第28話:愛されても愛せない

 女王が俺の頭から手を離したとき、既に窓から差し込む光は橙色になっていた。


「ごめんなさいね、長々と付き合わせちゃって」


 苦笑して見せる女王の言葉を、俺はあえて無視した。

 謝罪を受け入れるわけにはいかない。王に頭を下げさせることになる。

 謝罪を拒絶するわけにはいかない。俺にわだかまりはないのだから。


 代わりに俺は、1つのことを願った。


「武器庫その他、戦闘用の魔道具を置いておける場所への立ち入り許可を願います。すぐにも、手元のものを献上したく」


「ありがとう。兵士に案内させるわ」


 女王は俺の願いを聞き入れ、兵士を呼んでくれた。



 数人の兵士の協力のもと、収納魔術の中身をほぼすべて武器庫に移し終えると、日はとっぷりと暮れていた。

 すっかり暗くなった城内を兵士たちに先導されて歩いていると、同じように兵士に先導されて廊下を歩いてくる誰かと鉢合わせた。


「フェイトぉ~!」


「結局日が暮れるまで出てこなかったわね」


「フェイト様、お母様から話は聞きました」


 その誰かは、俺にとってはこの世界で唯一と言っていい知人、仲間3人。


「すみません。遅くなりました」


 この時間にわざわざ迎えに来る手間をかけたことを謝罪すると、シャルが腕を組んで鼻を鳴らした。


「全くよ。宴の終わり際にお姉ちゃんが『フェイトに食べさせてあげたいですぅ』って屋台の人に無理言って包んでもらった料理が全部冷めちゃって、さっきまでお姉ちゃん涙目だったんだからね?」


 メトに気を遣わせてしまっていたようだ。

 妹であるシャルとしては、やはり面白くないのだろう。


「しゃ、シャル! フェイトには言わないでって……」


「いいや、言うね。お姉ちゃんの気持ちを知ってて無視してるこの女の敵にはしっかりと自分の所業の罪深さを自覚してもらわないと」


 狼狽するメトに言い返すシャルの言葉は、8割がた矛先が俺に向いていた。

 そういえば、このことについて俺のスタンスを説明したことはなかったか。

 居心地の悪さで話をそらし続けてきたが、たしかにその態度は女の敵呼ばわりされても仕方ない。この機会に説明しておこう。


 俺が、誰かを愛することなどできないという事を。


「俺は精神上の問題で……」「わぁぁぁぁぁぁ! 言わないでくださいぃぃ!」


 言いかけた俺の口をメトがふさいだ。


「見てれば分かりますぅ。だから、私が片想いするのは、許してほしいですぅ」


 それは、あまりにも切実な懇願だった。


 実る見込みが無い想いなら、捨てたほうが楽だろうに、それでもメトは、それを捨てたくないと言った。


「……メトさんがそれでいいなら」


 消極的に受け入れた俺の肩を、シャルが拳で小突いた。


「とりあえず、お姉ちゃんがアンタのために包んでもらってきた料理は温め直して食べなさいよね。それまでゲロマズ果物はお預けだから」


「はい。そうします」


 シャルの言葉に、俺は首肯を返した。

 さすがに、人の気遣いを無碍にするほど恥知らずでもないつもりだ。

 苦痛だが、甘んじて受けよう。



 数分後、王女が手配してくれた王城の客室で、俺は眉間を抑えて呻いた。


「食うとは、確かに言ったが……」


 わざわざ王城の厨房を借りて温め直した料理を前に、俺はただひたすらに困惑するしかない。いや、料理自体はさほど問題ではない。


「ほら、フェイト、あーんですぅ」


 問題は、隣に座ってきらっきらの笑顔で俺の口元まで料理を差し出してくる、メトの存在だ。


「あの、メトさん、自分で……」「だ~め~で~す~」


 自分で食える、という前に遮られた。

 メトに譲るつもりはないようだ。

 ……いや、既にもっと大きなものを譲らせているのは俺か。


 要するに、これは『埋め合わせ』だ。

 それも、俺が譲らせてしまっていることに対して、あまりにも小さい。


 それなら、このくらいは受け入れるべきだろう。


「……いただきます」


 俺はメトの手から、差し出された料理を食べた。


「~~~~っ!」


 メトがにやける自分の頬を押さえて声にならない声を上げた。

 楽しそうで何よりである。


 ……助けて孤独の女神様。


(あなたって人は……)


 孤独の女神に呆れられてしまった。かわいい。



 翌朝、第11層に再突入した俺達は、勇者級冒険者6人と鉢合わせた。


「よぉ、ダンジョン・ディガー。お前のおかげでこの辺もすっかり見晴らしがよくなったな! 今日も俺たちは海に挑むつもりなんだが、お前らは?」


 彼らと並んで第11層に挑むようになった俺たちも勇者級という区分にはなるらしいが、ダンジョンナントカという二つ名の方が浸透しすぎて全くそう呼ばれないので、現在のところ勇者級冒険者と言えば彼らを指す。


「岸壁エリアでレベリングです」


「お前のレベルでレベリングはいらねえだろ!」


 勇者級冒険者の筆頭、戦士の男がそう言ってくるが、俺自身の感覚としては、この層の突破には全く自分の実力が届いていないように思える。


「魔物の攻撃が激しすぎて対応しきれないんですよ……」


 やはり、時間を掛けて修羅場をくぐってきた冒険者たちのような隙の無さは、広範囲攻撃の手段に物を言わせて最速で突っ切ってきた俺には望めないか。

 俺のため息に、戦士の男は呆れたようなため息を返しつつ俺の頭上を指さした。


「《誘引剤》を27本も被るからじゃねえか?」


 俺は話しながら無意識に自分の頭にかけていた《誘引剤》の空き瓶を見下ろし、後ろの仲間を振り返って、メトが苦笑する姿、シャルが肩をすくめる姿、そして王女が目をそらす姿を順番に直視して。


「……馬鹿か俺は……」


 俺は両手両膝を地面についた。


「おっと、ショック受けてる場合じゃないぜダンジョン・ディガー! お客さんだ!」


 戦士の男が背負ったバトルアックスを構えるのを皮切りに、勇者級冒険者達は瞬時に戦闘態勢に移り、殺到してくる魔物の群れに、英雄譚の主人公のような雄々しさで立ち向かった。


「351連 《フリーズランサー》!」


 俺は彼らを援護すべく、《吹雪の弓》で魔物をまとめて氷の彫像に変える。


「あたしの出番がなくなるじゃない!」


 俺に文句を言いつつ、即座にその隙間に《吹雪の弓》を打ち込んで即席のバリケードを組み立てるシャル。

 相変わらず、単独の戦闘力の不足を立ち回りで補うのがうまい。


「てやああああああああ!」


 バリケードにならなかった氷の彫像を投擲して魔物を粉砕するメト。

 機転を利かせ、自らの能力を最大限に使って瞬間瞬間に最大の戦果を挙げるその姿は頼もしい限りだ。


「こっ、《虚空斬波》!」


 そして、《虚空斬波》でせっかく作ったバリケードを叩き斬る王女。

 個人の戦闘力や、他人の分の魔導書も読もうとするような貪欲な向上心は素晴らしいが、連携戦闘の観点からは、実力で劣るシャルのほうがあてになる。

 シャルはシャルで、立ち回りのうまさを実力不足を補うためにしか使えないレベルで実力が足りないのだが。


 王女やシャルがそれぞれの弱点を克服すれば、第二第三のメトになってくれるかもしれないが、俺はそれを特に期待はしていない。

 他人に期待することの徒労を、俺は知っている。

 だから俺が最後に当てにするのは、自分だけだ。


「消し飛べ! 《虚空斬波》!」


 《ゾーリンブランド》を抜いた俺の、全てを虚無に返す一撃が、魔物の群れを飲み込んだ。


「……俺ら、必要なかったな」


 ひとまず手近な魔物が片付いたところで、戦士の男がバトルアックスを下ろした。


 が、俺はそれに応じることなく、遠間の敵に向かって踏み込む。


「オラオラオラァ! 経験値とドロップ品を寄越せぇ!」


 《虚空斬波》を乱射しながら突撃する俺。


「いつもの調子が出てきましたねぇ」


 HP回復薬を俺の頭に的確に投擲しながら追いかけてくるメト。


「付き合わされるこっちの身にもなりなさいよ……」


 メトの後ろでぼやくシャル。


「こ、《虚空斬波》の差が埋まらない……むしろ広がって……」


 悔しそうにうめきながらも《虚空斬波》を連射し、必死に前に出る王女。


「ダンジョン・ディガー! その調子で魔物の群れを引き付けててくれ! 俺たちはその間に第12層を目指してみる!」


 そんな俺達を囮にする作戦を、わざわざ大声で共有してくる戦士の男。

 俺は、そのことに好感を持った。

 第6層でメトに好感を持ったのと、同じように。


「任されました! そら、《虚空斬波》ァ! どうした海の幸ども! 刺身になるのが怖いか!? それなら焼き魚にしてやるぜ! 351連 《バーストボルト》ォ!」


 元来、人間は他者を利用し、裏切る生き物だ。それは当然のことだ。


 助け合いを訴えながら、自分が助ける側に回ることはない。

 なぜなら、労力をかけずに自分の取り分が増やせるから。

 自らの不道徳は伏せ、外面だけは取り繕う。

 何故なら、不道徳による利益も、良い世間体も欲しいから。

 自分が体現したことなどない道徳を賢しらに語り、他者に押し付ける。

 何故なら、そうすれば他人を出し抜けるから。


 俺の知る『人間』とは、そういうものだ。


 わざわざ「お前達を利用する」と、ご丁寧に伝えてくれるだけでも、称賛に値する誠実さと言える。


「無数の魔物に一歩も引かずに戦い続ける、なんて、まるで絵本の勇者様なのに……なんでこんなにも好感が沸かないのかしら!」


 シャルは好感が持てないと言いながら、俺を後ろから撃つような真似はしない。


「私は憧れますね、王族には許されざる感情なのでしょうが」


 王女はむしろ喜びを含んだ声で、自らの許されざる感情とやらを告解する。


「お、王女様が相手でも、フェイトの隣だけは譲れないですぅ!」


 そしてメトも、譲れないという割に、王女の不道徳をあげつらい出し抜くようなことはしていない。


 彼女たちは、まるで俺の知る『人間』という生き物ではないかのような振る舞いを見せている。どうにも、理解に苦しむ。

 まあ、分からなくてもいい。


「お、このカニはなかなか……皆さんも食べますか?」


 どうせ裏切る他人を理解しようとするなどという、俺にとっては不毛極まる徒労に意識を割くくらいなら、焼けた海産物の味見の方が優先だ。

 人は裏切りの生き物だと理解しないほどに、愚鈍さか幸運さのどちらかを持ち合わせていたのなら、俺は孤独の狂信者になどなっていないのだから。


 ちなみにカニを食べると、戦士と剣士の熟練度が少しだけ上がった。

 ウナギの前例からして、戦士と剣士の技のどれかの魔導書に対応しているのだろう。


「せめて自分が話題になってる時くらい人の話を聞きなさい!」


 シャルに怒られた。反省の意を示すためにも会話に参加しておくか。

 こういう面倒があるから、時々ソロプレイヤーに戻りたくなる。


「俺の隣がどうとかという話ですが、左右があるので譲り合う必要はないのでは」


「そういう話じゃないだろぉぉぉぉ!」


 もう一度怒られた。どうやら的外れだったらしい。

 心底面倒くさい。

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