第27話:女王の目にも涙

 王女の許可を得て即座に大図書館に向かった俺だが、当然、城内の警備兵などがそのことを知っているはずもなく、俺は迷宮の調査で城が手薄になった隙に城に忍び込んだ盗賊としてひっとらえられた。

 職業も装備も実際に盗賊そのものなので、反論の余地もあったものではない。

 力ずくで振りほどけないことはないだろうが、やれば確実に話が面倒になるのでとりあえず彼らに付き合っておくことにした俺は、そのまま女王の前まで引っ立てられた。


「陛下、この賊の処遇はいかがいたしましょうか」


 どや顔で成果を報告する兵士を見て女王は頭痛をこらえるかのように頭を押さえ、天を仰ぐと、深呼吸を3度した後、俺に尋ねた。


「フェイト君、レイアから何か頼まれた? 忘れ物とってきてとかそういう……」


「いいえ」


「じゃあ、大図書館でも使いたくてレイアに頼んだとか?」


「はい。まさしくその通りです」


 その短いやり取りが終わる前には、俺の拘束は解かれた。

 女王の顔見知りで、一応は王女の許可を得て城内にいた人物を拘束したままというのは不都合もあるのだろう。

 実に手早く俺を解放してくれた兵士たちの顔は、青ざめていた。


「ごめんねフェイト君。それに、ありがとう。兵士たちを殺さないでくれて」


 礼を言われる筋合いは断じてない……と思った直後、俺は女王の言葉の意味を悟った。

 その気になればこの兵士たちを皆殺しにして逃げる手も確かに俺にはあった。

 現状ではメリットがないが、もし女王が俺を処刑すると宣言するなどすれば、その可能性は現実のものになっていただろう。


「というわけで、賊の処遇だけど」


 青い顔のまま直立不動の姿勢を崩さない兵士に、女王はにやりと笑って見せた。


「丁重に大図書館に案内してあげてちょうだい」



 多少の回り道はあったが、大図書館に着くことができた俺が調べたのは、この大陸にあるほかの国家との書簡のやり取りの履歴。


 王女が言っていた、俺が現れるまでは魔物のせいで、食べ物を運ぶ行商人ですら命懸けになる状態だったという話が、妙に気にかかったのだ。


 この世界の文明レベルでは冷蔵技術などあるはずもなく、運べる食べ物の種類、運搬日数には当然限界がある。

 国内の、ある程度短距離であることが前提の流通ですらそのような状態なら、他国との交易を望むことはまずできないと踏んだのだ。


 案の定、ここ15年は一切の書簡のやり取りが途絶えていた。

 それはつまり、各国の安否が全く分からない状態が15年続いているということで。


 この国を含めて、この大陸に6か所あるという深淵の迷宮、その封印が他の5か国ではすでに破られていたとしたら、などという嫌な考えも、鎌首をもたげてくる。


 あの女王のことだ。打てる手は既に打っていることだろうし、これから打てる手は最速で打ってくれることだろう。


 今は自国でさえ、ままならない状況なのだ。

 まずは自国の迷宮を制圧し、国内を安定させ、その上で近隣諸国に支援の手を伸ばす。

 それがあるべき順序、あるべき為政者の姿だ。

 この順序を、俺の感情で捻じ曲げるわけにはいかない。


 俺にできることは、せいぜい、HP喪失に関する痛みを感じないという強みを生かして、迷宮の制圧に全力になること程度だろう。

 こんな世界をこんな世界のままにしておけない、などという身の丈に合わない怒りに衝き動かされていても、俺は何の権限も持たない、一介の冒険者でしかない。

 世界を憂えるのなら、俺が冒険者として死に物狂いで成果を上げることで、女王が次の手を打つことを早められると信じるしかない。


 つまり、俺は何をすべきか。

 爆撃。爆撃あるのみである。


「魔導書でも漁ってるのかと思ったら、書簡なんて見てるの?」


 俺が決意を新たに拳を握り締めたとき、女王がひょいと肩越しに俺の手元の書簡に目を落とした。そして大陸内の5か国との書簡をまとめた紙束の一冊を持ち上げ、懐かしそうに目を細める女王。


「懐かしいわ。ウルベリヒのヴォータン王子……。この手紙の時、まだ5才だったかしら。こんな世界にならなかったら、レイアを嫁入りさせていたかもしれない相手よ。……今は、生きているかすら分からないけれど」


 その優しい表情に、何故か悲嘆は見えなかった。

 悲嘆にくれるなどという娯楽にふける暇は王者にはない、ということだろうか。


「ご心配ですか」


 女王は首肯し、そして、振り払うように静かにかぶりを振った。


「そりゃあね。甥っ子だもの。でも、今は自分の心配が先。幸い、フェイト君のおかげで、毎日国のどこかで魔物が暴れる、なんてことがなくなったから、3年もすれば、支援のために派兵することもできるかもしれないわ」


 きっと今すぐにも安否を確認したいだろうに、女王は歯を食いしばって、自国が安定するまでの3年を待つと言った。

 今も生きているかどうかわからない相手だ。

 3年後に生きている保証もない。

 3年待ったために、見殺しにするかもしれない。


「……その3年で」「言わないで」


 ぴしゃりと、女王は口走りそうになった俺を制した。


「誰かを救うために誰かを見殺しにする、その決断をして、その罪をすべて背負うのが王族の仕事なの。私は、国民を救うためにヴォータンを、ウルベリヒを見捨てると決断した。お願い。分かってちょうだい」


 それは言葉の通り、命令ではなくお願いだった。

 王者として責任を負うと決めた女王の、叔母としての部分が暴走しかけるのを、女王自身死に物狂いで抑えているのだろう。

 よそ者の俺でさえそうなのだから。

 それなのに、俺の方が抑えが効かなかったというのは、汗顔の至りだ。


 先ほど書簡を読みながら自分に言い聞かせたはずのことを無視して口走ってしまった自己嫌悪と、女王の懇願するような声音に覚えた罪悪感から、俺は謝罪の意思を示すために拝跪した。


「差し出た振る舞い、大変失礼いたしました。それではせめて、俺が持つ、俺個人では使いきれない戦利品を、献上いたします。手始めに、自分で使う分以外の、収納魔術内の魔道具を全て。次に、職人ギルドで生産中の、悪魔の宝玉を用いた魔力回復器を、これも完成次第、自分で使う分を除き全て。こちらは職人ギルドに、献上品とするよう伝えておきます」


 俺にできることは、爆撃のほかにもう1つだけあった。

 俺の手元にある、持ってて嬉しいコレクションでしかない魔道具を、戦いの道具として、戦う力が必要な者のもとに届けること。

 冒険者たちに《紅蓮の剣》を配ったことで王都が守られたのなら、他のものも、女王に献上して使い道をゆだねよう。この女王なら、王都ひとつなどというケチなことを言わず、この国すべてに、そして大陸全体に、救いの手を伸ばしてくれる。

 人を信じることはできないが、役割を信じることなら、まだ、俺にもできる。


「いいの?」


 確認する女王に、力を込めて頷くと、女王は苦笑した。


「フェイト君は、もっと私欲を持っていいと思うわ」


 今度は、俺が苦笑する番だった。

 確かに、表出する俺の行動は利他的かもしれない。

 内心では、自分の心を満たすためだけに行動しているのだが。


「王女殿下にも同じことを言われました。しかし、どうか信じていただきたいのです。俺はこれでも、これ以上ないほど私欲に任せて行動している」


 女王は、頭を下げる俺にしばし考えこむように沈黙し、そして、慈母のような手つきで俺の頭を撫でた。


「フェイト君が何を考えて、どんな思いでそう言っているのかは聞かないわ。きっと、聞いても私にはわからないだろうから」


 女王の意図は読めない。

 言葉の上では、『お前の気持ちは聞いても分からない』というだけの意思表示をしているに過ぎないが、俺の頭を撫でる女王の手の優しさが、俺を慰めるために気遣ってそう言っているようにも思わせてくる。

 慰められる覚えなど、何もないというのに。


「でも、これだけは覚えておいて。君の申し出は、一刻も早くヴォータンの、ウルベリヒの救出のために、他の4国のためにも派兵したい、私の心を救ってくれた。そして、私がそれを正しく使う限り、これからきっと、多くの命を救ってくれる」


 女王の声は、震えていた。

 きっと、泣いているのだろう。


「恐悦至極に存じます」


 俺は女王が肩を震わせる気配がなくなるまで、頭を下げたままにしておいた。

 なんとなく、見るべきではないと思ったのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る