第40話:絨毯爆撃こそ至高

 俺がしばらく周囲の女子トークを無視して果物をかじりながら魔導書を読み、届いた料理に舌鼓を打っていると、メトに肩を揺さぶられた。


 話しかけられていたのか。


「失礼、どうされました」


 灰になった魔導書を握りつぶしつつ聞き返すと、メトは予想していたとばかりに苦笑した。


「やっぱり何も聞いていなかったんですねぇ。さっきといい、興味のない言葉は聞こえなくなるスキルでも持ってるんですかぁ?」


 メトの言葉に、俺は妙に納得した。

 確かにそういうスキルはあるかもしれない。

 能力を可視化する魔術で見えるこの世界のスキルではないが。


「そんなところですかね」


 前の世界でも、あまりにひどい裏切り方をされた相手が翌日から人間に見えなくなるという事は複数回あった。

 医師ではないので詳しいことは知らないが、人の精神の防衛反応として、認識したくないものを認識しなくなる機能が存在するとか聞いたことがある。


「じゃあ今度はちゃんと興味を持ってくださいねぇ」


 メトの前置きを受けて、王女が1つ咳払いをした。


「では、最初から説明いたしますね。まず、お母様が1000人規模の魔術部隊を新設するために、城下に志願者を募るお触れを出したのと、商人ギルドによる《紅蓮の剣》の配布による新人冒険者の激増が重なったことによって、一気に1500人が新たに迷宮に足を踏み入れたため、迷宮の第5層まででは訓練施設が足りない状況になっています」


 まだ話の前段に過ぎない部分だろうが、既に俺はしゃがみ込みたくなった。

 俺はとんでもないタイミングでとんでもないことをやらかしていたらしい。

 女王の邪魔をしてしまうのは本意ではないというのに、助走をつけて殴りかかるくらいには真っ向から本格的に邪魔をしている。


「しかし、第10層までを訓練施設として接収してしまうと、今度は現役の冒険者全てを第11層以降に送り込まなければなりません。勇者級冒険者ですら重傷を負う羽目になったエリアに、です」


 それはつまり、100人ほどの、以前から冒険者であった者達からすれば安全な稼ぎ場を没収され危険極まりない場所に強制的に送られるという、いささか納得しがたい話になるわけだ。

 そうなれば、一定程度安全性を確保しつつ、彼らの稼ぎを守れる別の方法を提案できなければならない。


「そこで、冒険者ギルドとアスガルド国軍の共同戦線による迷宮攻略について、お母様がフェイト様の助言を求めたいと仰せなのです」


 予想通りの問いに、俺は人差し指を立てた。


「熟練度25の錬金術師に《エンド・オブ・センチュリー》を覚えさせて《デモンズカプセル》の《マルチユーズ》で魔力を一瞬で全回復させつつ大勢で《エンド・オブ・センチュリー》連射とかどうでしょう」


 要は、俺が《加護転換》でやっていることを《デモンズカプセル》でやるだけだ。

 試しに幾度か使ってみた感じ、《デモンズカプセル》は魔力を2割回復させるものらしいので、《マルチユーズ》でアイテムを5回同時使用できる熟練度まで鍛えた錬金術師なら俺の《加護転換》と同じことができる。

 とゆーかHPが減らないぶん《加護転換》より優れているのでは。

 ※正解。


 難点があるとすれば、《デモンズカプセル》はこの場の6人が1つずつ持っているものを除けば、女王に献上した約1000個しかないうえ、素材の再入手のあてがないので、王宮の資材の使い道と魔術部隊の運用に俺が口を出すことになるという事くらいか。

 ……1000個?

 新設される魔術部隊も1000人。

 まさか、な。


「フェイトは相変わらず発想が情け無用ですねぇ」


 この世界基準では情け無用らしい。


「ちなみに《エンド・オブ・センチュリー》の魔導書ならここに78冊あります」


 俺は収納魔術を圧迫している魔導書を取り出した。

 これで、少なくとも78人の宮廷魔術師を迷宮に送り込める計算だ。


「なんで78冊も持ってるんですか……」


 王女が困惑を隠せない様子で頭を抱えた。


「商人ギルドから買取拒否されたぶんですね」


 無差別に倉庫に流し込んだもののうち、いくつかはこうして返品されてくる。

 たとえば《加護転換》の魔導書も、こうして戻ってくるアイテムの1つだ。


「た、確かに自殺用魔術なんて誰も買わないですからね」


 そういえば、一般には轟音で大量の魔物を呼び寄せてしまう手の込んだ自殺用魔術とか言われているのだったな。

 気づかないうちにハズレスキルで無双していたというのは、前の世界でそういう書物を多少かじっていた身としては少しばかり面白いが。


「《デモンズカプセル》と錬金術師熟練度25、あと《エンド・オブ・センチュリー》があればお手軽にできるので、皆さんもどうですか」


 《エンド・オブ・センチュリー》のような最強魔術がハズレスキル扱いされていること自体納得いかないので、パーティ脱退の際に《デモンズカプセル》を贈与したこの5人には是非、一度試してもらいたいところである。


「確かに、大量の鞄を抱える前提で、第15層でも1人で持ちこたえられる自衛力を得る方法としてはお手軽ですねぇ。《デモンズカプセル》ありきですけどぉ」


 メトはどうやら試してくれそうだったので《エンド・オブ・センチュリー》の魔導書を渡しておく。

 俺としても、ただメトをお荷物として抱え続けるより、《エンド・オブ・センチュリー》を連打しながら耐久する前提で、メトを敵に圧殺される心配がない適当な位置に放置して別行動できる方がはるかにありがたい。


「そういう、ことなら、1冊、もらっても、いいかしら」


「どうぞ」


 魔術師アリサに《エンド・オブ・センチュリー》の魔導書を渡す。

 勇者級と呼ばれた冒険者の一角なら、お触れでかき集められただけの二束三文の連中よりよほどうまくやってくれるだろう。


「あたしは返すわ。アンタなんかの思惑に乗るなんてまっぴら」


 俺に《デモンズカプセル》を投げつけて席を立ったのはシャル。

 シャルの境遇で、姉であるメトを奴隷にした男に対する反応としてはむしろ妥当というべきだ。


 俺は何も言わずにシャルを見送った。


「フェイト様、失礼ながら、私もこれはお返しいたします。私は戦乙女の姿を追うと誓いを立てている以上、《マルチユーズ》を習得することが難しいので」


 王女が差し出してくる《デモンズカプセル》を受け取り、最後に聖術師カノンに目をやると、聖術師カノンは手を出した。


「《エンド・オブ・センチュリー》の魔導書をください!」


「どうぞ」


 これで、《エンド・オブ・センチュリー》の魔導書の在庫は75。2つの《デモンズカプセル》と、余っている《水中呼吸の指輪》も合わせて女王に献上しよう。

 爆撃部隊の編成と迷宮投入に関して、女王が賛同してくれるといいのだが。



「承認ッッ!」


 翌朝、謁見し《エンド・オブ・センチュリー》の魔導書その他の献上とともに意見具申した爆撃部隊構想だが、まるで某勇者王のような勢いで女王から承認された。


「ところで、フェイト君、答えたくなかったら、答えなくていいんだけど」


 顔色が悪い近所の学生を気遣う通学路のおばちゃんのような声音で質問してくる。

 ジェットコースターもびっくりなほどに落差が凄すぎて目が回りそうだ。


「レイアといるの、やっぱり負担だった?」


 俺がパーティを抜けたことに関する問いだった。

 これに関しては、俺自身の不義理である。


 それを気遣われている状況で返答を拒むほど、社会不適合者でいることを貫ける人格を俺が有していたのなら、孤独の女神の狂信者になるような深い孤独への渇望を抱くことはなかっただろう。

 渇望は、満喫の対極にあるものなのだから。


 俺は深呼吸を1つして、答えた。


「王女殿下に限った話ではありません」


 負担であったことは否定しない。できない。

 しかし、王女に対して感じていた負担はその全てではない。


「そう……何が辛かったのか、教えてくれる?」


 当然、俺の濁した回答から、この質問が続くことは予測している。

 そして、それに対する回答など1つしか用意していない。


「俺は元来、人と関わることが嫌いです。できることなら、関わる苦痛を上回る利益がある人物以外とは関わりたくないと考えています」


 女王は、少しだけ悲しそうに、俺の隣にいるメトを見た。


「つまり、フェイト君にとって、一緒に迷宮に潜る価値があるのは、レイアを差し置いてその子なのね」


 それは王族への侮辱たりうる答えになると理解していたが。


「恐れながら、肯定申し上げます」


 俺は即答した。


「そう……理由は聞かないわ。その差は、レイア自身が自分で気づいて乗り越えなきゃ、あの子の成長につながらない気がするもの」


 そう言って締めくくる女王の表情を見ていると『理由を聞けば俺を斬首しなければならなくなるかもしれない』そんな心の声が聞こえてくる気がする。


「ご高配に感謝します」


 俺は最後にもう一度頭を垂れ、謁見の間を後にした。

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