第39話:無関心なる絶対者
案の定、第12層に入った直後、俺とメトは凄まじい数の水棲生物に殺到された。
幸い、ポータル付近の数メートルには入ってこれないようなので防戦は余裕だ。
ポータル上に2パーティくらいで陣取って一方的に殴る、くらいは可能だろうと思い、試してもらおうと振り返ったところで、俺は自分の失策に気づいた。
「がぼがぼがぼ……!」
「あ、やっべ」
俺は背後でおぼれている冒険者に《水中呼吸の指輪》を無理やり装備させた。
「だ、ダンジョン・ディガー……言っといてくれよ……」
「すみません。シンプルに忘れてました。お詫びにそれは差し上げます。ここに陣取って一方的にちくちくやる感じで稼ぎを試してみてください、稼げなければ第11層に戻ってもらっていいので」
「お、おう……お前さんはどうするんだ?」
その問いには、もちろん答えは1つしかない。
この魔物の群れを突破して、より奥に進むのみ。
「《虚空斬波》!」
俺は進行方向に《虚空斬波》をぶちかまして移動可能な空間を確保。
「ダンジョン・ディガー? なにやってんの?」
「失礼!」
そしてそのままメトを抱え上げ、走る。
一般人と俺の速度差は、俺が速度を完全開放した場合120倍を超える。
足並みをそろえて移動するより、抱えて移動するほうがはるかに速いのだ。
「《虚空斬波》!」
あとは道を切り開き、そこを走ることを繰り返すだけ。
「ダメだアイツあたまがおかしい!?」
冒険者達の感想も、不本意ながら同意せざるを得ない。
俺だって今の120分の1しか速度がないのならこんなことはしない。
「では、ご武運を!」
叫び返し、俺は第13層へのポータルに飛び込んだ。
同じ方法で第13層も駆け抜け、まだ更地にしていない第14層に踏み込んだところでいったんメトを下ろすと、メトは目を回してへたり込んでしまった。
「景色が飛びましたぁ……」
人に抱えられ、通常の120倍の速度で移動すれば、確かに乗り物酔いくらいしてもおかしくない。
呻いているメトの背中をさすりつつ、第13層までに手に入った戦利品を《収納魔術鞄》に流し込んでおく。
「さて、これから第14層、第15層を更地にするわけですが……」
メトが落ち着いてきた頃合いで、俺は今後の方針を相談する。
「常時俺に抱えられて移動するのと、この場で待機して層を渡るタイミングで俺に抱えられるのと、どっちがいいです? ちなみにさっきと同じ速度を出すので、揺さぶられて気持ち悪くなる点についてはご容赦ください」
効率がいいのは前者だが、メトの負担を考慮すると後者の方がいいかもしれないと思って提案してみたわけだが。
「常時抱える方でお願いしますぅ!」
メトは目を輝かせて前者を選んだ。
効率の観点から俺に忖度したのかもしれない。
※お姫様抱っこに喜んでいるだけ。
その二人が迷宮から帰還したのを見た瞬間、ギルド内に併設されている酒場で仲良く喧嘩しながら戦利品を分配していた冒険者たちは、何事かと振り返った。
ソファに座ってそのままだらけきったような姿勢で、疲労困憊といった様子の表情で宙に浮いている少女。浮いているのは、誰かに抱えられているからだが。
目を引くのは、少女の首に巻き付いている《支配の首輪》と、さながら少女が座っているソファのように見えるほどに膨れ上がった大量の《収納魔術鞄》。
少女が何者であるかを知っている2割ほどの冒険者は関わりたくないので仲間との会話に戻り、少女が何者かを知らない残り8割のうち、7割ほどの冒険者は少女に同情的な視線を向け、そして残りの1割くらいが剣呑な表情を浮かべた。
剣呑な表情を浮かべる者たちは、先日の《紅蓮の剣》の配布によって冒険者という稼ぎ口を得た貧民街の出身者のうち、食い扶持のために家族の誰かが奴隷として身売りせざるを得なかった苦い経験を持つ者だ。
かの奴隷少女の主は、少女が自力で動けなくなるほどに迷宮内で少女を酷使していたことは明白。そんなものを、許せるはずもない。
「おい、お前……」
怒気もあらわに、少女を抱えている主に《紅蓮の剣》を向ける貧民街出身らしき冒険者が、1人。
奴隷の少女とその主である少年が何者かを知っている者達からは、『オイオイオイ、死んだわアイツ』みたいな目で見られているが、当事者たちはその視線に全く気づいていない。
「人を奴隷にして、迷宮内で使い潰そうなんてずいぶんな野郎じゃねえか……! しかも女でそれをやるなんざ、正気か? 魔物は女の胎を使って繁殖できるってのは常識だろ。命に代えても女だけは逃がすくらいの覚悟を持てよ。女を奴隷にして盾にしなきゃ迷宮に潜れないような腰抜けに言っても無意味だろうがよぉ」
ことさらに煽り立てるようなその女冒険者の言いざまに、しかし奴隷の少女を抱えた少年は特に気にした様子もなく、むしろ聞こえなかったかのようにその女冒険者の横を抜けて戦利品の買取窓口に向かった。
「図星突かれて何も言えないから逃げますってか? 女の後ろに隠れて迷宮に潜る腰抜けには似合いだぜ」
女冒険者がその背中に向けて吐き捨てたところで、少年ではなく、少年が抱えていた奴隷の少女が口を開いた。
「フェイト、おろしてください。そいつ殺せません」
主人を侮辱した者は殺す。
少女はこの上なく覚悟の決まった、忠誠心溢れる奴隷であった。
「じゃあおろしません。ダメですよ人殺しなんて」
一方で、応じる少年の声音はどこまでも穏やかであった。
「なんでですかぁ!? あれだけ言われてなんとも思わないんですかぁ!?」
腕の中でじたばたと暴れる少女を落としそうになりながら、少年はその少女をなだめるように聞く。
「……一体あの人が何を言ったんですか?」
「フェイトのことを、女奴隷の背中に隠れなきゃ迷宮に潜れない臆病者だって言ったんですぅ! 許せません~!」
「ほっときましょう。そんなのいちいち相手にしてる暇ないですよ」
奴隷の少女の怒りをなだめようとする、少年の優しい笑顔に、その場にいた冒険者の全てが、心の底から恐怖した。
少年にとって、周囲の人間など基本的に何をされても相手する価値がない。
それほどに隔絶した力の差と、少年の無関心は、恐怖以外の何物でもなかった。
無関心な絶対者は、つまり気分ひとつでこちらを滅ぼしうるのだから。
職人/商人ギルドに行き、鞄ごと大量の素材を納品した後、明日使う分の《収納魔術鞄》を仕入れて冒険者ギルドに戻ると、そこはまるでお通夜だった。
「あの、一体何があったんですか?」
キッチンに食材を持ち込みつつギルド職員に聞いてみるが、ただ無言で肩をすくめられるだけ。
※ギルド職員だって、オメーのせいだよボケ、というわけにはいかない。
まあ、さほど興味があるわけでもないので、害がない限り放置でいいのだが。
俺たちがいつも通り、能力が上がる果物や魔導書の消費で時間を潰しながら料理が届けられるのを待っていると、かつて俺たちのパーティメンバーだった4人の女性冒険者が相席してきた。
他の席は空いていなかったのだろうか。
「あ、あの、フェイト様……」
王女が俺に話しかけてきた。面倒くさい。
「なんでしょうか」
無視するという手もあるが、その場合シャルが確実に噛みついてくるので不本意だが応答せざるをえない。
「先程帰還してすぐ、その、フェイト様に失礼なことを言ってしまった方がいると聞きまして……」
「そうらしいですね」
「気にして、いないのですか? 相当な内容だったと聞きましたが……」
「そんなものをいちいち相手にするほど暇ではありません。そんな話なら、黙っていていただけますか」
あまりにも無意味で不愉快な話題に、俺はつい会話を拒絶してしまう。
「何様よアンタ」
案の定、嫌悪をむき出しにしたシャルが噛みついてくるが、そこはメトがうまく宥めてくれる。
「私のご主人様ですぅ♪」
メトが楽しそうで何よりである。
何様、という問いに対してとんちのきいた回答なのも悪くない。
「お姉ちゃんには聞いてない!」
シャルの声が、妙に耳に障った。
「楽しそう、で、安心、した、わ」
魔術師の女、アリサがメトを見て微笑む。
「そうですね。奴隷になるって言いだしたときには焦りましたけど、よくある奴隷の扱いじゃないっていうか……」
聖術師の女、カノンの言葉にメトが身を乗り出した。
「そうなんですよぉ。夜も全然奴隷扱いって感じじゃなくて、恋人になれたって勘違いしないようにするのが大変なんですぅ」
俺とシャルが、口に含んでいた水を同時に噴き出した。
「お姉ちゃん!? なにいいだすの!?」
俺はメトに何かを言う前に、顔をしかめて耳をふさいだ。
……うるさい。とにかくシャルの声がうるさい。
なぜこんなにも、シャルの声は耳に障るのだろう。
むしろ、昨晩メトから聞いた彼女の境遇は同情に値するはずなのに、なぜ俺は、シャルをこれまで以上に嫌悪しているのだろう。
(嫌なものに、無理に向き合うことはないわ)
孤独の女神の神託に従い、俺は周囲の音を意識からシャットアウトした。
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