第34話:集団行動できない社会不適合者

 午前中の漁業によって殲滅とはいかないものの、第11層の海をほぼ素通りできる程度に制圧した俺は、第12層へのポータルをくぐった。


 途端に、呼吸ができないことに気づく。

 俺は急いで《水中呼吸の指輪》を装備した。


「今度は海底洞窟か。5層ごとでなく地形の雰囲気ががらりと変わるというのは、第10層までとの明確な差異だな……」


 《水中呼吸の指輪》を手に入れていなければ入れないし、手に入れていたとして、装備枠が1つ《水中呼吸の指輪》に取られる、実にいやらしい地形だ。

 俺も、この手の使うか使わないかよくわからないものはメトの収納魔術に入れてもらっていたので、今日ドロップしたのは僥倖だった。


「試しておくか……《エンド・オブ・センチュリー》!」


 久々にぶっ放した《エンド・オブ・センチュリー》は、岩壁の陰に隠れていた魔物ごと海底洞窟の地形を消し飛ばし、海底ドームとでもいうべき空間を作り出す。


 どうやら天井は相当高いようだ。

 《虚空斬波》での地形破壊はあくまで斬撃の余波なので、《エンド・オブ・センチュリー》ほどの整地能力はないことを考えると、ここでのメインウェポンは《エンド・オブ・センチュリー》ということになる。


「《加護転換》! 《エンド・オブ・センチュリー》!」

「《加護転換》! 《エンド・オブ・センチュリー》!」

「《加護転換》! 《エンド・オブ・センチュリー》!」

「《慈愛の杖》!」


 HP回復薬は海水に混ざってうまく飲むことも浴びることもできないので、ここでは、HPを回復させる魔術 《リフレ》を発動する《慈愛の杖》を《マルチユーズ》することで対応する。今後はこの方針でいいだろう。

 いや、もっと前からこうしておくべきだったのかもしれない。

 他の冒険者のためにHP回復薬を市場に放出する意味で。

 ……何か、忘れているような……。

 ※《デモンズカプセル》の存在を忘れている。



 第12層を半分ほど更地にした頃合いで、激しい戦闘の音が聞こえてきた。

 勇者級冒険者でさえ、第11層は突破できなかったはずだが、誰だろうか。

 などと、一瞬でも疑問に思った俺はかなりの愚か者だろう。


 午前中に第11層で鉢合わせ、午後に再突入した時にはいなかった、《水中呼吸の指輪》を保有する冒険者たちを、俺は知っているはずだ。

 そして第11層は、素通りできたではないか。

 ならば、彼女たちがどこでレベリングを試みるか。考えるまでもない。


「くっそぉぉ、強い……! あのバカがいないだけでこんなキツイの……?」


 弓による射撃を間断なく続けながら呻くシャル。


「これ、は、まずい、わ」


 《デモンズカプセル》を使いながら顔をしかめるアリサ。


「そんな……」


 HPを回復させる魔術を立て続けに発動しながらうめくカノン。


「こんな時、フェイト様がいてくれたら……」


 剣を構えながらうめく王女。


 じっくり見るまでもなく、戦況は思わしくないらしい。


「そうやってフェイトに頼り切っていたから、私達はフェイトに見捨てられたんですぅ!」


 見当違いのことを言いながら果敢に魔物に殴りかかるメトだが、タコのように見える魔物の触手に絡めとられ、あっさりと動きを封じられる。


 あっさり捕まるほど動きが鈍るレベルで消耗しているなら退却すべきだろうに、誰もその判断を出来なかったようだ。


「関わりたくはないが……」


(それでも、目の前で死にそうな人がいたら助けたい衝動を抑えられない。そんな矛盾したあなたが大好き)


 孤独の女神からそんなことを言われたら、やらないわけにはいかない。


 俺は《ゾーリンブランド》を抜いて数十メートルの間合いを一歩の踏み込みで制し、その勢いのまま魔物を斬り殺した。

 この程度の相手ならHPを消費するような大技を使うまでもなく刺身にできる。


「……フェイト……?」


 拘束を解かれたメトが、幽霊でも見るような目で見てくる。

 いちいち、はいフェイトでございます、なんぞと答えるのも面倒だ。


「《加護転換》! 《エンド・オブ・センチュリー》!」


 とりあえず地形をぶっ飛ばしておく。

 メトにとっては飽きるほどに見た光景だろう。

 そして、俺以外には激痛で、実行できないことらしい。


「フェイトだ……本当にフェイトだぁ……」


 その場にへたり込み、泣き出したメトに《慈愛の杖》をかざしつつその足元に《携帯非常口》を転がしておく。


「助けて、くれた、の?」


 アリサの質問に、首肯を返すのは屈辱だった。

 悔しいので《慈愛の杖》でひっぱたいておく。


「フェイトきゅん! 勝手にパーティを抜けたかと思えば助けに来たり、何がしたいのか説明してください!」


 極限状況の興奮が収まらないのか、怒鳴りつけてくるのはカノン。

 とりあえず落ち着かせるために《慈愛の杖》で頭をぶっ叩く。

 あと変な呼び方の腹いせでもう一撃。


「俺は人と関わるのが嫌いです。しかし、人が死ぬのを見るのはもっと嫌いです」


 説明を求められてもこの程度のことしか言えないのだが。


「フェイト様、戻ってきては、頂けないのですよね」


 王女の問いに、俺は首を横に振った。

 ついでに差し出された手を《慈愛の杖》で払った。


「俺は孤独を愛しています」


(そういう事を衒いもなく言うのはさすがにやめてほしい)


 申し訳ありません女神様。俺の素直な気持ちがつい。

 照れる女神の幻影は本当にかわいかった


「礼は言わないから」


 最後に俺を睨みつけてくるシャルをこれまでの腹いせを込めて《慈愛の杖》でどついてから、周囲を見渡す。

 《誘引剤》がろくに使い物にならない水中であるにもかかわらず、《エンド・オブ・センチュリー》の轟音に引き寄せられたか、大量の水棲生物が俺達を包囲していた。

 むしろ水中であることによって、上からも大量の魔物が殺到してくる新感覚の死地だ。


「とにかく、地上に戻ってください。ここはあなた方には危険すぎる」


 俺はメトと出会った時のように、魔物の群れから5人をかばうように前に出た。

 いや、かばうつもりなどない。俺にあるのは、食欲。


「キヒ……!」


 俺の目には、魔物の群れはもはや、美味なうえにスキルも覚えられる夢の食材にしか見えていない。


「《加護転換》! 《エンド・オブ・センチュリー》!」

「《加護転換》! 《エンド・オブ・センチュリー》!」

「《加護転換》! 《エンド・オブ・センチュリー》!」


 俺が第12層を隅々まで爆撃するのに紛れて、メト達は《携帯非常口》で脱出した。



 地上に戻った王女レイア一行は、姉御肌のギルドマスター直々に出迎えられた。


「お疲れ。見たところ散々な目に遭ったみたいじゃないか」


 からからと笑うギルドマスターに食って掛かる気力もなく、レイアは王女という身分を忘れてため息をついた。


「自らの力不足を思い知りました……」


 フェイトとともに迷宮に潜り、膨大な経験値を取り込んでいたはずの自分たちがなすすべもなく追い込まれた相手を、フェイトがあまりにも気軽に、まるで羽虫を叩くように容易く切り刻んだ光景はレイア達3人にとってあまりにも絶望的であった。

 無論、彼らよりずっと早く第11層に挑んでいたアリサとカノンにとっても、自らの積んだ経験への矜持を打ち砕かれる体験であったことに変わりはない。


「はっはっは。いいことだ。今日は無料で海鮮食べ放題なんだけど、食べてくかい? 第11層産の、能力やスキルが上がるやつだよ」


 5人は顔を見合わせ、頷き合った。

 夕食にはまだ早い時間だが、今日は戦果らしい戦果がないし、何より、疲労困憊だ。

 ご馳走になろう。



 席について料理を待つ間、誰も、何も言わなかった。


 フェイトの行動は、間違いなく救助だった。

 自分たちの危機に現れ、敵を倒し、全員を《慈愛の杖》でしばき回して回復させたうえで《携帯非常口》を渡し、集まってくる敵を虐殺するという行動は、ツッコミどころはあるが、確かに救助だ。


 だが、関わりたくないと突き放した自分たちを救助する理由がわからない。

 大嫌いな相手でも人道的見地に基づいて助けるような底抜けの善人、と解釈するには、あまりにもフェイトの行動には奇行が多すぎる。


 極めつけに、『戻ってきてくれないか』というレイアの問いに、『孤独を愛している』という、答えになっていない応えを返したときの、フェイトの幸せそうな顔が、全員の脳裏にこびりついていた。

 ※女神の幻影にキュンキュンしていた時の顔。


 メトは、シャルは、レイアは、フェイトからあの笑顔を奪い続けていたのだ。

 アリサとカノンも、フェイトが我慢の限界を迎えていなければ、仲間が彼に自分たちを託したことにあぐらをかき、彼の気も知らずにそうしていただろう。


 あんな顔を見てしまっては、認めないわけにはいかない。

 あんな幸せな顔ができる少年が終始不機嫌面でいるくらいに、あの少年の人嫌いは重症なのだということを。


 そのうえで、メリットがあるならとその苦痛を飲み込んでいたのだという事も、どうしようとてなく、理解させられた。


「ほら、辛気臭い顔してないで、たっぷり食べて力をつけな。ダンジョン・ディガーが置き場所に困るくらい置いていったからね、遠慮はいらないよ」


 どん、とテーブルに置かれた料理に、最初に手を伸ばしたのはメト。


「わあああああああああああああああああっ!」


 滂沱の涙を流し、叫びながら、喰らいつく。

 口に物を押し込んでいなければ、想い出に潰されそうだった。

 少しくらい役に立てていた、という思い上がりを打ち砕かれ、想い人の隣にいていい理由の全てを失い、苦痛だけを与えていたという事実に、殺されそうだった。


 つられて、レイアも、シャルも、アリサも、カノンも、料理に手を伸ばす。

 メトほどではないにせよ、やけ食いでもしなければ、やっていられない。

 それは全員に共通する感情だった。


 言外に、自分たちと一緒にいることは《加護転換》の激痛よりはるかに苦痛だったのだと見せつけてきた少年への感情を、何かにぶつけなければやっていられなかった。

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