第35話:押しかけ女房の公開奴隷宣言

 数回の職人ギルドへの納品を挟み、納品ついでに海域制圧用の道具を《爆雷針》と命名し、第12層、第13層の海底洞窟をまとめて更地にした俺は、夕食をとるために冒険者ギルドに戻った。

 第5層あたりを掘っていたころは片道1時間以上を見込まなければならなかった職人ギルドも、速度が上がる果物を大量に食った今の俺なら片道1分のご近所だ。

 その速度をもってすれば、2層を1日で更地にすることも容易い。

 ……そろそろ、人外の領域に踏み込みつつあるのかもしれない。

 ※とっくに踏み越えている


 日が暮れ、迷宮からの脱出が必須の時間を迎えてているが、酒場としての営業時間はまだ終わっていない冒険者ギルドに戻ると、そこは人でごった返していた。


「悪いね、見ての通り、もう満席なんだ。なんでも、商人ギルドが貧民街で新規冒険者を増やすために《紅蓮の剣》を配ったりしたとかで、新人が激増してるんだよ」


 ウェイターとして走り回っていたギルドマスターは、入り口で立ち尽くしている俺を見ると、片目をつぶって両手を合わせて見せた。


「そうですか」


 主に俺のせいなので誰をとがめることもできない。

 今日は宿で能力が上がる果物をかじるだけで済ませるか。


「ちなみに、相席でもよければ、一応は席を用意できるけど、どうする?」


 俺は少しばかり逡巡した。

 能力が上がる果物も俺にとっては美味だが、そうは言っても果物だけを食べ続ける生活が続いていたところに海の幸の味を覚えてしまったのも事実。

 1人でゆっくり食事ができないのは残念だが、背に腹は代えられない。


「……お願いします」


 そして案内された席は、5人の女性が鬼気迫る形相で海の幸を口に押し込んでいるという、心の底から近づきたくないと思う地獄絵図だった。

 しかも、もう数時間のべつ幕なしに食いまくっているらしい。


 ……この世界の人間の胃袋の構造が本気で気になってきた。


「やっぱ帰ります」


 踵を返した俺だったが。


「あ、フェイトぉ! 行っちゃいやですぅ!」


 その席にいた5人のうち1人、メトに後ろから組みつかれた。

 俺とメトの筋力差なら振り払うことは不可能ではないが、その場合、近くの席の冒険者が巻き添えを食うことになる。

 メトのレベルも3桁であることを顧みれば、1人2人は死人が出るだろう。

 殺人は本意ではない以上、ひとまずは、座るしかない。


 座った俺は魔導書を取り出し、読みながら能力が上がる果物をかじる。

 海産物でも能力やスキルが手に入るが、レアドロップ枠であるためか、果物の方が能力の上昇幅は遥かに大きいのだ。


 果物が尽きたところで、俺は自分が伸ばしたいスキルに対応する海産物の料理を数品頼み、平らげた。


 だが、昼に1人で食った時のような、精神的な充足感はない。

 やはり、食事は誰にも邪魔されずに、1人でするに限る。


「ごちそうさまでした」


 食事を終え、立ち上がった俺に合わせて、メトも席を立った。


「大事なお話がありますぅ」


 そう言いながら俺の袖を掴んだメトは、収納魔術から1つの道具を取り出した。


「これ、なんだかわかりますかぁ?」


 メトが差し出してきた赤いチョーカーのようなものを、錬金術師の《鑑定》スキルを通して見れば、その性能はすぐに読み取れた。


「《支配の首輪》……HPをゼロにするか、同意している相手にはめると奴隷にできる、主に魔物捕獲用の道具ですね」


 有用そうだと思いつつも使うタイミングが思いつかず、メトの収納魔術に入れてもらっていたもののうち1つだ。

 それを俺に差し出しながら、メトはまるで一世一代の愛の告白に臨む乙女のような表情で、叫んだ。


「この首輪を私にはめてくださいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」


 ある意味では、一世一代の愛の告白という風に解釈できなくもないメトの声が、冒険者ギルド中に響く。


 公開奴隷志願などという特殊極まる羞恥プレイを敢行すれば、その異質な光景は、至極当然に衆目を集める。

 なにしろここは現在満席の、冒険者ギルド併設の酒場なのだ。

 現在進行形でこちらを指さしながらひそひそと話す冒険者達の視線が痛い。


(愛されてる、と、解釈しておいた方がいいと思うわ)


 孤独の女神までもが大困惑である。

 困惑する女神様もかわいいが、今はじっくりそのご尊顔を堪能する暇がない。


 メトがこんな、頭のネジがダース単位で吹っ飛んだようなことを言い出したのも、俺に原因があるのだろう。

 少なくとも、メトが俺に好意を向けていたことは認識しているし、その上で俺は、パーティを抜けるという選択を取った。

 俺はそれほどに、誰かといること自体が苦痛なのだ。


「俺は、人と関わること自体が嫌いで……」

「だから私は人をやめてフェイトの所有物になりますぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」


 困った。対話が成立しない。

 たすけて孤独の女神様。


(し、してあげれば? 所有物に……)


 そっと目をそらす女神様もかわいい。

 しかし状況は悪化の一途をたどっている。


「落ち着いてください。自ら他人に使い潰されることを望むなど……」

「私の命はあの日フェイトにもらいましたぁぁぁぁぁぁ! だから私の命はフェイトのものなんですぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」


 そういえば、メトは俺と出会った時、囮として使い潰されていたのだったか。

 たかだか運良く救助出来た程度のことでここまで恩に着られてもそれはそれで困惑するばかりなのだが、メトにとっては人生のターニングポイントなのだろう。


「あなたの命もあなた自身も、他の誰でもないあなたのものだ!」


 俺も負けじと応戦するが、メトはとにかく強情だった。


「初めてそう認めてくれたフェイトの隣にいたいんですぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!」


 支離滅裂だが、少なくとも、メトの想いだけは嫌というほど理解した。

 そこまで執着されているのなら、道は二つしかない。


 諦めて受け入れるか、殺すかだ。


 受け入れたくはないが、殺すと心を固めるほどの敵意もメトに対して持つことはできない。

 俺は、どちらを取るべきなのだろうか。


「首輪をはめてやったらどうなんだ!」


 誰だ今とんでもないヤジを飛ばしたやつ。先生怒らないから出てきなさい。


 俺の意思とは裏腹に、堰を切ったように四方八方からヤジが飛んでくる。


「いまさらまともぶるんじゃねえぞダンジョン・ディガー!」


「お前は破壊と殺戮と略奪が大好きなキチガイだろ!」


「その程度の悪行で落ちるほどお前の評判はよくねえよ!」


 言いたい放題言いやがる。

 そんなに今この場で《エンド・オブ・センチュリー》をぶっ放してほしいのなら、お望み通りそうしてやろうか。


「うらやましいわボケ! 俺も可愛い女の子からそういう事言われてみてえよ!」


 最後のヤジを飛ばした男は、周囲の女性から椅子でフルボッコにされた。


 そして始まる、冒険者たちの大合唱。


「「「「「はーめーろ! はーめーろ!」」」」」


 あんたらメトに買収でもされたんか!?

 それとも俺に家族でも殺されたんか!?


 ……いかん。

 状況はさらに悪化の一途をたどっている。


 そこに、テーブルに木製のジョッキを叩きつける音が響いた。


「言っておくわフェイト。お姉ちゃんは奴隷になるの、今回が初めてじゃないから。だから、お姉ちゃんは奴隷というものが何なのかを肌身に染みて理解したうえであんたに首輪を差し出してる。この意味、分かるわよね?」


 ツインテールを怒気で逆立たせるシャルの言葉に、俺は天を仰いだ。

 この状況で深い闇の存在をほのめかしてくるのはやめてほしい。


 いよいよ、メトの要求を突っぱねることはできない状況に叩き込まれている。

 そう理解した俺は、深く、深く、3度深呼吸した。


「……後悔しませんね?」


 恫喝するように睨みつけた俺の問いに、メトは満面の笑顔で俺に抱き着くという形で返答した。


 会話の内容から全力で目をそらせば、感動的な婚約のシーンにでも見えたことだろう。

 実態は公開奴隷宣言である。……ひどすぎる。


 そしてうっきうきで自分の首をさらし、《支配の首輪》を俺に差し出すメト。

 俺はそれに応じ、メトの首に《支配の首輪》をはめた。


 ……拍手をすな、ガヤども。

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