第31話:趣味に金をつぎ込む系転生者

 勇者級冒険者達の見舞いを終えた俺は、その足で職人ギルドに向かった。


 彼らに贈る武具を発注するためだ。


 戦士の男には、隻腕のハンデを最小限に抑えられる武器。

 剣士の男には、失明のハンデを最小限に抑えられる武器。

 狩人の男には、左手だけで扱える飛び道具。


 いずれも定義すらあいまいな難題だが、職人ギルドの職人たちは、勇者級冒険者達の再出発のためならと喜んで引き受けてくれた。


 なお、先日俺が注文した第11層制圧用の魔道具の完成は明日の夜になるとのことだったので、もう1日だけ、第11層の岸壁エリアでレベリングすることになりそうだ。


「一応聞いとくけどさ、そんなことにお金使ってなんか得あるわけ?」


 職人ギルドで手付金を支払ったとき、それまで黙って見守ってくれていたシャルが不満もあらわに訊ねてきた。

 あらゆる分け前は等分しているのだから、自分の金の使い道くらい俺の好きにさせてほしいと思うのだが。


「彼らが第11層で毎日魔物を狩ってくれたら、俺達が第11層以外のところを攻略することになった後でも、毎日海の幸食べ放題ですよ」


 とりあえず説得を試みる。


「それに何十万サフィアも使う価値ある?」


 食い下がるシャルに、俺はさすがに苛立った。


「食べるだけでスキルが覚えられるし職業熟練度も上がっていく食べ物が大量に得られることにその程度の価値もない、と?」


 俺の知るシャルは、その程度のことが分からない阿呆ではなかったはずだが、買い被りだったのだろうか。


「それでも、お腹いっぱいになるまで食べられる量には限りがあるじゃん」


 まだ言うか。


「俺達6人なら6倍食えますし、冒険者ギルドの冒険者だけでも100人は下らない。王都の貧民街とか言い出すと、食べる口の数は事実上限りがないと言えるのでは」


 俺の反論に、シャルはなぜかパッと顔を明るくして俺を指さした。


「そう! そこ! なんで自分以外まで計算に入ってるの! 自分は得してないじゃん。せっかく稼いだんだから自分のために使いなよ」


 それで論破したつもりか。


「以前も申し上げましたが、フェイト様は、もう十分、アスガルドに貢献してくださっています。少しくらい、フェイト様がその利益を受け取ってもいいはずです」


 王女までそんなことを言い出す始末。


 余計なお世話だという話である。

 これだから人との付き合いは嫌いなのだ。

 そもそも俺にとってこういう金の使い道は趣味に等しい。

 分け前はちゃんと渡しているのだから、俺の趣味に口を出すのはやめてほしい。

 こういうことがあると本気でソロプレイヤーに戻りたくなる。


「底抜け、の、お人好し?」


「みたいですね……」


 ひそひそと言い合う女魔術師と女聖術師にも腹が立つ。


 俺は深く息を吸い、吐き、苛立ちが声に出ないよう、極めて慎重に、シャルに説明した。


 俺がこの世界で楽しめる趣味は魔物の殺戮くらいだ。

 魔物を殺しまくるのはとてもとても楽しいし、付随してドロップ品がザクザクと集まることも、とても嬉しい。

 だが、そのドロップ品は、実際に戦闘で使うごく一部のもの以外は、本質的にはただの収納魔術の肥やしなのだ。


 だから職人ギルド、商人ギルドの倉庫に置かせてもらっている。

 売るなり使うなり好きにしてもらっていい条件で、その場合利益の一部を金銭で支払ってもらう契約だが、俺にとって最も重要なのは、大容量の倉庫、という部分だ。

 そして、その倉庫も、パンパンになりつつある。


 集めるためには空き容量を作らなければならない。

 そんな状況に俺は置かれている。


 だから、俺はそれらの出口、使ってくれる誰かを探さなければ、自分の趣味を安心して満喫できないのだ。

 もちろん、ほとんどが武具やその素材である以上、使ってくれる誰か、とは、国の兵士か、さもなくば冒険者になるだろう。


 だから、今回の勇者級冒険者の負傷のように、武具を贈るに値する相手とその口実が得られたなら、倉庫を圧迫している大量の素材で最高の武具を作り、進呈するのは当然だ。


 俺にとっては不要品が倉庫からなくなって嬉しい。

 贈る相手は強力な武具が手に入って嬉しい。

 職人ギルドは売り上げが立って嬉しい。


 三方よしの誰も悲しまない取引が成立するのだ。

 今回のケースでは、なんだか彼らの負傷を喜んでいるようでその点だけは少々気兼ねするが、その詫びも兼ねて最高の品を贈りたい。

 そのための数十万サフィアだ。


「……頭痛くなってきた」


 俺の説明を聞いて、シャルはめまいを覚えたかのように頭を抱えた。


 だが、俺のターンは終わらない。


 極端な話、これから商人ギルドに頼んで貧民街に『先着500名様まで、冒険者フェイトの奢りで《紅蓮の剣》をプレゼント。条件は冒険者として活動する意思があることのみ!』みたいなチラシを配ってもらいたいくらいだ。


 連日の第5層での漆黒の騎士乱獲と、俺による10本合成した《紅蓮の剣》の配布により、未合成の《紅蓮の剣》の価値がパン一切れと変わらない程に暴落した今、それをやったところで金銭的には大した出費にならない。

 それで、冒険者としての第一歩を踏み出した者たちが、いずれ商人ギルドから武具を買っていくようになれば、倉庫の空きも増えるというものだ。

 なにしろ、買い手の数が大きく増えるのだから。


 俺は倉庫に空きができて嬉しい。

 商人ギルドは売り上げが立って嬉しい。

 貧民街の人々は食い扶持が稼げて嬉しい。

 アスガルド国は戦力になる冒険者が増えて嬉しい。


 国家すら喜ぶ最高のプランではないだろうか。


「バカかアンタ! バッカじゃないの!? またはアホか!」


 シャルがガチギレした。

 俺もそろそろガチギレしていいころだろうか。


「フェイト君、その話、今度商談させてくれないかね?」


 怒髪天を衝くシャルを押しのけてまで俺の前に身を乗り出してくるほどに食いついたのは、職人ギルドと同じ建物に存在する商人ギルドのギルド長。


「はい5000サフィア」


 俺は、現在の《紅蓮の剣》500本分の代金にあたる金額を手渡した。

 頭の回転が非常に速い商人相手なら、これ以上の説明は必要ない。

 商談成立である。


「よし、《紅蓮の剣》500本、貧民街で配ってこい! 冒険者になる意志がある、骨のありそうなやつを選ぶんだぞ! 将来のお客様になる相手だからな! しっかり見極めろ!」


 早速商人たちに檄を飛ばす商人ギルド長。


「商人ギルドもノリ軽すぎだろぉ!」


 そのあまりと言えばあまりの即断即決ぶりに、シャルがもう一度ガチギレした。


「言わないでくれお嬢ちゃん。私達も、倉庫問題に頭を悩ませているんだ。王国の兵士の装備ももう全部職人ギルド謹製の最高級品にしてしまって、大口の納入先がないんだ……!」


 何故か、商人ギルド長が泣き出した。


「うちの変態がすみません……」


 そしてシャルも目元をぬぐいながら謝りだした。


 ……解せぬ。たすけて孤独の女神様。


(私は無力ね……)


 なんでいじけるんですか。かわいい。


「おっと、騒がしくなって忘れるところだった」


 職人/商人ギルドから出ていこうとした俺を、職人ギルド長が呼び止めた。


「悪魔の宝玉を使った魔力回復の魔道具、《デモンズカプセル》って商品名にしたんだが、このまま売りに出すかい?」


 ああ、忘れるところだった。


「6個だけください。それ以外は、女王に献上してください。工賃は俺が払いますので、請求するなり俺への支払いから差し引くなりご随意に」


 まだ、献上の話を職人ギルドに伝えていなかった。

 1つ事件が起こるとその前に計画していたことを忘れるのは俺の悪い癖だ。

 紙がもっと安ければ、メモ用紙でも買い込んでおくところだが。


「献上か。確かにその方がいいかもな。こんなもんを荒くれどもに渡したら調子に乗るバカが出てきて、逆に死人が増えそうだ」


 職人ギルド長は小さく笑うと、木箱から6個だけ《デモンズカプセル》を取り出して俺に持たせてくれた。

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