第30話:救えなかったもの、託されたもの

 大量のクトゥルフを斬殺し、勇者級冒険者たちの安否を確認しようと周囲を見回した俺は、安堵と同時に、絶望をも味わうことになった。


「へ、へへ……助けられちまったな……」


 斧を杖代わりにして立っている戦士の男は、左腕を失っている。

 両手斧を振るうことができなくなったことは、言うまでもない。


「おいおい、俺は嘘のつもりで言ったんだぞ、ダンジョン・ディガーが来れば助かる、なんてのはよ……」


 苦笑して見せる狩人の男も、右腕がなくなっていた。

 当然、弓を引くことはもう無理だ。


「うそから出たまこと、という事にしておいてやる」


 狩人の男の肩を叩く剣士の男も、目元がえぐられている。

 視力はもう、ないだろう。戦うこと自体ができなくなったと言っていい。


「済まんが、わしの止血も頼んでいいかの? お若いの」


 気楽な調子で言う老魔術師も、両足がない。

 呑気に言っているが、止血が遅れると普通に死ぬレベルの大けがである。


 俺はすぐに4人の男ににわか知識で応急手当を施し、蘇生薬とHP回復薬をぶっかけ、携帯非常口を叩きつけた。

 丸一日レベリングをするつもりだったが、緊急事態だ。

 昼前の帰還になることなど、気にしている場合ではない。


 さすがにこの状況でレベリングを優先できるほど無神経では、いられなかった。



 結論から言えば、4人の勇者級冒険者は、一命をとりとめた。

 が、手足や視力を失っては、もう、冒険者としての活動は難しいだろう。


 ……と、思っていたのだが。


 数時間後に、意識を回復した彼らを見舞いに、仲間と、無事だった勇者級冒険者二人を連れて治療院を訪れた俺が見た光景は、身体の欠損、という重大な事態に対して、あまりにも悲壮感が足りない、笑い合う男たちの姿であった。


 合わせる顔がないとか言って病室の外で息をひそめている女魔術師と女聖術師に謝ってあげてほしい。

 ついでに二人を必死になだめているメト、シャル、王女の3人にも謝ってくれ。

 欲を言うなら無事に助け出せなかったことを悔いている俺にも。


「剣士のスキルに両手武器二刀流できるのがあったよな、剣士サブにしてあれ覚えたら右腕一本で両手用のバトルアックス振れるんじゃね? どうせ一撃でHP消し飛ぶならサブ騎士にしとく意味あんまないし」


 面白いことを思いついた、とでも言いたげに笑う戦士の男。

 確かに言う通りかもしれないが、腕一本なくなった奴がその日のうちに言うセリフではない。断じてない。


「できるだろうな。……俺も、闘士を試した時期があったおかげで《心眼》があるし、日常生活には全く支障がない。今後はサブ闘士で、《心眼》の効果を高めていく方針で行くべきだろう」


 目がなくなったのに何の不自由もなく部屋を歩き、コーヒーを淹れて飲みながら笑う剣士の男。

 たかがメインカメラをやられただけですかそうですか。


「わしも、そろそろ冒険者は引退して、魔導書作家にでもなろうと思っておったからの。いい機会じゃ。ジョセフはちと、大変かもしれんのぉ」


 両足がなくなった老魔術師ですらそう言って笑っている有様である。

 足なんて飾りだもんな。偉い人にはそれが分からないだけだもんな。


 んなわけあるかボケ。


「そうだな。さすがに片手で撃てる弓なんてものはないし、俺はメインごと転職かな。ダンジョン・ディガーの真似でもしてみるか? 盗賊と錬金術師で稼ぎ特化だ」


 この中で一番悲壮感があるのが、戦闘スタイルを変えなければならなくなった、と肩をすくめる狩人の男。


 逆に言えば、その程度である。


 もうちょっとこう、自分の失われた体の機能について嘆く時間があってもいいと思うのだが、この男たちはそんなものとは無縁だった。


 老魔術師を除いて全員、今後も冒険者を続ける気満々だ。

 その老魔術師も、魔導書作家になる、という第二の人生にこぎ出す気満々で笑っている始末。


 彼らを無傷で救い出せなかったことに多少の責任を感じて若干気まずい程度の俺こそが、この病室で一番思い詰めている人間だと言ってもいいかもしれない。

 彼らの犠牲で生き残った女魔術師と女聖術師は部屋の外にいるのでノーカン。


 とはいえ、本人たちが気にしていないのに俺だけ気にしていても仕方がない。

 かけるべき言葉を持たない俺はもう、何も言わずに立ち去ることにした。が。


「ダンジョン・ディガー、1つ、頼んでいいか」


 勇者級冒険者は、出ていこうとする俺を、背中越しに呼び止めた。

 そうなれば、自然、俺の足も止まることになる。


「内容によります」


 答えた俺の声は、自分でも驚くほどに固かった。


「アリサとカノンを頼む。俺達はこの通り、大して気にしてないが、やっぱ気まずいだろ。死ぬ覚悟で自分たちを逃がしたやつらとこれからも組むのってさ」


 苦笑しながら言う戦士の男に、俺は肩越しに首を振った。

 女魔術師と女聖術師のどっちがアリサでどっちがカノンなのか、なんてことを聞く気にもなれない。

 これ以上仲間が増えるなど、まっぴらごめんだ。

 人が増えればその分気を遣わなければならない。

 今でさえ、人嫌いの俺には辛いというのに。


「そのわだかまりを、あなた方は越えられるはずだ」


 それに、彼らからは見えない、俺にとっては目の前で、仲間たちの想いに涙を流すこの女たちなら、そして、自分を見舞いに来た男に唯一頼むことが仲間を託すことであるこの男たちなら、そんな気まずさなど勝手に溶けてなくなる。

 何故か、そう信じられた。


「まあ聞いてくれ、ダンジョン・ディガー」


 そのままドアを閉めようとする俺を、もう一度戦士の男が呼び止めた。


「俺達も気まずいんだよ。あいつらは、100年前の戦乙女のように第30層を制覇するのが夢なんだ。ハンデを負った俺たちを抱えて、気を使って、そんな下らねえ理由であいつらの夢を潰したくない。俺たちの夢は、もう叶ったからさ。……頼むよ」


 その真摯な、仲間を思うからこそ離れるという選択肢を強く心に固めている戦士の男の言葉に、俺はしばし逡巡し、ドアを開けた姿勢のまま、部屋の外にいる3人の仲間と、勇者級冒険者である女魔術師、女聖術師に目を向け。

 無言で首肯する5人を見てから、ため息をついた。


「……承りました」


 仲間が増え、気を使うことが増える苦痛は、ひとまず我慢するとしよう。

 限界は近いが、限界までは耐えてみるしかない。


(長くは持たないわよ)


 孤独の女神の忠告は、心に深く刻み込んでおこう。

 もとより俺は、大所帯でいることに耐えられる人間ではない。


 部屋の外に出て、ドアを閉めようとした俺の背中に、剣士の男が呼びかける。


「そうだ、ドアの外で隠れている二人に伝言を頼む。第30層を制覇したら、自慢しに来い、とな」


 盲目になったがゆえにかえって感覚が鋭くなっている剣士の男がニヤリと口元をゆがめると、戦士の男が目を見開いた。


「いやアリサもカノンもそこにいるのかよ!? 俺めっちゃ恥ずかしいこと言ったんだけど!?」


 戦士の男が剣士の男につかみかかるのを尻目に、俺はドアを閉めた。


 さあ、6人パーティになってしまった。

 古き良きDRPGでは6人構成が基本であったが。


 俺は根っからのソロプレイヤー気質。

 いつまでパーティを組むことに耐えられるやら。


 長くは持たない、その予言が、果たして何日を指すのか、見ものである。

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