第26話:仲間から見た転生者
「……フェイト様……」
逃げ出すようにその場を後にした少年の背中を呆然と見送った王女、レイア・アスガルドは己の失策を痛感した。
少しでも、かの孤独な少年の傷を癒せればとこの場に引っ張り出し、今日くらい普通に楽しい時間を過ごしてほしいと願ったレイアだが、少年の反応から、ただ、少年の傷跡をいたずらに抉り、余計に膿ませた結果になったこともまた、はっきりと理解していた。
「違うんです……私……そんなつもりじゃ……」
ぽろぽろと涙をこぼすレイアに、声を掛けようという酔狂な者はいない。
これがただの女性冒険者なら、いわゆるナンパ目当ての下衆な連中も寄ってきただろうが、この国においては、戦神と戦乙女の血を引く王族に対してそのような感情を抱くこと自体が死罪に値する。
すなわち、冒険者たちの内心は。
誤解で処刑されてはたまったものではない。触らぬ神に祟りなし。
これにつきる。
無論、何事にも例外はある。今回の場合は。
「王女様どうしたの!? フェイトの奴がなんか超絶失礼極まりない死罪確定の暴言でもぶちかましたの!?」
「ひぇぇぇすみませんすみません! フェイトを処刑して足りないなら私の首も付けますからシャルだけは助けてくださいぃぃぃぃ!」
ほんの数日一緒に迷宮に潜っただけなのに、既にレイアの中では愉快で素敵な仲間、にまで距離感が縮んでいる二人の少女。
「ち、違うんです。フェイト様は悪くないんです。あと、初手命乞いは普通にへこむのでやめてください!」
レイアが、この宴を楽しんでほしいとフェイトに伝えたが、それがフェイトの古傷を抉るだけの結果になったらしいことを簡潔に説明すると、メトとシャルは大笑いした。
「な、なんで笑うんですかっ!?」
レイアの抗議に、シャルはひーひーと息を整えながらひらひらと手を振る。
「ご、ごめん王女様、まさかアイツに建前を言う社交性があったなんて思ってなくて」
シャルの言っていることが、レイアには全く理解できなかった。
「建前?」
レイアが首をかしげると、メトが人差し指を立てた。
「フェイトはいつも、食事の後に能力を可視化する魔術を使って、にやにやしてましたからぁ、今はもう味より能力が上がるのが楽しいんだと思いますぅ」
メトの言にうんうんと頷き、シャルが続く。
「でもそれを正直に言ったら、美味しいものを食べさせようと頑張ってくれる人たちに失礼じゃない? 私はあのバカがそれを理解して建前を言えたってのが意外だったのよ」
「私もですぅ」
そう言って笑い合う姉妹。
姉妹の言葉を反芻し、レイアはひとまず、フェイトが本当に、味より能力が上がることを喜ぶようになっていて、腕によりをかけた料理人たちに対しての礼節として、自分にとってもはや味は無価値である、などという表明をしないために「贅沢は覚えたくない」という建前を言ったのだと受け入れてみることにした。
それで、たしかにフェイトの食事に関するスタンスは説明できる。
だが、それだけでは説明できないことも残る。
「フェイト様は、ご自身のことを、魔物を殺し、奪い、住処を壊すことに愉悦を覚える外道、ともおっしゃいましたが……」
自らを外道と呼ぶほどに自らの行いを嫌悪しているとしか思えないフェイトの発言について尋ねると、またもメトとシャルが吹き出した。
「アイツ、ちゃんと自分を客観視できてたのね」
「楽しそうですよねぇ、迷宮にいるときのフェイト」
笑いをこらえながら言い合う姉妹に、レイアはそれどころではないと叫びたいのをこらえつつ重ねて問う。
「その狂気に至るほどの心の傷が、あるのではないでしょうか」
その問いに二人はしばし首をかしげ、そして、シャルが先に頷いた。
「まあ、ありそうよね。第6層のとき、お姉ちゃんに『これからは人類の代表選手として一緒に魔物に復讐しよう』とか言ってたし、魔物に過去何されたかは分かんないけど復讐者なのは確定じゃない?」
※大外れ。
その時のフェイトを知らないレイアは、目に涙を浮かべた。魔物という存在そのものへの復讐という発想が出てくる時点で、フェイトが抱えているのは並大抵の怨嗟ではない。
そしてレイアは、フェイトがかつて悪魔に向けた、種族もろとも滅ぼしてなお飽き足らぬ、地獄の業火のような怒りを思い出す。
なるほどあれは、狂気めいた復讐心の顕現であったか。
※大外れ
「そうですねぇ……そうかもしれないんですけどぉ、なんというか、恨みつらみはフェイトの中にはない気がしますぅ」
※正解
しかし、その怨嗟の存在をメトが否定する。
「あ、ちょっとわかるかも。仮に最初の動機が復讐だったとしても、今はもうそれが抜けて純粋に楽しくなってる感じ」
そして、それにシャルも同意を示しレイアに顔を向けて続ける。。
「なんかこう、復讐なんて悲しいことはやめて、みたいなことを言われても澄んだ目で『今はもう復讐とか抜きに超楽しいからやめたくない』とか返しそう」
まさにそんな感じのことを言い、誤解だと真っ向から切り捨てられていたことを思いだしたレイアは、穴があったら入りたくなった。
「一緒に穴を掘って頂けませんか?」
それどころか、入るための穴を用意しようとし始めている。
そんなレイアを見て、気まずい空気に耐えられなかったのか、シャルは近くの屋台を指差した。
「と、とにかく、まあそんな感じだから、王女様がなんか気に負う必要はないと思う。それよりせっかくの宴なんだから、色々食べよ! あんな味音痴の唐変木なんてほっといてさ!」
そして、姉の方を振り返り、付け足す。
「ちなみにお姉ちゃんは、収納魔術にテイクアウト大作戦するの禁止ね」
その指摘に、ぎくり、とメトが肩を震わせた。
「な、なんでわかったんですかぁ?」
妹に食い意地が張った魂胆を見抜かれていたことに狼狽するメトに、シャルは手をワキワキさせながらにじり寄る。
「お姉ちゃんは子供のころから食い意地張ってるからね。その栄養が詰まった乳をちょっとは私にも分けろ!」
そして飛びかかろうとした矢先、メトの手刀がシャルの首もとに添えられた。
一線級の闘士であるメトが行うそれは刃物を突き付けるに等しい、殺意の表現。
「触ったら首の骨を折りますよぉ」
絶対零度の、本気の殺意が込められた底冷えする声に、シャルは姉の本気を悟る。
「私の胸に触っていいのはフェイトだけなんですからぁ」
ゆらり、と姉の背後に一瞬見えたどす黒いオーラはきっと幻覚だ、幻覚に違いないと自分に言い聞かせるシャル。
そうでもしなければ正気を保てそうになかった。
いまにも子供のように泣きながら失禁しつつ逃げ出してしまいそうだった。
「この姉、悪魔の一件以来貞操観念がマジキチになってやがる……!」
家族に触れられるのも殺意をもって拒絶するほどに、数日前の一件が姉のトラウマになっていることを、シャルはこのとき思い知ったのである。
「仲がよろしいんですね。羨ましいです」
そんな二人を見て、二人の重苦しい事情を知らないレイアは心から笑った。
「王女様にはお姉ちゃんの殺意の波動が見えないの!?」
シャルの悲鳴に、居合わせた冒険者達が息を揃えて頷いた。
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