えごとかい? ダンジョン・ディガー」


 俺が顔を上げると、姉御肌のギルドマスターがこちらを覗き込んでいた。

 そういえば、困ったときには力になると請け負ってくれていた気がする。

 試しに相談してみるか。


「今日、調理してもらった食材なのですが」


 ギルドマスターは顔をしかめた。


「あの気持ち悪い奴?」


 その問いに、首肯を返しつつ俺は続ける。


「俺にとっては美味で、熟練度も稼げるので、当面食べ続けたいと考えていますが、あれは第15層の門番の固有ドロップ。第16層に進めば再戦ができなくなり、自力での入手は不可能になります」


 無論、第15層に引きこもるという手はあるが、この世界に来てすぐの頃に女王から迷宮の攻略を命じられている以上、いつまでもそうするわけにはいかない。


「もう第15層まで掘り返してるんだろ? 第5層や第10層の門番と同じように、他の冒険者のレベリング部屋にしちまえばいいじゃないか」


 ギルドマスターの言葉は正しい。俺も一度はそう考えた。


「通常の精神性では難しいでしょう。第15層の門番は、幼い少女の姿をしています。無論、庇護欲を誘われ無防備に近づけば容赦なく殺されますが」


「幼女の形をしたものを、魔物とわかっていても何度も殺せるか、か……」


 ギルドマスターも、俺と同じ結論に至ったようだ。

 普通なら、いくら魔物でも幼女の見た目をした相手を何度も殺し続けるようなことを、他人が食べたがっている《あんきも》のためなどという理由で繰り返せるような人間はまずいない。よほどの高報酬か、殺しに躊躇がないか、あるいは……。


「加虐性癖持ちの小児性愛者が見つかればベストなのですが……」


「そんな特殊極まる変態どうやって探すのよ!?」


 ギルドマスターは俺の意図を先読みしてくれた。

 そうなのだ。欲しい人物像はわかっているが、見つけ方が分からないのだ。


「どうすれば……」


 俺たちの苦悩を、1人の男の声が切り裂いた。


「俺を呼んだか、ダンジョン・ディガー!」


 壁によりかかって腕組みしているのは、モヒカンの男。


「あなたは……」


 彼は世紀末な見た目に反し、第5層攻略の際に助言をくれた親切な人物だ。


「加虐性癖持ちの小児性愛者、ここまで言い当てておいて俺の噂をしてねえなんて言わねえよな?」


 モヒカンの男は口の片側だけを持ち上げるニヒルな笑みを浮かべる。


「あの人なんかかっこよさげに言ってますけどただ性癖をカミングアウトしてるだけですぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」


 いらんことを言うメトを無視して俺は立ち上がった。

 彼こそが、俺の探し求めていた人材だ。


「あなたの噂はしていませんが、あなたをこそ、探していました。幼女の姿をした魔物を殺し続けるクエストに興味はありませんか」


 モヒカンの男は、こちらに駆け寄ってきた。


「心の友よ! そのクエスト、俺が受けた!」


「感謝します!」


 がしっ、と勢いよく、腕相撲のような組み方で固い握手をかわす。


 その様子を見たギルドマスターは頭を抱え。


「意味不明な友情が芽生えてますぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」


 メトは叫びながら床を転がりまわった。



 モヒカンの男を伴って第11層に行くと、すっかりそこは漁場と化していた。

 多くの冒険者たちが海に《爆雷針》を遠投し、魔術師たちが雷撃魔術を叩きこむことで海産物を乱獲している。


 たまにクトゥルフもどきが『きしゃあああああ!』とか雄叫びを上げながら襲ってくるが、第12層につながるポータルがある小島に控えている勇者級冒険者達が《虚空斬波》で出オチさせている。


 その姿に、冒険者たちはこうやってより効率の良い稼ぎ場を構築していくのだろうなあ、などという感慨を抱きつつ、俺は第12層に潜った。



「がぼがぼがぼ……!」


 第12層に潜ると同時に、モヒカンの男は溺れた。


「学習能力がないのか、俺は……」


 モヒカンの男に《水中呼吸の指輪》を装備させつつ、俺は自己嫌悪に陥った。

 このミスは、既に一度経験しているはずなのに。


「すみません、失念していました」


「いいってことよ! 幼女のためならたとえ火の中水の中ってな!」


 謝る俺に、モヒカンの男は実に爽やかに笑って見せた。

 幼女のことで頭がいっぱいらしい。


「気持ち悪いですぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」


 メトがギャン泣きしているが、かまわず進むことにする。

 今朝まではコミケ状態だった第12層も、今は実に落ち着いた状況だ。

 20人ほどの魔術師が《エンド・オブ・センチュリー》を乱射していて、殺到、というものが起こるほど魔物の数が集まる前に消し飛ばされ続けているからだ。


「これは、ダンジョン・ディガーどの。我ら魔術爆撃部隊が第12層から第15層を制圧しますので、ここは比較的安全に通行可能です!」


 部隊展開速すぎだろ。

 女王の有能さが留まるところを知らない。


 あきれ果てつつ第15層までを駆け抜け、ボス部屋に到着したころ、モヒカンの男は目を血走らせ、手をワキワキさせて大興奮のありさまだった。


「この先に、いじめていい幼女ちゃんがいるんだよなぁハァハァ」


 さすがにちょっと、気持ち悪かった。


「そうですね。では、ご対面!」


 若干悪乗りしつつボス部屋に突入すると、そこにはやはり、1人の幼女。


「な、なあ、本当に殺してもいいのか!?」


 モヒカンの男は大興奮の面持ちで聞いてくる。


「ご随意に。しかし、隙を見せると魔物の本性を現します。お気をつけて」


 俺が促すと、モヒカンの男は担いでいた剣を抜いて幼女に駆け寄り、唐竹割りに叩き切った。


「うっひょー! きんもちいいいいいいいいいいいい!」


 もうなんかすさまじく気持ち悪い笑顔で快感に浸っているモヒカンの男。

 彼が過去に年端もいかない奴隷を買って虐待を楽しむなどという犯罪行為に手を染めていないかが本気で心配になってきた。

 知らぬが仏という言葉もあるし、深入りしないことにしよう。


「では、俺たちは第16層に移動します。くれぐれも、返り討ちにされないよう気を付けてお楽しみください」


「おう! ありがとうなダンジョン・ディガー!」


 もはや関わりたくなかったので、俺はメトを連れてとっとと第16層に移動した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る