第25話:勘違い(する&される)系転生者
職人ギルドから戻った俺は、早速仲間の3人と明日以降の予定について話し合うことになったわけだが。
「数日、第11層の岸壁部分で鍛錬に励むというのはどうでしょう」
「結局、それしかありませんよねぇ」
「右に同じ。はい決定」
ボス部屋や更地にしたエリアでの《魔の吹き溜まり》を利用したリスキルという安全性の高い手段は他の冒険者に譲る方針である以上、結論はそれしかないわけで。
「そうなりますね……何か、暑さの対策だけはしておきましょう。敵は倒せても、暑さでのぼせて行き倒れたのでは笑い話にもならない」
あとはいかにうまくやるか、という話に収束するわけだが。
「アンタが《吹雪の弓》を《マルチユーズ》」
シャルがいきなりとんでもないことを言い出した。
「351連 《フリーズランサー》を味方に向けろと?」
いくらなんでも、さすがに死ぬだろう。
「フェイト様、なんでそんな使用回数に……」
王女が食いついたのは回数のほうだったが、まあ、気持ちはわかる。
「熟練度137になりましたから、13個合成した《吹雪の弓》を27回使用できます」
必要数の魔道具を合成できる限り、俺の火力は錬金術師の熟練度の2乗に比例して上がっていくのだ。どのスキルも大体熟練度に比例して効果が上がるのは変わらないが、複数のスキルが事実上積算されるというインチキ極まる特性は今のところ錬金術師でしか確認していない。
「錬金術師最強じゃん。なんで今まで知られてなかったの?」
その事実を理解したシャルが首をかしげるが。
「そんなに魔法のアイテムを荒稼ぎできるのはフェイトくらいですよぉ?」
メトのある意味正しい一言に、両手両膝を地面について打ちひしがれた。
「……私、いつの間にか染められてる……もうお嫁に行けない……」
合成できる魔道具があって当たり前、という感覚に染まっていたことがよほど堪えたようで、打ちひしがれたまま涙を流すシャル。
気持ちはわかる。そんな極端な浪費家と結婚したいという好事家は、男女どちらであってもきっと少ないだろう。嫁の貰い手がなくなるのもうなずける。
※不正解
「嫁に行けないなら婿を取ればいいのです、シャル様」
王女の言に、俺は深く納得した。
なるほど、嫁に行くという事は相手の家に入る、すなわち、相手の家業が食い扶持になるということを意味する。自分が浪費する以上に稼ぎ、相手を自分の家に入れる、すなわち自分の浪費分ごと相手をも養うのなら、何の問題もない。
※問題をそもそも履き違えている
「そういう話じゃない!」
が、シャルはそれでは納得いかなかったようだ。
そんな、脱線しがちでうまく進まない、雑談ともいえる議論に興じていると、明日は王城の兵士が迷宮を調査するので迷宮に立ち入りができなくなるというお触れが回ってきた。
つまり、明日はどうあがいても休日となるわけだ。
ここまでの議論がすべて白紙に帰した。
「……魔導書はどのくらい溜まってますかぁ?」
明日が休日と認識するなりメトが訊ねてきた。
彼女はよくわかっている。
迷宮に潜れない日の暇つぶしなどこのくらいしかない。
俺はとりあえずHPが上がるスキルの魔導書を3人に3等分して配った。
「うへぇ、こんなに読むの?」
シャルは苦い顔でそれを受け取り。
「これで《虚空斬波》がもっと撃てますね!」
王女は実にやる気に満ちた様子でシャルの分まで持って帰った。
「ご、強欲王女……いや、向上心の表れと受け止めておくか」
やむを得ず、俺はメトの分の魔導書を半分シャルに渡すことにした。
さて、明日は俺も宿屋で魔導書を読んで過ごすとしよう。
翌朝、宿屋で寝ていたところに襲撃してきた王女に引きずってこられた王城の前庭で、俺は一瞬、前の世界に帰還したのかと錯覚した。
「縁日……?」
俺の目の前に広がる光景が、細かな差異はあれど、そういう印象を俺に与えたのだ。
そこにあるのは屋台ではなく、どちらかと言えばライブキッチンと表現されるべき設備であり、そこに立っているのも、いわゆるテキ屋ではなく宮廷料理人。
だが、それらがずらりと立ち並ぶ雰囲気は、まさに縁日だ。
「お母様の計らいで、今日はこの間の魔物たちの襲撃から街を守ってくれた冒険者たちをねぎらおうという趣向なんです!」
王女の言葉に、俺は女王の為政者としての能力を思い知り、感服した。
冒険者などと言えば聞こえはいいが、大半は一獲千金を夢見て、兵士でもないのに武装して、自分の安い命をチップにして迷宮の魔物と切った張ったする荒くれ者だ。
俺は自分が掘り進む目的で女王に第1層から第5層の改装を願ったが、そのために飯のタネである迷宮探索が一時的にとはいえできなくなる、100人を超える冒険者が略奪を働く可能性には全く思い至らなかった。
孤独の女神の天啓によらない俺の浅知恵などその程度だ、と言ってしまえばそれまでなのだが、女王はそれを先読みし、先日のねぎらいという名目で冒険者を集め、縁日のような空間を提供することで見事に王都の治安を維持して見せたわけだ。
ここまでの差を見せつけられると、国政への進言などという願いがどれほど身の程知らずだったかを思い知らされる。
などと考えながら、俺は収納魔法から取り出した知力が上がる果物をほおばった。
「なんでこんなときまでゲロマズ果物なんですか! 宮廷料理人の皆さんが腕によりをかけていろんな料理を用意してるのに!」
怒られた。
確かに城の前庭に設置された数々のライブキッチンで腕を振るう料理人たちの流麗な手つきは、見事の一言だ。
俺にとっては普通に美味い果物をゲロマズと呼ぶような世界の極上の食材の味わいは、幾度かの晩餐会で舌鼓を打った経験で思い知っている。
あれらの料理もまた、天にも昇るような味を楽しませてくれることだろう。
だが、毎日の食後に能力上昇を確認するのが食事そのものより楽しみになってしまった今の俺にとって、能力が上がらない食事はそれだけでも興醒めなのだ。
「あまり贅沢を覚えたくなくて」
さすがに本音を言うわけにもいかず、俺はお茶を濁した。
「フェイト様は、ストイックすぎます」
寂しそうに微笑む王女の真意を測りかねたまま、俺は速度が上がる果物を口にした。
「毎日、どこかの村が魔物に襲われていたのに、フェイト様が王都に現れてからは、この間の襲撃を除いて、魔物は地上に現れなくなったんです」
俺は筋力が上がる果物を食べながら王女の話を聞く。
「フェイト様が迷宮で魔物を殺してくださったから、魔物が地上にあふれ出ることがなくなったんです」
さらに俺は知力が上がる果物を頬張る。
「この大きな宴で城の食材を放出しても問題ないと、次の収穫まで畑が魔物に荒らされてしまわないし、命懸けの行商人に食べるものを依存しなくていいと信じられるのも、フェイト様のおかげなんです」
王女はまるで、どこかの英雄の話でもするかのような口調で、俺の殺戮に、別の意味を上塗りしていった。
俺は魔物を殺すのと、魔物のドロップ品を集めるのが楽しかっただけだが、それが誰かに良い影響を与えているのなら、そういう意味が後付けされてもおかしくない。
それはわかる。わかるのだが。
「何故急にそんな話を?」
王女がその話をする意図が全く分からない。
こういう察しの悪さは自分でも少々嫌になるが、孤独と静寂を愛する精神的引きこもりが、察しの良い気が利く男であるはずもない。
おとなしく、王女の補足説明を聞くことにしよう。
「だから、その……フェイト様は、そのくらいのご褒美を受け取ってもいいはずです」
王女の必死な訴えに、俺はようやくその意図を理解して。
「王女、あなたは誤解している。俺は魔物を殺し、奪い、その住処を破壊することに愉悦を覚える外道。その結果誰が幸せになろうが不幸になろうが知ったことではない」
俺のことを、世界のためとか、国のために献身を惜しまない高潔な男だと信じきっているらしい王女の幻想を、真正面から打ち砕いた。
はずなのに。
何故か王女は、目に涙を浮かべて俺を抱きしめた。
「無理しなくていいんです。フェイト様が過去に何があって復讐者になったのかは分かりません。それでも、復讐以外何も残ってないなんて、悲しすぎます!」
王女の悲痛な声は、縁日(異世界ver.)を楽しんでいた多くの冒険者たちの視線をこちらに集めた。心の底から勘弁してほしい。
助けて女神様、俺は人の視線が大嫌いなんです。
(きゅ、急に言われても……これどうすればいいの?)
戸惑う女神様もかわいい。俺の信仰心もうなぎのぼりだ。
しかし、主神が俺自身で解決せよと仰せである以上、自力でどうにかするしかない。
「何か、大いなる誤解があるようですが、まあいい。図書館を使わせていただくことは可能でしょうか」
俺は王女を努めて優しく引きはがした。
「は、はい、どうぞ……」
俺は王女の許可を得ると、全力疾走で城内に突入した。
俺のような精神的引きこもりには、多数の視線はあまりに苦痛だったのだ。
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