第38話:復活の勇者

 軽めに済ませた朝食後、全身にこれでもかとばかりに《収納魔術鞄》を括りつけたメトを伴って迷宮に向かった俺は、数人の男に呼び止められた。

 振り返れば、そこにいたのは勇者級冒険者3人。


「また極度に頭おかしいことやってるみたいだな」


 隻腕の戦士はそう言って朗らかに笑った。


「おはようございます。今日から復帰ですか」


 さすがに体の一部を失ったという重傷を負ってからの復帰としては異常なまでに速い気もするが、魔法がある世界ではこんなものなのかもしれない。


「おう。こんなもん貰って、おとなしく寝てられるかよ! 試し斬りしたくてうずうずしちまうってもんだ!」


 戦士の男が担ぐのは、斧刃を縦に引き伸ばしたような独特の形状の、片刃の大剣。

 錬金術師の《鑑定》スキルを通してみれば、剣のスキル、斧のスキル両方が使用できるよう、ギリギリの重心バランスで作られたものだと分かる。

 剣士の男が持つ刀身が見えない剣や、狩人の男が持つ大ぶりの拳銃めいた武器も同様に、職人ギルドが心血を注いで作り上げた傑作だと見て取れる。


「職人ギルドの皆さんはいい仕事をしてくれたようですね」


 俺が漏らした感想に、隻腕の戦士の男はにかッと笑った。


「お、分かるか? ところで、今日は二人で潜るのか? 他の仲間は?」


 その勢いのまま答えづらいことを聞いてくるのはちょっと辛い。


「パーティを抜けたので」


 俺の答えに、戦士の男はしばし考えこみ、言った。


「……追放?」


 職人ギルドでもそう聞かれたが、もしかしてこの世界でパーティを自分の意思で抜けることは極端にまれだったりするのだろうか。


「そんなところですかね」


 こまごまと説明するのも面倒なので、あいまいに濁しておく。


「で、追放された奴の例に漏れず、お前さんも奴隷を買ったってとこか? そのわりに戦力にする気は全くないみたいだが……」


 メトの首元に目をやりつつ、戦士の男が首をかしげる。

 パーティを追放された場合に戦力を手っ取り早く補うために奴隷を購入するのは、言われてみれば確かに合理的だ。

 よそのパーティから追放された者と組みたいと思う冒険者もそうそういないだろうし、俺のように孤独を愛する者でもなければ、戦力のために頭数を揃えたいと思うのはむしろ当然のことだ。

 多少風聞が悪くなる程度で戦力が買えるなら、誰でもそうするだろう。

 無論、荷物持ちにするために奴隷を買うような酔狂に走るくらいなら誰しも荷運び馬を買うだろうから、俺のしていることが異常に映るのもまた、仕方ないことだ。


「そのことなんですけどぉ……」


 ここまで黙っていたメトが昨夜の公開奴隷宣言の経緯を説明すると、男たちは頭を抱えてしゃがみ込んだ。あの場にいなかった人間が客観的に話を聞くとこういうリアクションになるレベルで頭おかしいことをしていたようだということは、とてもとてもよくわかった。


「と、とりあえず、実質押しかけ女房って解釈でいい?」


「はい~!」


 戦士の男の問いに、メトは心底嬉しそうに笑った。


「愛されてるな、お前さん……」


 疲れ切ったように言って、戦士の男は仲間とともに迷宮に潜っていった。



 ボス部屋の後方に繋がるポータルから第11層に直行し、そのまま第12層に向かおうとすると、数パーティが《魔の吹き溜まり》の近くにたむろしては湧いてくる魔物を出オチさせている姿が目に付いた。

 第5層までが訓練所になったうえ、貧民街から新たに500人もの冒険者が参入してきたことで、狩場の奪い合いを避けて第11層に挑むという選択をした者たち、というところだろうか。


 俺もとりあえず、《爆雷針》を海に投げ込んで《雷鳴の斧》で海から飛び出してくる魔物を掃除してから、第12層を目指すことにした。


「465連 《ライトニングブラスト》!」


「相変わらず身もふたもない戦法ですねぇ」


「ドロップ品の仕分けはお願いしますね」


「はい~!」


 数十万体の水棲生物を虐殺し、ドロップ品をメトの《収納魔術鞄》に受け渡していると、数組の冒険者が俺達のところに走ってきた。


「ダンジョン・ディガー! それのやり方教えてくれ!」


 人の気持ちが分からない俺にしては珍しく、彼らの気持ちがよくわかった。

 《魔の吹き溜まり》も数が限られている以上、狩場は常に奪い合いだ。

 ならば、1つでも多くの狩場を使えるようにしておきたいと思うのは当然だろう。


 俺としても奥に進みたいので、狩場として他の冒険者が進路上の魔物を掃除してくれるのは大歓迎である。


「いいですよ。このあたりは今根こそぎやってしまったので、第12層へのポータルがある小島あたりでやってみましょうか」


 俺は冒険者達を伴って小島まで進み、一番筋力がありそうな男に《爆雷針》を渡した。


「これを投げてください。なるべく遠くに」


「お、おう……」


 男が投げた《爆雷針》は数十メートル先の水上で避雷針を展開した。

 さすがにドーピングしまくった俺の投擲距離と比較するのは酷だろうが、できればもう一押し飛ばしてほしかったところではある。


「あとは、あの針が壊れるまで、雷撃魔術を撃ち込んでください。それで水中の魔物を大量に殺せます」


「《ライトニングブラスト》!」「《ライトニングブラスト》!」「《ライトニングブラスト》!」「《ライトニングブラスト》!」


 数人の魔術師が雷撃魔術を避雷針に叩き込むと、魔術師たちの収納魔術にドロップ品がなだれ込む。が、その数は俺の時とは比較にならない。


「さすがに、ダンジョン・ディガーのようにはいかねえか……」


 冒険者たちは少しだけ残念そうに肩を落とし、しかし、すぐに笑いあった。


「そうはいっても《魔の吹き溜まり》と変わらないくらいには稼げるぜ」


「雷撃魔術が使える魔術師の頭数を揃えたほうがいいな、こりゃ」


「俺達も魔術師になるか?」


 楽しそうにこれからの戦略を練る冒険者達を残して第12層に向かおうとしたとき、またクトゥルフもどきが海上から生えてきた。


「げぇっ! ブラッド・テンタクル!」


 クトゥルフもどきの名前はブラッド・テンタクルというらしいが、さておき、10体ほど群れていれば勇者級冒険者に重傷を負わせることも可能なバケモノに、普通の冒険者が勝てるとは思えない。

 《虚空斬波》で斬り殺しておくべきだろう。


 《ゾーリンブランド》を抜いたところで、数人の冒険者が後ろから走ってくることに気づいた俺は、不意打ちの可能性を考慮し後ろに視線を向けた。


 走ってきていたのは、武器を構えて、クトゥルフもどきを睨み据えてひた走る3人の勇者級冒険者。


「喰らいやがれ!」


 狩人の男が拳銃で数発、クトゥルフもどきを牽制する間に、戦士の男と剣士の男が足を止めて、同じ構えをとる。


「合わせるぜ、ヴェイン!」


「遅れるなよアレックス!」


「「《虚空斬波》!」」


 二人の男が重ねて放つ《虚空斬波》は、見事クトゥルフもどきを輪切りにしてのけた。


「フッ……武器がいいだけでブラッド・テンタクルが一撃か」


「俺達もまだまだ捨てたもんじゃねえってこった」


 静かに笑う盲目の剣士と、大剣を担ぎ直して磊落に笑う隻腕の剣士。


「俺も、ようやくコイツの扱いになじんできた」


 ガンスピンを決める程度には銃の扱いになじんでいる狩人の男。

 ……なじみすぎだろ。


 彼らがいるのなら、ここで冒険者たちが雷撃漁業(仮)にいそしんでいる最中にクトゥルフもどきが現れても問題ないだろう。


「第12層での稼ぎ方法を模索したいので、皆様のうち1,2パーティほど、ついてきてくれませんか」


 俺は冒険者たちに頼むと、第12層へのポータルをくぐった。

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