第29話:ある勇者の最期

 勇者級と呼ばれる6人の冒険者は、破壊と殺戮の限りを尽くすもう一組の冒険者たちに背中を任せ、海に挟まれた狭い道をひた走った。


「……いける!」


 普段なら両側から襲い掛かってくる魔物達がいない。

 後ろで高笑いしている少年を脅威と見てそちらにかかりきりになっている魔物たちの間隙をついて、という、勇者級の名折れといえばそうかもしれない方法ではあるが、当代ではまだ誰も突入していない、第12層への突入が叶うかもしれない。


 はやる心を抑えながらも、6人の冒険者は前を見てひた走り。そして。


「しぎゃああああああああああああああああああああ!」


 第12層に向かうポータルがある小島の直前で、巨大なイカともタコともつかない生物に行く手を阻まれた。


「ブラッド・テンタクルか……さすがにデカブツは地上のごたごたには興味もたないよな……みんな、いけるか!」


「「「「「応!」」」」」


 6人の冒険者は勇ましく武器を抜いた。


 巨大生物、ブラッド・テンタクルの、丸太のような触腕が振り下ろされ、冒険者たちのいた場所を薙ぎ払う。

 冒険者たちはその場を飛びのき、これを交わした。

 戦士の男と剣士の男は即座に反転し、武器を抜く。


「おらぁっ!」「重ねるぞ!」


 戦士の男が力任せに斬りつけた傷口に、正確に剣を運び、剣士の男が触腕を切り落とす。


「左目、貰った!」


 狩人の男が巨大生物の目を射抜き、隙を作る。


「「《バーストボルト》!」」


 その隙があれば、声が重なって響くほどに息が合う、二人の魔術師の火炎魔術が、続いて振り上げられた触腕のうち一本を焼き尽くすくらいは造作もない。

 目を瞑っていても、一言も交わさなくても連携できる。

 その阿吽の呼吸こそが、この6人を勇者級冒険者たらしめる力だ。


「きしゃあああああああああああああ!」


 左目と2本の触腕を奪われ、苦悶の悲鳴とも怒りの咆哮ともつかない絶叫を上げるブラッド・テンタクル。


「よっしゃ、この調子だ!」


 戦士の男が仲間を鼓舞しつつ、バトルアックスを構えなおす。

 大量の取り巻きに邪魔されなければ、いかにブラッド・テンタクルと言えど勇者級冒険者の敵ではない。


 1体ならば、の話だが。


「後ろじゃ!」


「なっ?」


 老魔術師の警告に、戦士の男が直観的に左へと逃れる。

 直後、戦士の男がいた位置を、背後から巨大な触腕が薙ぎ払った。


「2体居やがったのか!」


「いや……群れだ!」


 舌打ちする戦士の男の言葉を、剣士の男が訂正する。

 勇者級冒険者たちの周囲を、10を超えるブラッド・テンタクルが包囲していた。


 連日縄張りにちょっかいをかけてくる鬱陶しい人間を、ここで始末するつもりらしい。


「クソッ……!」


 狩人の男が舌打ちする。


 数多の冒険者が志半ばで命を落としてきた。

 その順番が、自分たちに回ってきたのだと、狩人の男は敏感に察知した。

 せめて安全な位置まで退避できれば、《携帯非常口》も使えるだろうが、第11層の魔物は、それでポータルが開くまでの数秒を呑気に待ってくれるような敵ではない。

 ましてや、1体でも一撃でこちらの命を刈り取ってくる巨大な魔物の群れを相手に、そんな隙をさらすことなどできるはずもない。


「爺さん、ヴェイン、悪いが、俺と一緒に死んでくれ」


 陣形を整えるふりをして、狩人の男は老魔術師と剣士の男に耳打ちする。


 女は、胎を魔物の繁殖に使われる恐れがある以上、決死の囮は男であるべし。

 魔物に襲われ、敗北した場合の鉄則だ。

 無論、公にはされていない情報だが、数多の惨状をその眼で見てきた熟練の冒険者である彼らにとって、それはもはや常識であった。


 それゆえに、老魔術師も剣士も、覚悟を決めて首肯した。


「アリサ! カノン! ふたりでダンジョン・ディガーを呼んで来い! それしか俺たちが助かる方法はねえ!」


 狩人の男は、それまで何度もついてきた、今生最後の、嘘をついた。



 走り去る二人の仲間を見送り、戦士の男はバトルアックスを構えなおして自嘲気味に笑った。


「悪いことは、出来ねえなぁ……。すまねえ、みんな」


 他人を囮にしようとしたバチでも当たったか。

 その決断が仲間を死なせた、というのは、一応のリーダーである戦士の男にとって、痛恨のミスであった。


「そうでもないさ、アレックス。俺達の子供のころの夢はなんだった?」


 剣士の男は、自分たちが冒険者になった理由を戦士の男に問う。


「今際のきわに、夢がかなった。それで許してやるさ」


 狩人の男が戦士の男の肩を軽く叩く。


 戦士の男、剣士の男、狩人の男は、魔物の群れを相手に一歩も引かず、人々を守って戦い抜いた勇者の物語に憧れてこの道を選んだ。

 右も左も分からない駆け出しの頃、初めて戦ったゴブリンに殺されかけて老魔術師に出会い、老魔術師の弟子だという二人の女性術師に経験を積ませたいという老魔術師の誘いを受けて、今日まで6人で進んできた。


 そして今日、4人で死ぬ。

 巻き込んでしまった老魔術師には悪いと思った戦士の男だが、しかし、老魔術師も笑っていた。


「弟子を守って死ぬなら本望じゃよ」


 悪くない。

 実に悪くない終わりだ。

 この死の間際でさえ、希望をつなぐために、最後まで仲間が同じ方向を向いている。

 そのことを、戦士の男は死後の世界で真っ先に自慢しようと心に決めた。


「そうか。なら、詫びはもう言わねえ。ありがとよ……ダチ公」


 4人の男は、死ぬと分かっている戦場で笑いあった。



 魔物を楽しく殺戮していたら、急に海から大量のクトゥルフが生えてきた。

 何を言っているか分からないと思うが、それが、俺の目から見えた景色だ。


 いくら勇者級と称される冒険者であっても、あんなバケモノに囲まれたら無事では済まない。そのくらいは俺にもわかる。


 彼らの名前は知らない。

 それでも顔は知っている。

 彼らの人となりは知らない。

 それでも言葉を交わした。


 俺が彼らの生存を望む理由は、それで十分だ。

 それ以上知れば、きっと俺は面倒になって、彼らの死を望んでしまうから。


「フェイト……?」


 俺の様子にメトが違和感を持ったか、不安げに俺の名前を呼ぶ。


 だが、そんなことは、今は些事だ。

 彼らを死なせないために、何ができる?


「すみません、皆さん。予定を変更します」


 俺は《ゾーリンブランド》を握りなおし、仲間を振り返った。


「フェイトならそう言うと思ってましたぁ」


 メトが笑う。


「予定なんて何も変わんないでしょ。どうせやることは1つなんだから」


 シャルが呆れる。


「お心のままに、行かれませ」


 王女が頷く。


(さあ、殺戮を楽しみなさい)


 孤独の女神が、背中を押してくださる。


 そうだ。

 いつだって、俺にできることは1つしかない。


「魔物を、殺す……ッ!」


 俺は音をも置き去りにする全速力で、海に向かって駆け出した。



 女魔術師と女聖術師は、決して振り返らずにまっすぐ走った。


 危機に陥ったら女を逃がせ、というのは、冒険者の鉄則だ。

 いくら勇者級などと持ち上げられている冒険者でも、10を超えるブラッド・テンタクルに囲まれては、数秒も持たない。

 だから、狩人の男の嘘にも、分かったうえで乗った。


 仲間の、最後の覚悟を無駄にしないために。


 それなのに、その悲しい決意すらもあざ笑うかのように、退路にもブラッド・テンタクルが2体、待ち構えていた。


「ここまで、みたい、ね」

「そ、そんな……」


 もはや死あるのみ。

 仲間の覚悟と犠牲すらも無意味。

 触腕に潰されるのを待つだけの、絶望の一瞬。

 確かにその瞬間、二人は少年の声を聴いた。


「魔物を殺す……!」


 盗賊の少年が、1体のブラッド・テンタクルを文字通り粉微塵に切り刻んだ。


「もちろんお前も殺す!」


 少年は、返す刀でもう1体のブラッド・テンタクルもネギトロ並に細かく刻み、一瞬で殺害して見せる。


「第11層の魔物を全て殺す。……魔物を全て殺す!」


 なんたる狂人の戯言か。

 しかし、女魔術師と女聖術師を一瞬で救助した次の刹那には、もはや目で追う事すらかなわない速度でブラッド・テンタクルの群れに疾駆し、1体、また1体と一口サイズの刺身に変えていく少年ならば、その戯言を現実にできる。


「これが……ダンジョン・ディガー……」


 それまで、風聞でしか知らなかった少年の狂気と圧倒的な実力を目の当たりにした女魔術師と女聖術師は、ただ、その姿に魅入られたかのように立ち尽くした。


「あのバカ、また無茶ばっかりして……。お姉ちゃん、王女様、私達のやること、分かってるよね!?」


「フェイト様が戻ってくるまで、ここを死守、ですよね?」


「ここはもう安全ですぅ。寄ってくる魔物は全部殺しますからぁ」


 その二人を守るように、気狂いの少年とともに迷宮を掘り返し続けている少女たちが、寄ってくる有象無象の魔物を殺戮し始めた。


 それは常識外の連携だった。

 通常、冒険者の連携とは、ある程度近接し、戦闘を有利に進めるために互いに短所を補いあって長所を生かすという、あくまでも『戦闘行動』の範囲で行われるものだ。


 だが。


 気狂いの少年と少女たちの連携はそうではない。

 気狂いの少年が《誘引剤》を被ったまま魔物の群れに突入し、最大効率で魔物を殺戮し、少女たちがその撃ち漏らしを滅殺するという、個々人の圧倒的な力量と、『放っておいても大丈夫』という域にまで達した信頼関係に立脚する、本来なら『軍』『部隊』などと呼ばれる人数規模が必要な『戦術』を、たった4人で実現している異次元の戦いだ。


 だからこそ。


 これなら、仲間たちを救ってくれるかもしれない。


 そんな希望を、女魔術師と女聖術師は抱いた。

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